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飴色に染まる ─白き異能の令嬢は最強騎士の魔力を喰らい幸せをみつける─  作者: 綿谷ユーリ


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5 招かれざる花嫁

「どういうことも何も、何度も説明しただろう? 魔喰いの異能を持つ彼女に、お前の結婚相手……いや、花嫁になっていただくんだよ!」

「冗談はやめてください」


 やっと的確な表現を思いついた、と言わんばかりに高らかなロウェルの宣言を、ジュードは苦虫を嚙み潰したような顔で一蹴した。


「ロウェル団長。その話は断ったはずです。早くお帰りいただいて下さい」

「はっはっは! いやぁ、すいませんセレナ嬢。こいつ照れてるんですよ! ……おいジュード、ふざけたことを言うなっ」


 ロウェルは芝居じみた身振り手振りでジュードに近寄ると、彼の肩をばんばんと叩いてから何やら耳打ちし始めた。しかしジュードの方は、相変わらず不愉快そうに目を吊り上げたまま冷静な口調で言う。


「ふざけているのは団長の方です。本気で俺が結婚できると思っているのですか? しかも、こんな萎れたスズランみたいな……。あ、いや失礼」


(……萎れたスズラン?)


 ちらっとこちらを見て再び目を逸らすジュードの言葉に、セレナは思わず自分の体を見下ろした。栄養失調で痩せ細った体は、確かに日照不足で弱り切った草花のようである。とてつもない毛量の薄汚れた白髪で俯きがちの頭は、白い花がしな垂れて枯れゆく様にも似ていた。


「とにかく俺は反対です。絶対に結婚などしません」


 ジュードは取り付く島もない口調でそう言ってスッと立ち上がる。見上げるほど高い位置から警戒した目つきでこちらを見下ろす彼に、セレナの胸はちくりと痛んだ。


(やっぱり、この方が自ら望んだ結婚ではないのね……。魔喰いの私と結婚したい人なんて、いるはずがないもの)


 元より上手くいかないと思っていたはずなのに、思いのほか堪えている自分にセレナは驚く。ひょっとすると、魔力暴走を起こしているジュードを見た時、知らず知らずのうちに昔の自分を彼に重ねてしまったからかもしれない。

 恐れられ、退けられ、抑圧され――その繰り返しの中で、セレナは辛いとか悲しいとか、そういうものを感じる器官を次第に失っていった。決定的だったのは兄の死だ。完全に打ち砕かれて瓦礫と化したセレナの感情は、その後の八年間で風化し、砂粒になってどこかへ飛んで行ってしまった。

 けれど、ジュードが涙をこぼした時『この人にはまだ残っている』とセレナは思った。

 もちろん勝手な印象だ。それでもセレナは、彼に触れずにはいられなかった。それはジュードのためのようで、存外セレナ自身のためであった。


(私の力が、あの方を〝ただの人〟に近づける助けになるのなら――このろくでもない人生に、何か意味を持たせることが出来たなら――今度こそ、ライナスお兄様のところへ逝く決心がつくかもしれない。そう思っていたけれど)


 セレナはじわじわと打ちのめされた気分になり、自身の髪の毛に埋もれるように俯く。

 帰れと言われても、帰る家などない。

 片道切符しか持たずに王都へ来たセレナにとって、ジュードの拒絶はすなわち終焉を意味した。


(……誰かに必要とされてみたい、なんて。そんなの魔喰いの私には欲張り過ぎる夢だったんだわ)


 ここ追い出されたら、どこかひと気のない景色のいい場所を探してそっと横になろう。飽きるほど陽の光を浴び、春草の匂いを嗅ぎ、果てしなく高い空を思う存分眺めたら、その後は――。


「上官命令だ」


 心を遠くへとやっていたセレナは、断固とした語気で言い放った騎士団長ロウェル・グレイの声にはっと我に返った。


「ジュード・エルファルド第一連隊長。セレナ・ヴェルディア嬢との結婚を命ずる」

「! ……ですから団長、俺はっ」

「命令に背くのならば、我々魔法騎士団はお前を拘束せざるを得ない。いよいよ抑えきれなくなったその時は、国民の安全を守るため()()()もあり得る」


 反論しようとするジュードに、ロウェルは慈悲もなく辛辣な単語を投げつける。普段が朗らかな雰囲気だけに、厳しい態度のロウェルには誰もが口を噤んでしまうほどの威圧感があった。ジュードはもちろんのこと、そばで見ていたセレナでさえ思わず唾を呑む。

