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飴色に染まる ─白き異能の令嬢は最強騎士の魔力を喰らい幸せをみつける─  作者: 綿谷ユーリ


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40/41

40 すまない、ありがとう

 気まぐれに生まれた雲の切れ間から、白い光が降り注ぐ。


「魔喰いの異能者、セレナ・エルファルド――」


 天界へ続く梯子の如き陽光は、跪くセレナの背中を温かく照らす。白い長髪がきらきらと輝き、溶けかけの雪原のように眩しい。

 あれほど冷え切っていた足枷の金属も、いつしか人肌の温度にまで温められていた。


「――王家反逆の罪にて、汝の死刑を執行する!」


 処刑台の頂上で、死刑執行人が高らかに宣言する。群衆はワァッと色めき立つ。


(どうしようっ……何か、何か手立てはないの……?)


 この期に及んでも、セレナは諦めていなかった。

 王宮の目と鼻の先、大勢の人が集まるこの状況で、もしも魔力暴走を起こしてしまったら……。周囲を破壊してきた過去に苛まれ続ける彼の心は、今度こそ粉々に壊れてしまうかもしれない。


(絶対、絶対、生きてジュード様の元へ帰るのよ……!)


「……ぬ……んうぅぅ~っ!」


 セレナは、膝の関節が抜けそうになるほど右足を強く引っ張る。しかし、足枷に繋がれた鉄球はびくともせず、ただ足首の皮が剥けてじわりと濡れた感触がしただけだった。


「おい、おとなしくしろ!」

「きゃっ!」


 暴れるセレナの白髪を、執行人が乱暴に掴み上げる。振り上げられた長剣が、日の光をギラリと反射した。


「何か、言い残したことはあるか?」

「っ……」


 そんなもの、山ほどあるに決まっている。

 セレナは悔しさに震え、唇を噛みながら視線を背後へ動かす。貴族家当主達のために用意された貴賓席、そこにいるはずのジュードの姿を懸命に探した。


(……あれっ?)


 ところが、ふんぞり返って口髭を弄る実父ヴェルディア伯爵や、酷い顔色の騎士団長ロウェルは見えたものの、肝心の彼が見当たらない。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


 そのとき、どこからか地鳴りのような音が聞こえてきた。

 群衆が飛ばす野次のせいで、広場はひどく騒がしい。どうやら、セレナ以外の誰一人その音に気がついていないようだ。

 しかし、次の瞬間。


「……――ゥアアァアアアアアァァァッ‼」


 雷鳴の如き咆哮が、その場にいた全員の鼓膜を強烈に震わせた。


 ――ドォォォン‼ 


 息つく暇もなく次の轟音が鳴り響く。地面が激しく振動し、三階建てと同等の高さがある処刑台の上を、立っていられないほどの揺れが襲った。

 セレナの髪を掴んでいた執行人は、バランスを崩して尻餅をつく。セレナは跪いた格好のまま音のした方を振り向き、灰青色の瞳をこれでもかと見開いた。

 そこには――森の一部を引き剥がしたかのような、巨大なゴーレムが聳え立っていたのだ。


「バケモノだ!」


 どこからか叫び声が上がる。

 それを皮切りに、広場は忽ち阿鼻叫喚の大混乱に陥った。群衆は蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑い、貴賓席に腰掛けていた当主達も、皆慌てた様子で席を立つ。


「ヒィィッ……! た、助けてくれっ!」


 ヴェルディア伯爵が真っ先に駆け出した。

 ところが、浮いた石畳に蹴躓き「アアッ!」と球が転がるように腹を地面に打ち付ける。その間にも、雲を突き抜けんばかりのゴーレムは、ドォン、ドォン、と重たい足音を響かせてゆっくりとこちらに向かってきている。


「イタタタ……――ッ⁉ こ、こいつだ! こいつがあのバケモノの術者だぞ‼」


 顔を上げた伯爵が、処刑台の真下を指さして大声を上げた。


(――ジュード様⁉)


