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第二話 沈黙の回廊

「沈黙の回廊」は、王都から東に馬車で二時間ほどの丘陵地帯にあった。

入口は崩れかけた石造りのアーチ。かつては何かの神殿だったらしく、柱の残骸に古代文字が刻まれている。

ソウマは入口に立ち、まず【全域俯瞰】を起動した。

『スキャン開始。半径500メートル。生体反応……247。うち敵性反応:0。非敵性反応:246。不明反応:1』

敵性反応ゼロ。247の生体反応のうち、246は敵ではない。

「……なるほど」

普通の冒険者は、ダンジョンに入った瞬間にモンスターと遭遇する。だがここには敵がいない。代わりに、膨大な数の「非敵性反応」がある。

つまり、このダンジョンのモンスターは「通常時は敵対しない」タイプだ。何かのトリガーで敵対化する。Bランクパーティーが撤退したのは、そのトリガーを踏んでしまったからだろう。

そして「不明反応:1」。これが奥部で検知された推定Sランク以上の存在。

ソウマは松明を灯し、回廊に足を踏み入れた。

内部は広い。天井は五メートルほど。壁面は滑らかな白い石で構成されている。等間隔に並ぶ柱には、外の入口と同じ古代文字。

歩きながら、【構造解析】で壁面の文字を読み取る。

『古代魔法文字。言語体系:第三紀神殿語。解読完了。内容:「静寂を守る者よ、沈黙のうちに進め。声は禍を呼び、足音は災いを招く。ただ思考のみが、この回廊を征する」』

声を出すな。足音を立てるな。

つまり、「音」がトリガーだ。一定以上の音を立てると、246体の中立モンスターが一斉に敵対化する。Bランクパーティーが撤退したのは当然だ。複数人で行動すれば、どうしても音は出る。

ソロで来たのは正解だった。

ソウマは靴を脱いだ。裸足で、呼吸を最小限に抑えながら、回廊を進む。

【全域俯瞰】が周囲の生体反応をリアルタイムで表示している。壁の中、天井の裏、床の下に、無数の存在が潜んでいる。石像に擬態したガーゴイル。壁面に張り付いた石蜘蛛。天井から垂れ下がる擬態蔦。

全てが「待機状態」で、音に反応する準備をしている。

一体一体は大したことない。Dランク程度だ。だが246体が同時に襲いかかってきたら、Aランクパーティーでも壊滅する。

「通路が変化する」という報告についても、すぐに仕組みがわかった。

一定時間ごとに、壁の一部がスライドして通路の構成が変わる。だがこれも音と連動している。壁の移動自体が低周波の振動を生み、その振動が中立モンスターたちの「警戒レベル」をじわじわと上げていく。

つまり、長居するほど危険になる。

ソウマは【構造解析】で壁の移動パターンを読み取り、最適なルートを算出した。三十二通りの壁配置パターンのうち、現在は第十七パターン。次の切り替えまであと四分。その間に奥部への最短経路は――左、左、右、直進、右。

裸足で、音を殺して走る。

四分以内に、回廊の最深部に到達した。

そこは、広大な円形の広間だった。

天井はドーム状で、中央に穴が開いており、そこから地上の光が差し込んでいる。光の柱が床を照らし、その中心に――

鎖があった。

太い魔法鎖が、地面から天井まで幾重にも絡み合い、その中心に何かを封じ込めている。

ソウマは【構造解析】を鎖に向けた。

『対象:神代封印鎖アルケー・チェイン。封印強度:SSS級。構成要素:七属性魔力結晶×7、神聖刻印×24、時間固定術式×1。封印対象の推定脅威レベル:測定不能。封印設置推定年代:約800年前。特記事項:封印の劣化率が想定より早い。残存寿命推定:3~6ヶ月。崩壊した場合、封印対象が自動的に解放される』

