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飴色に染まる ─白き異能の令嬢は最強騎士の魔力を喰らい幸せをみつける─  作者: 綿谷ユーリ


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9 花の名

 エルファルド男爵邸は、騎士団本部から馬車で十五分とかからない距離にあった。

 セレナの生まれたヴェルディア伯爵邸と異なり別館や離れなどはなく、三階建ての真新しい館が一棟のみ。それと手の行き届きやすい広さの庭があるだけの、小ぢんまりとした邸宅だ。大商人の家と言われれば感嘆するが、貴族の家と言われるとやや物足りない。


「おぉ……」

「うわぁ」


 そんな規模ではあるものの、六人部屋出身の新米男爵と物置部屋出身の名ばかり令嬢の目には、とてつもない豪邸に映った。

 ただ一点だけ気になるのは、隣に似たような佇まいの邸宅がもう一軒並び建っていることだ。


「……? ロウェル様、こちらの邸宅は?」

「あ、私の邸です」


 ジュードが「はぁ⁉」と今日一番の大声で反応する。


「騎士が爵位を賜ると、だいたいこのような造りの邸宅とセットで下賜されるのですよ。何かお困りのことがあれば、いつでも我がグレイ子爵邸にいらしてくださいね!」

「ぁ、ありがとうございます」

「といっても、私自身は何かと忙しくてあまり在宅していませんが……。愛する妻と子ども達が快く出迎えてくれることでしょう」


 ロウェルがそう言うと、ジュードの表情があからさまに和らいだ。そんなにもロウェル様と隣同士で生活するのが嫌だったのかしら……とセレナが邪推していると、ロウェルはたった今降りたばかりの馬車に再度乗り込みながら言う。


「それではセレナ嬢、私はそろそろ仕事に戻りますね。……ジュード。お前には今日から一週間、特別休暇をやる」


 セレナがペコリとお辞儀をする横で、ジュードが「ッ?」と声もなく眉を潜めた。せっかく和らいでいた顔つきが、あえなく元通りだ。


「なぜです?」

「なぜって、結婚休暇だよ。新婚ほやほやなんだから、お互いを知り仲を深めることに時間を割いた方がいいだろう? 理解のある上官に恵まれて良かったなぁ!」

「……はぁ」


 演説のように大仰な身振り手振りで言うロウェルに、ジュードは白けた目で曖昧な返事をする。しかしロウェルは気にする素振りもなく「ああ、それから」と明朗快活な口ぶりで続ける。


「授爵式まで日がない。それまでに、きちんとセレナ嬢に魔力を吸い取ってもらうんだぞ? 陛下のご面前で暴走を起こしたら、さすがの私でも庇いきれないからな」


 軽い口調とは裏腹に年少者を諭すような眼差しをしたロウェルは、ジュードの返事を待つことなく馬車の扉を閉める。彼を乗せた馬車は、ガタゴトと来た道を引き返していった。

 エルファルド男爵邸の正門前には、セレナとジュードだけがぽつんと取り残される。


「……チ……」


 気まずい沈黙が流れる中、ジュードが小さく舌打ちする。その音を、耳のいいセレナは聞き逃さなかった。立派な邸宅を目の当たりにしてわずかに弾みだしていた心は、瞬く間にひび割れて奈落の底へと崩落していく。


(お互いを知り、仲を深めなさいとロウェル様はおっしゃっていたけれど……端からこんなにも嫌がられているというのに一体どうすればいいの……?)


「――セレナ様」

「っ、は、はい!」


 思考が深い闇の中へと引きずり込まれていたセレナは、突然名前を呼ばれてびくっと背筋を伸ばす。


「とりあえず中に入りましょう。ここに突っ立ていても仕方がないです」

「そう、ですね……」

「まだ具合が悪いですか? 歩けないのなら運びますが」

「! ぁ、歩けますっ」


 また抱きかかえられては大変、とセレナは大慌てで歩きだす。正門から邸までの一本道をちょこちょこと小さい歩幅で前へ、前へ――セレナの歩みに合わせ、首の真後ろから長く垂れる三つ編みが尻尾のように左右に揺れた。

