それ、作ったのは私です!
「今日もいい出来ね。本当、美味しそう……」
私はチェリナ・ルーツ。果樹園を経営する家の娘で、リンゴみたいに真っ赤な髪と夏の葉っぱみたいな緑の瞳をしている。フルーツを心から愛する私は、自分のこの髪と目をとても気に入っていた。
今朝も収穫したばかりのフルーツを手にうっとりとしていると、いつものお客さんがお土産を持って肩に飛び乗ってきた。
「ピィ、なにこれ。新聞?」
「ピッ、ピィ!ピィ!」
「わかったわかった!読む、読むから!」
小鳥の『ピィ』がクチバシで挟んだ新聞をぐいぐいと顔に押しつけてくる。手のひらに乗るくらい小さな鳥なのにどこにこんなパワーがあるんだろう。
ピィは怪我をして飛べなくなっていたところを手当てしたら懐かれて、元気になった今では毎日のように私の元へやってくるようになった青い鳥だ。
「さて、何が書いてあるのかな〜……。えっ?」
ピィが持ってきた新聞に目を通した瞬間、私は目を見開いて動かなくなる。新聞の見出しには今年のフルーツの品評会の結果が書かれていた。
『今年のフルーツの品評会、新種部門最優秀賞はダン・ノルドさんのドラゴの実。このフルーツを召し上がった女王陛下が大絶賛。しみとシワが消え、持病の心臓病がたちまちのうちに完治したとのこと。ダンさんはこれまでにもいくつもの賞を受賞しており、これを機に陛下はダンさんに男爵位と多大な褒賞をを与える予定とのこと』
この国は初代王様が無類のフルーツ好きだったせいか国内の果物農家がかなり多く、年に一度王都でコンテストが開かれていた。
新聞には中年の男性がトロフィーを持つ写真が載せられている。この男性は私の叔父だ。そして、叔父の写真と並んで掲載されている写真のフルーツ、それは私が開発したもの。
間違いない、今手元にあるものとまったく同じだ。
うちの果樹園では、特に新しいフルーツの開発に力を入れている。数年前までは私と両親で果樹園を経営していたけれど、両親を事故で亡くしてからは家を出ていた叔父がまだ未成年だった私の後見人となった。
両親が亡くなってから、私はそれまで以上に新しいフルーツの開発に勤しんでいた。けれど、その評価はあまり芳しくなく、品評会の結果もいまひとつ。
……そう、聞かされていた。
両親が亡くなったのは馬車の事故。同じ馬車に乗っていた私は、それ以来馬車に乗れなくなった。
我が家は王都から馬車で三日はかかる田舎にある。そのため、王都で行われるコンテストには叔父が代理で出席していた。
新聞には叔父の『輝かしい経歴』としてこれまでの品評会で入賞してきたというフルーツが掲載されているが、どう見たって私が開発したものばかりである。
「叔父さん、これはどういうことですか!」
果樹園一帯を見渡せる高台。そこに叔父さんがいることを聞いた私はすぐさまそこに走ると、先ほどの新聞紙を突きつけた。
叔父さんは怪訝な表情を浮かべていたけれど、新聞に目を通して顔色が変わった。心当たりが大いにありそうだ。
「今までずっと私の果物は全然ダメだって、このままだと果樹園の経営も難しいかもしれないって言っていたじゃないですか!」
「……すまない!借金があって、どうしても金が必要だったんだ」
「その割には叔母さんはたくさんドレスや宝石を買い漁ってる!どういうこと?」
「それはその……」
叔父さんは目を泳がせている。
叔父さんは私に品種改良したフルーツの評価が良くない、品評会では棒にも箸にもかからないと、もっと新しいものを作れとうるさく言ってきていて、私もそれならばと寝る間も惜しんで研究に勤しんだ。
なんたって、私が作ったフルーツが大きな評価を得ることは両親が残した果樹園の存続や発展に繋がる。必死になってやった。
それなのに、実際は私の作ったものは高評価を得ていて品評会入賞の常連になっている。そう新聞にはっきり書いてあった。
私は叔父さんに騙されていた。
叔父さんの顔が見れなくて、果樹園を見下ろしながら言う。
「とにかく、このことは品評会の運営に報告させてもらいます!」
