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飴色に染まる ─白き異能の令嬢は最強騎士の魔力を喰らい幸せをみつける─  作者: 綿谷ユーリ


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6 専属メイド

 軽やかに飛び出した紙飛行機。

 ――もとい結婚契約書は、刻々と暗くなる黄昏時の空に吸い込まれ、あっという間に見えなくなる。


「あ、ちなみにセレナ嬢」

「……?」

「一応今晩が初夜ということになりますけど、こいつの部屋で一緒にお休みになりますか?」

「――っ⁉」


 にこっと微笑みながらとんでもない提案をするロウェルに、セレナは度肝を抜かれて立ち尽くす。


「……団長……」


 ゴロゴロと遠雷が轟いたかと思いきや、ジュードの声だった。にこやかな上官を、恐ろしく冷たい眼差しで見下ろしている。辺り一帯の草木が枯れるんじゃないかと思うほどの殺気だ。


「はっはっは! そんなに怖い顔をするなよジュード。おじさん特有の他愛もないジョークじゃないか」

「面白くありません」

「まあ聞け。知っての通り、セレナ嬢には魔喰いの異能がある。さっきだって一瞬でお前の暴走を止めたんだぞ」

「本当ですか……? 記憶が曖昧ですが、いつものように団長の風魔法で抑えつけられていた気が」

「はじめはな。だが、彼女がお前の手に触れた途端、嘘のように鎮まったんだ」

「……ッ……」


 終始迷いのない目をしていたジュードの漆黒の瞳に、一瞬のさざ波が立つ。まるで心の中で激しい葛藤が起こっているように、白目と黒目の境が揺らいで見えた。


「だから、そんなに心配するな。彼女はそう簡単に壊れない」


 ロウェルが笑顔でジュードの肩を軽く叩くと、彼の瞳の揺らぎはぴたりと止んだ。

 ……止んだのだが。


「――いいえ、団長」


 私の身に危険が及ぶことを心配して下さっているのかしら、と一瞬気が緩んだセレナは、ジュードの顔を見上げて再び縮み上がった。


「きっと俺は壊します。いつか必ず。絶対に壊れないものなど、この世に存在し得ないのですから――」


 そう言って踵を返した彼の表情は、およそ血の通った人間のものとは思えないくらい〝無〟だったのだ。

 まるで土の塊にガラス球を嵌め込んだだけのような、一切の生気がない顔。その面差しは、先ほどセレナが抱いた『この人にはまだ残っている』という印象を簡単に葬り去るほどに空っぽだった。

 絶句するセレナには見向きもせず、ジュードは足早に食堂から出ていく。それを見たロウェルは、老人のように深いため息をついた。


「はあぁ~っ、全くあのクソ真面目ときたら! 剣術を学ぶ前に愛想笑いの一つでも学んだらどうなんだ……あ、失敬。セレナ嬢も長旅でお疲れでしょう? 貴賓室にご案内しますのでこちらへどうぞ」

「ぁ、はい……」


 苛立ちのせいか言葉つきが乱れたロウェルだったが、セレナと目が合うと、紳士的な口調に戻って颯爽と案内を始めた。

 セレナはぐっしょりとスープを吸い取ってしまったベールを拾い上げてから、ロウェルの後に続いて廊下へ出る。気づけばすっかり日が落ちて、夜空に白い月が昇っていた。星明りをかき消すほどに冴えた月光は、セレナのみすぼらしい姿をもくっきりと照らす。


(私、こんなにひどい格好でご挨拶していたのね……。これじゃあ目に入れたくないと思われても仕方ないわ)


 セレナは急に恥ずかしくなり、俯きながら回廊を歩き進む。

 しばらく行くと、セレナが馬車を降りた広大な広場が見えなくなる代わりに、少し開けた場所が現れた。月光を含んだ色とりどりの花々が、所狭しと咲き誇っている。騎士団本部という物々しい場所柄にはあまり似つかわしくないが、それはとても美しい花園だった。


