第五話 勇者の凋落、追放者の躍進
ワイバーン討伐から三日後。
ソウマのギルドランクがCからBに上がった。沈黙の回廊の調査報告と、A指定依頼のワイバーン討伐という二つの実績が評価された結果だ。
リンもEからCに一気に上がっている。8体のワイバーンを7秒で殲滅した実績は、さすがに無視できなかったらしい。
「ソウマさん!」
ギルドに足を踏み入れると、エルナが弾けるような笑顔で迎えた。
「ランクアップ、おめでとうございます! いえ、おめでとうございますなんて軽い言葉じゃ足りません。ワイバーン8体を二人で7秒って……ギルドの歴代記録を更新してますからね!?」
「大半はリンの戦闘力のおかげだ」
「ソウマがいなかったらもっと時間かかってたよ。一体ずつ自分で探して追いかけてたら、たぶん三分はかかってた」
リンがソウマの腕にぶら下がりながら言った。
「3分でも十分すごいですけどね……」
エルナが苦笑する。
そのとき、ギルドの入り口が騒がしくなった。
「おい、聞いたか。勇者パーティーが炎山ダンジョンで全滅しかけたってよ」
「マジかよ。あのレオン・ヴァルハルトが?」
「新しく入った火の魔導士が全然役に立たなかったらしい。炎のモンスターに炎の魔法ぶつけてたんだと」
「馬鹿じゃねえの……。前いた分析役の奴が抜けてからおかしくなったな」
冒険者たちの噂話が、ギルドの中に広がっていく。
ソウマは聞こえないふりをした。だが、リンは聞き逃さなかった。
「ね、ソウマ。あなたが前いたパーティーって、あの勇者パーティーのこと?」
「ああ」
「炎山ダンジョンに炎の魔導士を連れて行ったんだ。あなたが残してったノートに、属性分布は書いてあったのに」
「書いてあった。読んだかどうかは知らないが」
リンは小さく溜息をついた。
「もったいないね。あなたみたいな人を手放すなんて」
「買い被りだ」
「買い被りじゃないよ。だってわたし、八百年生きてるんだよ? 人を見る目はあるつもり」
猫耳がぴんと立っている。自信ありげな表情。
そのとき。
ギルドの扉が開いた。
入ってきたのは、全身に包帯を巻いた四人組だった。
金髪の男。鎧姿の大男。銀髪の弓使い。赤い髪の女。
勇者パーティーだった。
レオンの右腕は三角巾で吊られている。ガルドは松葉杖。セレスティアは額に大きな傷。フレイアは……怪我自体は軽そうだが、目が虚ろだった。自分の魔法が一切通じなかった衝撃から立ち直れていないのだろう。
レオンがカウンターに向かう途中で、ソウマの姿に気づいた。
「……ソウマ」
「レオン。怪我は大丈夫か」
「……ああ。まあな。ちょっと読みが甘かった」
「ノートは読んだか?」
レオンが一瞬、目を逸らした。
「……ノートって、お前が置いていったやつか。いや、まだ……」
「そうか」
ソウマは淡々と言った。責めるつもりはない。読まなかったのはレオンの判断であり、その結果を引き受けるのもレオンだ。課題の分離。自分にコントロールできないことに、感情を割く意味はない。
レオンの視線が、ソウマの隣のリンに移った。
「……誰だ、その子」
「新しいパーティーメンバーだ」
「パーティーって……お前、もうパーティー組んだのか」
「ああ」
リンが小さく会釈した。猫耳がぴくりと動いたのを、レオンは不思議そうに見ていた。
「へえ……猫人族か。珍しいな」
猫人族ではなく神獣族だが、訂正はしなかった。情報を与えるべき相手かどうかは、慎重に判断する必要がある。
「じゃあな、レオン。体を大事にしろ」
「……ああ。お前もな」
ソウマはリンを連れてギルドを出た。
背後で、レオンが呟いたのが聞こえた。
「……ソウマ、なんか変わったな。前より……堂々としてる」
変わったのではない。
元に戻っただけだ。
自分の能力を否定されない環境で、自分の戦い方を貫ける相手と組んで、初めて本来の力を発揮できるようになった。
それだけのことだ。
「ソウマ」
「なんだ」
「次の依頼、何にする?」
「そうだな……」
ソウマは空を見上げた。
魔王軍の影が、じわじわとこの大陸にも迫っている。ワイバーンの異常発生は、その前兆の一つに過ぎない。
やるべきことは山ほどある。だが、全ては一手ずつだ。全体を見て、最適な一手を打ち続ける。その積み重ねが、やがて世界を変える。
「まずは飯だ」
「さんせい!」
猫耳が揺れた。
これは、追放された【戦略魔導士】が、最強種の猫耳少女と共に、誰にも予想できない方法で世界を最適化していく物語である。
だが物語はまだ始まったばかりだ。
新たな仲間。新たな敵。そして、世界の裏側で蠢く、800年前から続く巨大な影。
全ての変数が揃ったとき、ソウマの【全体最適化】は真の力を発揮する。
――第一章「追放と邂逅」完――




