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第一話 Cランクの朝

追放から三日が経っていた。

ソウマは王都の外れにある安宿『眠れる山猫亭』の二階で目を覚ました。一泊銅貨八枚。壁は薄く、隣室のいびきが聞こえる。勇者パーティーにいた頃はギルド提供の高級宿舎に泊まっていたが、まあ贅沢は言えない。

ベッドの上で天井を見つめながら、現状を整理する。

所持金:金貨12枚、銀貨47枚。冒険者としての一年分の生活費には足りるが、装備の更新や消耗品の補充を考えると、半年が限界だろう。

冒険者ランク:C。勇者パーティーの支援要員として活動していたため、個人での実績が少ない。ギルドの評価基準は「討伐数」と「クリアしたダンジョンの難易度」であり、「パーティー全体の生存率を43%向上させた」という貢献は数字に表れない。

職業:【戦略魔導士】。攻撃魔法は一応使えるが、威力はDランク魔法使い程度。回復魔法は使えない。身体強化もない。

代わりに持っているのは、三つの固有スキル。

全域俯瞰オーバービュー】――半径500メートル以内の全ての存在の位置、状態、魔力量をリアルタイムで把握する。

構造解析リバース・エンジニアリング】――あらゆる魔法、スキル、アイテム、ダンジョン構造の仕組みを解析し、弱点と最適な対処法を導き出す。

最適化指令オプティマイズ・コマンド】――分析結果に基づき、味方全員の行動を最適化する指示を脳内に直接伝達する。対象の同意が必要。

問題は三つ目のスキルだった。「対象の同意が必要」。

つまり、指示を聞く気がない人間には効かない。

勇者パーティーでの三年間、ソウマは口頭で指示を出し続けた。脳内伝達を使おうとするたびに、「気持ち悪い」「自分で考えるから要らない」と拒否されたからだ。口頭では戦闘の速度に追いつかない。結果、ソウマの指示は常に「遅い」「役に立たない」と評価され続けた。

本来の性能を一度も発揮できないまま、追放された。

「……まあ、仕方ない」

ソウマは起き上がり、顔を洗った。過去のデータを悔やんでも意味がない。重要なのは、ここからどう最適解を組み立てるかだ。

ギルドに向かう道すがら、ソウマは街の様子を観察していた。

商店街の活気は表面上変わらない。だが、武器屋の前に並ぶ冒険者の数が先月より15%増えている。冒険者ギルドの掲示板に貼られる依頼の平均難易度も、半年前と比べて0.7ランク上昇している。

魔王軍の活動が、じわじわと中央大陸にも影響を及ぼし始めている証拠だ。

ギルド『黄金の夜明け』亭に入ると、受付嬢のエルナ・フォスターが顔を上げた。

「あっ、ソウマさん。おはようございます」

栗色の髪をポニーテールにした、そばかすのある二十歳の女性。真面目で仕事熱心。ギルド受付嬢としての能力は高いが、本人はそれを自覚していない。

「おはよう。今日の依頼は何がある?」

「えっと……Cランク向けだと、こちらですね」

エルナが掲示板からいくつかの依頼書を持ってきた。

『ゴブリンの巣穴掃討 報酬:銀貨15枚』

『薬草採取(東の森) 報酬:銀貨8枚』

『廃鉱山の地図作成 報酬:銀貨5枚』

『街道の魔物警戒任務(三日間) 報酬:銀貨30枚』

ソウマの目が、一枚の依頼書に止まった。

『廃ダンジョン「沈黙の回廊」調査 報酬:銀貨5枚 備考:帰還率低し。要注意』

銀貨5枚。報酬としては最低レベルだ。にもかかわらず「帰還率低し」の注記がある。報酬と危険度のバランスが崩れている。

普通の冒険者なら避ける依頼。だが、ソウマには引っかかるものがあった。

「この依頼、詳細を見せてもらえるか」

「え、これですか? あの、正直あまりお薦めしません。過去三ヶ月でBランクパーティーが二組挑んで、どちらも途中撤退してるんです。報酬も安いですし……」

「Bランクが撤退した理由は記録にあるか?」

「ええと……『内部構造が不安定。通路が定期的に変化し、マッピングが困難』『奥部に極めて強力な魔力反応あり。推定Sランク以上の存在の可能性』……とあります」

通路が変化する。つまり構造にパターンがある。極めて強力な魔力反応。つまり何かがいる。

ソウマの【構造解析】が、この情報だけで仮説を三つ組み立てた。

「これを受ける」

「えっ!? ソウマさん、お一人でですか!?」

「ソロだ」

「で、でも……Bランクパーティーでも撤退してるんですよ? Cランクソロなんて、その……」

エルナは本気で心配しているようだった。

「大丈夫だ。帰還率が低いのは、力が足りないからじゃない。情報が足りないからだ」

「……?」

「力任せに攻略しようとするから詰む。構造を理解すれば、このダンジョンは銀貨5枚の依頼に見合った難易度になるはずだ」

ソウマは依頼書にサインした。

エルナはまだ不安そうだったが、それでもきちんと手続きを進めてくれた。受付嬢としてのプロ意識だ。

「あの、ソウマさん。気をつけてくださいね。三日経っても戻られなかったら、救援要請を出しますから」

「ああ。日帰りの予定だが、助かる」

ギルドを出て、ソウマは東門に向かった。

道中、ふと振り返ると、ギルドの窓からエルナがこちらを見ていた。目が合うと、慌てて視線を逸らされた。

……気のせいだろう。

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