三ヶ月から六ヶ月で封印が自然崩壊する。そしてその中に封じられているのは、脅威レベル「測定不能」の存在。

これが銀貨5枚の依頼の奥に眠っている。ギルドも、王国も、この事実を把握していない。

ソウマは封印に近づいた。

鎖の隙間から、中の存在が見えた。

銀色の髪。白い肌。小柄な体躯。閉じられた瞼の上に、ぴくりとも動かない長い睫毛。そして頭の上に――ふたつの三角形の耳。

猫耳だ。

少女だった。見た目は十五、六歳ほど。だが、800年前の封印の中にいるということは、実年齢は途方もない。

ソウマは【構造解析】をさらに深く走らせた。

『封印対象の種族特定。【神獣族・白銀猫アルジェント・フェリス】。文献上の記録:「全種族中、最も高い基礎ステータスと、全属性への適性を持つ至高種。ただし個体数が極めて少なく、有史以来の確認個体数は7。全て神話・伝承の中の存在であり、現存する個体の記録なし」。現存個体数:1(本個体のみ。推定)。脅威レベル:測定不能(スキルの分析上限を超過)。備考:本個体は800年前、当時の大陸最高峰の魔導士七名によって封印された。理由は不明。敵対的存在であるかは判断不能。ただし、封印術式に「攻撃的制圧」の要素は含まれず、「保護的隔離」の構造をしている。すなわち、封印者たちは対象を「脅威」としてではなく、「守るべき存在」として封じた可能性がある』

「保護的隔離」。

封印者たちは、この少女を殺そうとしたのではなく、守ろうとした。

800年前に何があったのかはわからない。だが、ソウマの分析が正しければ、この少女は人類の敵ではない。

そして、封印はあと三ヶ月から六ヶ月で自然崩壊する。そのとき、少女が意識を取り戻し、混乱した状態で解放されたら何が起きるか。この回廊の246体のモンスターが一斉に覚醒し、周辺地域は壊滅する。最悪のシナリオだ。

であれば、最適解は一つ。

制御された状況下で、今、封印を解く。

ソウマは【構造解析】の結果を基に、封印術式の解除手順を組み立てた。七属性の魔力結晶を特定の順番で無力化し、神聖刻印を内側から消去し、時間固定術式を段階的に解放する。