「……きれい」


 セレナは思わず口に出して呟いていた。


「おや。もしかしてセレナ嬢はお花がお好きですか?」

「っ! す、好きというか……その、実家ではいつも窓の外から見える景色だけが楽しみだったので……。お花が咲いているのを見ると、少し気分が明るくなります」


 か細い囁き声を耳聡く聞き取ったロウェルに尋ねられ、セレナはどぎまぎと答える。するとロウェルは嬉しそうに頬を綻ばせた。


「それはいい! あいつと話が合いそうですね!」

「……えっ?」

「ああ見えてジュードの趣味は園芸なんですよ。この中庭の管理も、全部あいつが勝手にやってくれてるんです。――さて、着きましたよ」


 意外過ぎる趣味に戸惑う暇もなく、ロウェルは中庭に面した扉の前で立ち止まる。

 彼は「どうぞ」と腰に手を当てながら恭しく扉を開ける。セレナが恐縮しながら中に入ると。


「奥様、お待ちしておりましタ」


 部屋の真ん中に、葡萄色のメイド服を着た女性が姿勢を正して立っていた。


「ミラ、あとは任せたよ。夕食は今作り直しているところだから、もう少し時間がかかるだろう」

「承知しましタ、ご主人様」

「違う違う。今日からミラのご主人はセレナ嬢だ。わかったかい?」

「はい。ガッテンです!」


 言葉遣いが何だかおかしい彼女は、元気よくそう言ってロウェルに力こぶを作ってみせる。見たところ、歳はセレナとさほど変わらないか少し年上。小麦色の肌にミントグリーンのくりくりとした瞳。短い赤銅色の癖毛はぴょんぴょんと跳ね、耳の下で二つ結びにしていてもあちこちから後れ毛が飛び出している。地味な装いを求められるメイドには珍しく、左耳には象牙のピアスが揺れていた。


「ご紹介します。彼女は今日から貴女の身の回りのお世話を担当する、専属メイドのミラです。我が家の使用人の中から、セレナ嬢にぴったりな人材を引き抜いて参りました」


 ロウェルがそう言うと、メイドのミラは爽やかな笑顔で「よろしくお願い致しまス!」と勢いよくお辞儀をする。気のせいか、摘みたてのハーブのような香りが漂った。


「私の、専属メイドですか……?」


 十歳から幽閉生活を強いられてきたセレナには、乳母に世話を焼かれていた記憶はあれど、同年代のメイドにお世話をされた経験などない。そもそも、魔喰いの異能があるので誰もセレナの肌に触れることが出来ないのだ。


「あ、ありがたいのですが、私に触れたら彼女は……」

「心配ごムヨウ! ミラは生まれつき魔力が無いので、ご主人様にいくらでもお触りできるのでス!」

「っ⁉」


 ミラは何のためらいもなくセレナの手をとり、ぎゅっと両手で包み込むように握手をする。ジュードの魔力を吸い取るために手袋を外したままだった、剥き出しのセレナの手にだ。


「だめっ、離してください!」

「大丈夫。ミラは何ともないですヨ?」


 セレナは真っ青になってミラの手を引き剥がそうとするが、瘦せ衰えた筋力では彼女の握力に全く太刀打ちできない。どうしよう、と恐る恐る自分の髪の毛に目をやると、確かにセレナの髪色は白から微塵も変化していなかった。


「ほらネ!」

「え、ええ……」


 果汁たっぷりの柑橘類をかじった時のような、瑞々しい笑顔。メイドと言われて想像する淑やかな笑みとはかけ離れているが、奥歯まで見せて笑う彼女の笑顔はセレナの乾いた心を潤した。

 二人が手を取り合っている様を見たロウェルは、安心したようにふっと鼻から息を吐いて言う。


「いかがです? 異国出身のため言葉遣いや礼儀作法の拙さは否めませんが、その他の面においてミラは一流のメイドです。きっとセレナ嬢のお役に立てると思いますよ?」

「は、はい」

「それでは私はこれで失礼します。今後のことについては、また明朝に」


 ロウェルは「ゆっくりお休みくださいね」と微笑むと、貴賓室の扉をパタンと閉めて出ていった。

 セレナは改めて室内を見回す。貴賓室と言うくらいだから、普段は国の重鎮を招くために使用されている部屋なのだろう。天蓋付きのベッド一つで、セレナが過ごしてきた物置部屋くらいの広さはありそうだ。置かれている全ての調度品が見るからに高級で、敷かれた絨毯を踏むことすらためらわれる。


「奥様。そちらの上着、お預かりしますネ」


 ミラは、セレナが抱えていたスープまみれの特大ベールをさっと受け取りながら言う。『奥様』という呼び名の違和感が激しく、一瞬誰のことだかわからなかった。


「ぁ、ありがとうございますミラさん」

「どうぞ、お気軽にミラとお呼びくださいまセ。敬語も必要ありませン」

「っ……で、ではミラ……。私のことも名前で呼んでもらえますか?」

「承知しましタ。セレナ様、お食事が出来上がるまで時間がかかるようですが、少し横になられますカ?」

「いえ、あの私……――お風呂に入りたくて」


 汚れて脂っぽい髪の毛に埋もれながら、セレナはもじもじと頬を染めて言う。横になりたいのは山々だが、こんなに不潔な状態で豪華なベッドに寝るのはあまりに忍びない。


「かしこまりましタ! 浴室はこちらでス!」


 ミラは溌溂とした声でそう言って、セレナに奥の小部屋を指し示す。

 セレナは自身の汚い革靴をじっと見下ろし――かなりためらってから、ちょこちょことつま先立ちで絨毯の上を歩き進めた。

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