 ところが次の瞬間。ふっと鼻から息を吐いたロウェルの顔は、いつもの穏やかな笑顔に戻っていた。


「ジュード、わかってくれ……。私は大事な仲間にそんな命令を下したくないんだ」


 深く刻まれた笑い皺のせいで、笑っているようにも、困っているようにも、はたまた泣いているようにも見える目尻。上官のそんな表情を見たジュードは、言葉に詰まった様子で唇を薄く開けたり閉じたりする。


「はぁ〜っ」


 しばらくして、彼は眉間を揉みしだきながら深いため息をついたかと思うと、身を縮こまらせているセレナをじろりと睨んだ。理性を失い暴れていた時の赤い瞳も怖かったが、黒く理性的な敬遠の眼差しも、また冴え冴えと恐ろしい。セレナの指先はたちまち氷のように冷たくなった。


「……セレナ様、とおっしゃいましたか?」

「っ! ぁ、は、はい。セレナ・ヴェルディアと申します」


 渋々と口を開いたジュードに問われ、セレナは口ごもりながら答える。すると彼は、ゆっくりとセレナの目の前まで歩いてきて、胸に拳を当てて騎士風のお辞儀をした。


「魔法騎士団第一連隊長ジュード・エルファルド――上官命令により、セレナ・ヴェルディア様に結婚を申し込みます」


 甘やかな言葉とは裏腹に、ジュードの表情は恐ろしく硬い。


「貴女が拒否しない限り、俺達は一つ屋根の下で暮らし、寝食を共にする夫婦になるのです。貴女が拒否しない限りは」


 二度言って、射貫くようにセレナの目を直視する彼の顔には『頼むから拒否してくれ』という意図が如実に表れていた。返答に困って黙り込むと、ひりつくような沈黙がセレナの喉を焼く。耐えがたい緊張感に、セレナは考えがまとまらないままやみくもに声を絞り出した。


「ぇ……っと、あの……」

「貴女も見たでしょう、俺が暴走しているところを。俺は一度我を忘れると、食堂をご覧の有様にしてしまうような男です」

「ぅ……その、私……」

「騎士達ならともかく、貴女のようにか弱い女性が俺のそばにいたらどうなるか。おわかりになりますよね?」

「……ぁ……でも……」

「俺の求婚を受け入れるか、ご実家に帰るか。さあ、どちらが良いか正直におっしゃってください」


 ジュードは畳みかけるように言葉を重ねる。まるで誘導尋問だ。


(求婚を受け入れるか、実家に帰るか……?)


 しかし、セレナにその二択を提示したのは、完全にジュードの失策であった。

 なぜなら、セレナにはすでに後者の選択肢はなく、前者を選ぶより他はないのだから――。


「け……結婚したいです。ジュード様と」

「ッ⁉」


 小声ながらも迷いなく返事をしたセレナに、ジュードは驚きを隠しきれずに目を瞠った。


「なっ! えっ? はぁ……ッ⁉ 一体どうして」

「――いやぁ、めでたい! 実にめでたいっ‼」


 ひどく狼狽えながらも喋り出したジュードだったが、戯曲を読み上げるようなロウェルの朗々とした声に阻まれた。


「そうと決まれば忙しくなるぞ~! おいお前達、ぼーっとしてないで食堂を片づけろ! 食事当番、さっさと夕飯を作り直せ。セレナ嬢の分もだぞ。……ささ、セレナ嬢はこちらにサインを」


 ロウェルが一喝すると、遠巻きにセレナ達の様子を見ていた周りの騎士達がすぐさま作業に取り掛かる。それからロウェルは、懐に忍ばせていたらしい書面を取り出して万年筆と共にセレナに手渡した。セレナは訳も分からず指差されたところに名前を書く。


「ありがとうございます! ほらジュード、お前も書くんだ。早くしろ~。ジョーカンメーレーだぞ~。……――よし、書いたな。あとは立会人欄に私の名前を書いて……と、これでよし!」


 ロウェルが同じ紙をジュードに差し出すと、たいそう不本意そうな顔をしながらもジュードが署名する。ロウェルは満足気にそれを眺め、何やらぶつぶつ言いながら彼自身もサインをし、出来上がった書面をシュッシュと器用に紙飛行機の形に折ってトンと手のひらに乗せた。


「〝風よ届け〟」


 先ほどとは違う風魔法の呪文を詠唱したロウェルが、フゥーと優しく息を吐く。すると紙飛行機が彼の手からふわりと浮き、ひとりでに滑空して窓の外へと飛び出しいていった。


「ギリギリだがお役所が閉まるまでには届くだろう。これで今日から君達二人は正式な夫婦だ! 結婚おめでとう!」


(えっ……今のってもしかして、結婚契約書⁉)


 十歳レベルの文字の読み書きしか出来ないセレナには、難しい言葉がびっしりと記された書面の内容など知る由もなかった。

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