必要な時間は約二分。

必要な魔力量は――ソウマの全MPの約95%。

ほぼ全てを使い切る。失敗すれば、魔力枯渇で意識を失い、音を立て、246体に囲まれて死ぬ。

だが、計算上は問題ない。手順通りにやれば、成功する。

「構造さえわかれば、力技は要らない」

ソウマは両手を封印に触れた。

魔力が流れる。七つの結晶が、一つずつ、静かに光を失っていく。

第一結晶――火。消去。

第二結晶――水。消去。

第三結晶――風。消去。

第四結晶――土。消去。

第五結晶――光。消去。

第六結晶――闇。消去。

第七結晶――無。消去。

二十四の刻印が浮かび上がり、内側から蒸発するように消えていく。

そして最後に、時間固定術式が解ける。

鎖が崩れた。金属の破片が光の粒子に変わり、天井の穴から空に溶けていく。

少女が、ゆっくりと、地面に降り立った。

猫耳がぴくりと動いた。

金色の瞳が、800年ぶりに世界を映す。

「……ん」

少女の唇が動いた。かすれた声。

「……ここ、どこ?」

「沈黙の回廊。王都アルカディアの東、約30キロの地点だ」

ソウマは端的に答えた。封印解除で魔力をほぼ使い切っており、正直立っているのもきつかったが、表情には出さない。

少女は首を傾げた。猫耳が一緒に傾く。

「あなた、だれ?」

「ソウマ・キサラギ。冒険者だ。ランクはC」

「……Cランクが、あの封印を解いたの?」

「構造さえわかれば、ランクは関係ない」

少女はまじまじとソウマを見つめた。金色の瞳がソウマの全身を走査するように動く。

「……すごい」

ぽつりと言った。

「あの封印、セラフィム・クラスの大魔導士が七人がかりで、三ヶ月かけて編み上げたものなのに。あなた、一人で、二分で解いた」

「効率的な手順を踏んだだけだ」

「それが『すごい』って言ってるの」

少女はふわりと笑った。それは、800年の眠りから覚めたとは思えないほど穏やかな笑みだった。

「わたし、リン。リン・アルフェリア。……もう八百年も昔の名前だけどね」

「リン。聞きたいことがある」

「なに?」

「お前は人間の敵か?」

直球で訊いた。状況を最適化するために、最も重要な変数を最初に確定させる。それがソウマのやり方だ。

リンは目を丸くし、それから――くすくすと笑い出した。

「あはは。ストレートだね、ソウマ。好きだよ、そういうの」

猫耳がぴこぴこと上下に揺れている。

「答えるね。わたしは人間の敵じゃない。八百年前、わたしを封印したのはわたしの友達だった。人間の大魔導士たち。わたしを狙う奴らから、わたしを隠すために封印してくれたの」

「狙う奴ら?」

「魔族。当時の魔王軍。わたしの力を手に入れたくて、世界中を探してた」

ソウマの思考が一気に加速した。

現在の魔王は、三年前に出現した。だが魔王という存在は歴史上繰り返し現れている。800年前にも魔王はいた。そしてその魔王軍がリンを狙っていた。

現在の魔王軍がリンの存在を知ったら?

封印が自然崩壊するまであと三ヶ月から六ヶ月。もし魔王軍の情報網がこの事実を察知していたら、解放のタイミングを待って襲来する可能性がある。

つまり、リンを解放したこと自体がタイムリミットの設定でもある。

「リン。お前に提案がある」

「なに?」

「俺と組まないか。パーティーを組んで、冒険者として活動する」

「……パーティー?」

「お前は強い。だが八百年のブランクがある。この世界の現状を把握し、力を取り戻すには時間がかかる。その間、俺がお前の目と頭になる。お前の力を最大効率で運用できるよう、戦略を立てる」

「へぇ……」

リンは尻尾をゆらゆらと揺らしながら、興味深そうにソウマを見ていた。

「あなたは何が得意なの?」

「分析、戦略立案、最適化。要するに、誰が・何を・いつ・どこで・どうすれば最も良い結果になるかを計算する」

「攻撃は?」

「弱い」

「回復は?」

「できない」

「……正直だね」

リンはにっこりと笑った。

「いいよ。組もう、ソウマ」

「即決か」

「だって、八百年ぶりに目が覚めて、最初に会ったのがあなただよ? それってもう運命じゃない?」

猫耳がぴんと立った。尻尾がぶんぶん振れている。猫なのか犬なのかよくわからない。

「それに……」

リンが一歩近づいた。ソウマの胸元あたりに頭がくる。見上げる金色の瞳が、やけに真剣だった。

「あなた、わたしのこと怖がらない。『脅威レベル測定不能』って分析したんでしょ? それでも普通に話しかけてきた。800年前も、わたしの力を知った人間はみんな怯えるか、利用しようとするかのどっちかだった。あなたはどっちでもない」

「お前が脅威かどうかは、お前の意思で決まる。力の大きさじゃない」

「……うん。やっぱり好き」

リンがソウマの腕に抱きついた。

柔らかい感触と、銀色の髪から漂う不思議な甘い香りが――いや、今はそういうことを考えている場合ではない。

「帰るぞ。ここは長居すると危険だ」

「はーい♪」

ソウマは裸足のまま、リンの手を引いて回廊を戻った。

二人分の足音は、裸足であっても先ほどよりは大きい。壁の中で、ガーゴイルたちがわずかに身じろぎしたのを【全域俯瞰】が検知した。だがソウマが算出した安全マージン内だ。

五分後、二人は無事に外に出た。

陽の光がリンの銀色の髪を輝かせた。800年ぶりの太陽に、リンは目を細めた。

「まぶしい……。でも、あったかい」

「目が慣れるまで少し待て」

「うん……。ねえ、ソウマ」

「なんだ」

「わたし、おなかすいた。八百年分」

「……そうか」

ソウマは財布の中身を思い浮かべた。

金貨12枚。銀貨47枚。

ここに世界最強種の胃袋が加わる。

経済的な最適化が、急務だった。

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