「待ってくれ!話し合おう!」
「話し合いで済む話じゃないでしょう。今日、女王陛下がいらっしゃるんだし、その時に陛下にも話を聞いていただきます!」
フルーツの開発途中の資料は私が持っている。それを見せれば信じてもらえるだろう。
「チクショウ!」
「あっ!」
もう話は終わりだとその場を後にしようとすれば、背中を強く押されて、切り立った崖になっていた高台から落ちそうになる。すんでのところで地面を掴んだけれど、今にも落ちてしまいそうだ。
「そのバカ真面目でいけすかねえところ、クソ兄貴にそっくりだな!」
私を押した叔父さんが醜悪な表情を浮かべてこちらを見下ろしている。今では多少なりとも猫を被っていたのだろう、その変わりように一瞬言葉も出なかった。
「お、叔父さん、何をするのっ!」
「お前は便利だから生かしてやろうと思ったが、もういい。兄貴たちのところへ送ってやるよ」
「あっ!」
僅かに引っかかっていただけの状態だった手を踏まれて、私の体は宙に舞う。地面に叩きつけられるのを覚悟して目を瞑ったけれど、しかしいくら待っても衝撃も痛みもやって来ない。
「おい!大丈夫か!?」
それどころか耳元で知らない声がする。よく通る低い声だ。
もしかしたら私はもうとっくに死んでいて、今の声はお迎えの天使さまなのかもしれない。
おそるおそる目を開けると、そこには青い羽根を生やした青年がいて私を抱えて飛んでいた。……本当に天使さまかと思ったけど、違う。おそらく、鳥の獣人だろう。
彼は涼しげな目元をした端正な顔立ちで、髪は羽根と同じ色。その色には見覚えがあった。
「……ピィ?」
思わず口に出して、ハッと我に返って口を押さえる。ピィは小鳥だ。とても小さい小鳥。それがこの青年だなんて、そんな事あるわけがない。
でも、青年は目を見開いて私を凝視している。まるで、私の言ったことが本当だったみたいに……。
「どうしてそれを……」
「ほ、本当にピィなの?」
自分から言っておいてなんだけど、ちょっと信じられない。もう一度確認すると、彼はしっかりと頷いた。
「……ああ、ピィだけどピィじゃない。本当の名前はフィートっていうんだ。小鳥の姿は獣人の特色。先祖の血が濃く出ると、そういう事ができる奴が稀に出るんだ」
「そうだったんだ。……あ!助けてくれてありがとう!おかげで助かったわ」
「そりゃ、お互い様だよ。……で、どうすんだ?」
「そんなもの、研究資料を見せつけて……」
「おっさん、あんたの研究小屋燃やしてるみたいだけど」
「えっ、嘘!?最悪〜……」
確かに、そちらの方向から煙が上がっている。
私の研究室は屋敷内にはなく、果樹園のすぐそばに建てられた小屋だった。そこには今まで開発してきた果物の研究資料や観察記録が置いてあったのだが、叔父さんはそこに火を放ったらしい。鍵をしっかりとかけていたから、開けられなかった故の蛮行だろう。
「それで?何か策はあんのか?もしないんだったら……」
「ある!」
言い切った私にピィ……、じゃなくてフィートは目を見開いて、それからにやりと笑った。
「陛下、こちらがドラゴの木でございます」
「ほう、これが……」
眼下には傘状に枝葉を伸ばした大きな木とたくさんの人の群れ。叔父さん夫婦とドレスを着た女性が一番木に近いところにいる。
「ちょっと待ったー!」
フィートに抱えられた状態で私は木と女王陛下の間に降り立った。自分の足で地面に立つと、とりあえず陛下に頭を下げる。マナーなんか分からないから、とりあえず突然失礼しますの気持ちを込めて。
「お、お前、どうして……」
「そなた、何者だ?」
叔父さんを遮って女王陛下が尋ねてくる。陛下が数年前に王都の建国祭で見た時よりも若く見えるのは、もしや新聞に書いてあったドラゴの実の効果だろうか。そうだとしたらちょっぴり誇らしい。
さて、陛下を庇って前に出てきた護衛の騎士さんが間にいるから威圧感が半端ないけど、それでも言うべきことは言わなくちゃいけない。