 邸の入口に着くと、セレナの半歩後ろを無言でついて来ていたジュードがさっと前へ出て、扉をあけてくれる。

 ほぼ同時に中に入った二人は、目の前に広がる光景に思わず並んで立ち尽くした。 


「旦那様、奥様、お帰りなさいませ!」


 広々としたエントランスホール一面に、ずらりと並んだ使用人達が恭しくお辞儀をしていたのだ。

 しかも、その中には。


「お帰りなさいまセ!」

「……ミラ⁉ ぇ、まだ騎士団本部にいたはずじゃ」

「荷馬車で近道をぶっ飛ばしてきましタ! セレナ様のお部屋のご準備も既に整っておりますヨ」


 セレナは、魔法のように現れたミラに驚き、目をぱちくりする。その様子を見たジュードが、ミラに向かって問いかける。


「君がセレナ様のメイドか?」

「ハイ。ミラと申しまス」

「彼女を少し休ませてやってくれ。食事は別々でいい」

「かしこまりましタ」


 ミラがお辞儀をするや否や、ジュードはきびきびとした動作でこちらを向き、はるか上空からセレナを見下ろして言う。


「セレナ様。昼食が済んだ頃、お部屋にお伺いしてもよろしいですか? 今後の方針について、早急に合意形成したいのですが」

「っ? ……ぁ、はい」


 ジュードは極めて事務的にそう告げると、セレナに背を向けて執事長と思われる男性に声をかけに行ってしまった。煉瓦のように角張った背中は、彼の四角四面な性格や明確な心の壁を物語っていて……そこに『セレナのことを知ろう』とか『セレナとの仲を深めよう』などという余白は一切ない。


「セレナ様、お部屋に参りましょうカ」

 

 途方に暮れて俯くセレナに、ミラが優しく声をかける。セレナは「ええ」と消え入るような声で返事をし、ミラに続いて歩き出した。

 シンプルだが調和のとれた邸内は、派手な物をこれでもかとかき集めたヴェルディア家よりよっぽど品がいい。余計な装飾のない白い壁に、趣のある寄せ木細工の床。廊下や窓辺など所々に花瓶が置かれていて、園芸好きの主人を歓迎している様子が見て取れる。

 使用人達の細やかな心配りに、セレナは少し心の温度を取り戻しつつ階段を上る。どうやら三階南側の角部屋が、セレナのために用意された私室らしい。


「どうぞお入りくださいまセ」

「……!」


 ミラに扉を開けてもらい一歩中に入ったセレナは、思わず目を丸くして立ち尽くす。セレナの私室は、昨晩滞在した騎士団の貴賓室のゆうに三倍はあったのだ。


「こんなに広いお部屋、私にはもったいないです」

「セレナ様はこのお邸で二番目に偉い御方なのですヨ? このぐらい当然でス」

「で、でも」

「さあさあ、ゆっくり寛げるドレスにお着替え致しましょうカ」


 ミラは、ためらうセレナの背を押してあっという間に中へ入れてしまう。向かって右側にある衣装部屋の前まで来ると、彼女はセレナを椅子に座らせてドレスを選び始めた。

 しばらくして、ミラは淡いクリーム色のドレスを手に戻ってきた。


「こちらのドレスもとってもお似合いでしたので、脱いでしまうのがもったいないですネ……。そういえば、旦那様はセレナ様のお姿を見てどんな反応をされていましたカ?」


 ミラはセレナが今着ている薄青のドレスを脱がせながら、わくわくした表情で尋ねる。

 今朝のセレナは、ジュードと出合い頭に失神してしまったので本当の所はよく分からない。しかし、少なくとも馬車で移動している最中の様子を思い返した限りでは。


「えっと……特に何も」

「――トクニナニモ⁉」


 ミラのミントグリーンの瞳がくわっと見開かれた。彼女は何故かひどくショックを受けた様子でふらふらと後退りすると、手の甲を額に当ててはぁ~と深いため息をつく。


「何と手強イ……次こそはあっと言わせてみせまス!」

「えっ?」


 そう言いながらセレナの元に戻ってきたミラの目には、メラメラと闘志の炎が燃えていた。

 それから数時間後――。


「セレナ様、失礼します」


 昼下がりの温かい春風がかすかに吹き込む室内に、先ほどの予告通りジュードが訪ねてきた。


「ぉ、お待ちしておりました」


 彼の目の前に立つセレナは、美の職人ミラの手によって、ゆったりとしたエンパイアドレスへと装いを変えられていた。

 胸元から柔らかいモスリン生地がとろりと垂れ、床に向かって美しいドレープを描いている。コルセットが必要ないせいか、セレナの顔色もいい。きっちり編まれていた髪も解き放たれて、そよそよと風に揺れている。


「……ッ……」


 それを見て、ジュードはほんのりと目を見開き黙り込む。


「旦那様いかがですカ! セレナ様は何でもお似合いになりますよネ? ネ?」


 ミラが半ば強引にジュードに感想を求める。すると、入口のところで立ち止まっていたジュードの口からやっと出た言葉は。


「……カサブランカ」


 ミラが期待していたような賛辞ではなく――どういうわけか、花の名前だった。

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