二話
その日最後の授業。
2-3と書かれた教室の中で教卓の前に立ち、熱弁を振るう教師。
梨紗はぼんやりと板書の書かれたノートを見つめる。
シャープペンをくるくると回しながら、そっと息を吐き出した。
西嶋先輩――。西嶋先輩は、二年生の初めごろに出会った先輩だった。
優しそうなもの言いに、さらさらとなびくこげ茶色の髪。優しそうに細められた目。
たぶん、一目ぼれだったのだろう。
それから先輩がいると聞いた保健委員に入り、今に至る。
本当は委員会に入るつもりなどなかったのだ。だが、先輩に近づくにはそれしかないと思った。
おかげで先輩とは仲良くなれた。
梨紗は吸い寄せられるようにして、ノートの端に顔を移動した。さらりと流れる黒髪が視界に入る。
そして迷わず――何も考えずに、シャーペンを走らせた。
ノートの端に書かれた、小さな文字。
それは今にも消えてしまいそうで、どこか儚げな印象だ。
「今日はここまで。解散ー」
校舎全体に響き渡ったチャイムの音と、教師の声にびくりと顔を上げる。
黒板に書かれている文字が増えていることに気付き、慌てて書き写す。
「あ、あのさ……高藤さん」
遠慮気な声が、梨紗の鼓膜を揺らした。
声をかけてきたのは右隣に座る少年、西嶋光。
さらりと揺れる黒髪に、誰かに似ているような目。
梨紗はきょとんとして光を見る。
「ノート、書けたら写させてくれる?寝ちゃっててさ」
苦笑いし、梨紗の目の前にあるノートを指差す。
「え、あ、うん」
戸惑ったような声が、梨紗の口からもれた。
戸惑うのは当たり前だろう。
隣の席になって、いや、同じクラスになってから話したのはほんの数回。片手で足りるほどの数だった。
あまり話したことのない相手にどうしていいか戸惑っていると、光が眉をひそめた。
「あ、ごめん。もしかして家帰ってから勉強するつもりだった?」
「え?あ、ううん。それは大丈夫」
そう言いながら、書き上げたノートを光の前に差し出す。
「ありがとう、返すの明日になるけどいい?」
光の問いに梨紗は頷いた。
クラスの皆が帰る用意をし、教室を出て行く。
光はノートを鞄に突っ込み、人で溢れかえる廊下へと消えていった。
ノートの端に書かれた、小さな二文字。
――“好き”という、言葉。