「私はチェリナ・ルーツと申します。陛下にお伝えしたいことがあって参りました」
「申してみよ」
「先日、品評会で最優秀賞を受賞したドラゴの実を作ったのは私です!というか、その男が品評会に出品して受賞したフルーツはすべて私が作ったものです!」
「へ、陛下!全て嘘でございます!姪は両親を亡くしてから心を病んでいまして……!」
「何か証拠はあるのか?」
叔父さんが割り込んできたけれど、陛下は何故かまるっと無視をして私との会話を続けている。なぜ明らかに不審者の私にこうまで気にかけてくださるのか理由はよくわからないけれど、私にとっては好都合だ。
「証拠ならございます。このドラゴの木から私とその男、それぞれに実を取らせてください。それですべてが分かります」
「そんなことでわかるのか?」
「はい!」
「よかろう。やってみせよ」
全員が私のことを不思議そうに見ているけど、まずは私からドラゴの実を取ってみせる。背伸びは必要だったけれど、普通に取れた。
「次は叔父さんの番ですよ」
「ふん、たかが実をもぐだけだろう!見てろよ……」
そう言って叔父さんが果物に手を伸ばした瞬間、甲高い悲鳴とともに突然枝が蔓のように伸び、叔父さんに巻き付いた。蔓でぐるぐる巻きにされた叔父さんは逆さまに吊られながら、目を回してしまっている。
「ドラゴちゃん、ママよ。ごめんね、怖かったよね。もうママが来たから大丈夫だからね」
私はいまだ泣き声を上げるドラゴの木に駆け寄り、幹を撫でながら宥める。その幹にはしっかりと目と口、それから枝で出来た鼻が存在している。
そんなドラゴの木を見た陛下たちは目を丸くして、そして明らかにドン引きしていた。
「それは一体なんなのだ……?」
「ドラゴはマンドラゴラと数種の果樹を交配させたものなんです。だから、動いたり鳴いたりしますし、日頃からお世話をしていないと実を取ることはできません」
「なるほど……。マンドラゴラといえば、様々な薬の材料になる。あの効能にも納得できるな」
「陛下のお役に立てたようで幸いです!」
「面白い娘だ。……さて、妾を騙した罪は重い。必ず罰を与えよう」
「ありがとうございます!」
陛下に指示された騎士様たちが、木にぶら下がる叔父さんを取り囲んでいる。
それを視界の端に眺めていると、陛下の視線が私の隣、フィートに向けられた。どこか面白がっているような表情が浮かんでいる。
「して、フィートよ。チェリナが噂の娘か?」
「お、伯母上!その話は……」
「なんだ、まだものにしておらんのか?母親は押しかけ同然で嫁いだというのに、息子のお前は奥手だなあ」
なんだか、まるでフィートと陛下がとても親しいみたいだ。不思議に思った私は「あの……」おそるおそる声をかけた。
「フィートと陛下ってどんな関係なんですか?」
「ああ、それも知らなんだか。フィートは妾の甥だ。妹のところの三男坊でな、空を飛べるのを生かして騎士団に入り、偵察や警備などの職務に就いておる。将来を期待された有望株だ。どうだ、ルーツ男爵」
「どうって……、何にですか?」
「婿にどうだと聞いている」
「伯母上!」
「おお、怖い怖い」
フィートが大声を出すと、陛下は逃げるように、しかしおどけた様子で肩をすくめて離れていく。直々に叔父さん捕縛の指揮を執ってくださるようで、あれやこれやと指示を出しているのが見えた。
「チェリナ、正体を黙っていてすまなかった。その、怪我をしたのは盗賊との戦いのせいだったんだが、本物の鳥と信じ切っていたからどうにも言い出せなくて……」
「気にしないで、フィート……様。あなたのおかげで命が助かったし、叔父さんの罪も暴けたから感謝しているんです」
「普通に接してくれ。呼び捨てでいいし、話し方も今まで通りでいい」
「でも……」
「……それで、今まで通りチェリナに会いに来るのを許してくれたら嬉しい」
首の裏を擦りながら、フィートが言う。よくよく見ると耳が赤くなっていて、今になって陛下の言葉を思い出した私も釣られるように赤くなってしまったのだった。