 セレナはがむしゃらに身をよじり、処刑台の上に這いつくばって地上を見下ろす。そこには、地面に手をついてしゃがみこむ騎士の姿があった。

 顔こそ見えないが……あの漆黒の髪と角ばった背中、見間違えるはずがない。


「そうだっ、魔喰いを使え! 早くこの男の魔力を吸い取らせるんだ!」 


 ヴェルディア伯爵が処刑台を見上げて唾を撒き散らす。すると、他の当主達の中にも似たような主張をする者が出てきた。広場はますます混沌としていく。


「ジュード様! 落ち着いてくださいジュード様‼」


 セレナは処刑台から半身を乗り出して叫ぶ。奇しくも、足枷に繋がれた錘が命綱となっていた。

 セレナの声を聞いた執行人が、職務を思い出したように「何をしている!」と怒鳴る。そして、再びセレナの髪を掴もうと鎧に覆われた手を伸ばしてきた。


 ――パキッ。

「えっ」


 微かに、だが確かに、氷が割れるような音がセレナの耳に届いた。

 と同時に、引き伸ばされていた右足の緊張がフッと緩む。


「ぅ、ぁ、あ……っ!」


 ぐらり、とセレナの上体が傾く。

 瞬く間につむじが真下を向き、天地がひっくり返った。咄嗟に右足首を見ると、どういうわけか足枷が外れていて。


「きゃああぁぁ~~~~!」


 風に巻き上げられた白髪を見ながら、セレナは真っ逆さまに転落した。


 ◆◇


「待て!」


 騎士団長ロウェル・グレイの叫びは、その実、上官命令ではなかった。

 ただただ、手に負えないほど危なっかしい息子をどうにか守りたいという、父親かぶれの願望でしかなかった。

 目の前に置かれた白い封筒を、ロウェルはそっと持ち上げる。何遍もはぐらかしてきたが……今度こそ、そうはいかないだろう。


「……ん?」


 足早に処刑台の真下へ向かったジュードを呆然と眺めていたロウェルは、突然しゃがみこんだジュードの姿に首を傾げる。

 頑固な性格を物語る真四角の背中が大きく上下したと思った、次の瞬間。


「……――ゥアアァアアアアアァァァッ‼」


 凄まじい雄叫びが響き渡った。

 鬼気迫るジュードの咆哮は、ロウェルを内臓ごと揺さぶる。しかし、呆気に取られる暇もなく、今度は巨大なゴーレムが姿を現した。

 あの方角。おそらく、貴族の狩猟場に使われている森を利用して造り出したのだろう。


(造り出す……?)


 ロウェルは己の思考に違和感を抱く。

 ジュードの魔力暴走を幾度となく見てきたが、ゴーレムが造り出されたことなど一度もない。そもそも、そんな理性などない状態が魔力暴走なのだ。


「こ、こいつだ! こいつがあのバケモノの術者だぞ‼」


 ヴェルディア伯爵が、ジュードを指さして喚き立てる。


「そうだっ、魔喰いを使え! 早くこいつの魔力を吸い取らせるんだ!」 


 伯爵が叫ぶと、追い詰められた他の当主達も「それしかない!」と同調し始める。ジュードの横顔から目を逸らさずにいたロウェルは、彼の口元に薄っすらと笑みが浮かぶのを見て、一挙に理解した。

 そして、フッと鼻からため息を吐く。


「……そういうことか。はっはっは、強硬手段もいいところだなぁ!」


 しかしまあ、思い返してみれば『心配なら意地でも側にいてやれ』と助言をしたのは、ロウェル自身である。

 と、そのとき。


「きゃああぁぁ~~~~!」

「⁉ か、〝風よ吹け〟!」


 処刑台の上から転落するセレナにいち早く気づいたロウェルは、ぎょっと目を瞠りながら呪文を唱える。

 それから、胸いっぱいに息を吸い込んだ。


「――ジュード、上だぁぁっっっ‼」


 ジュードは理性を失っていない。

 この声はまだ届く。

 ロウェルには、わけもなく笑みが零れてしまうほどに、そんな確信があった。


 ◇◆


 ふわっ。

 白い長髪をなびかせて落下していたセレナの体は、突如、綿毛のように浮遊した。

 いや、正確には落ちる速度が急激に遅くなったのだ。びゅうびゅうと下から吹き上げる風が、重力に抗ってセレナの体を持ち上げている。


(ロウェル様ね……!)


 セレナはほっと息をつき、首を振って真下を向く。

 このまま降りていけば、きっとジュードに手が届く。

 彼が何も壊す前に、魔力暴走を止められる――。


「ジュード様~~っ!」


 セレナは吹き付ける強風に顔を顰めながら、必死に声を張り上げる。


「……――セレナ‼」


 セレナは「えっ」と腑抜けた声を上げる。暴走状態のジュードから返事が返ってくるなんて、思ってもみなかったのだ。

 天に向かって両腕を伸ばす彼と、真正面で視線がぶつかる。その瞳は狂乱の赤ではなく――澄んだ飴色に輝いていた。


「ッ!」


 ジュードは、舞い降りてきたセレナをためらいなく胸の内に抱き止める。夢にまで見た温もりが、セレナの体中に甘く染み込んでいく。


「すまない、ありがとう…………無事で良かった……!」


 耳元で囁かれたジュードの声は、酷く震えていた。

 彼らしくない支離滅裂な言葉と、胸板越しに伝わる確かな鼓動。セレナは一気に気が抜けてしまって、灰青色の瞳からぽろぽろと涙を零す。


「ぅ……私こそ、ごめんなさい……! ジュード様も、ご無事で本当に……っ」

「君が謝ることは何もない」


 白い頬を何度も伝い落ちる涙を、節の目立つ彼の指が優しく掬いとる。


「……ずっとこうしていたいが、あまり時間がないんだ」

 

 ジュードはそう言って、潤んだ目のセレナを真っ直ぐに見下ろす。

 彼はセレナの両手首に嵌められた手枷に向かい「〝土よ造れ〟」と唱える。すると鉄製の腕輪や鎖は忽ち砂と化し、彼が作る砂時計の中の砂鉄ように、サラサラと足元へ流れ落ちていった。


「走れるか?」


 自由を奪うものが何一つなくなったセレナに、ジュードが問う。


「――はい!」


 セレナは力強く頷く。

 もう戻れない場所を背に――白き異能の元令嬢と最強騎士は、手を取り合って走り出した。

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