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飴色に染まる ─白き異能の令嬢は最強騎士の魔力を喰らい幸せをみつける─  作者: 綿谷ユーリ


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38 死なせはしない

 夜の帳が降りた、魔法騎士団本部。


「おいジュード、今日も邸へ帰らないつもりか?」

「ッ?」


 居室で書類仕事の残りを片付けていたジュードは、そよ風のように何食わぬ顔で中へ入ってきたロウェルにぎゅっと眉を潜める。


「団長。ノックしてくださいって何度言えば」

「あのなぁ、俺は『少し距離を置け』と助言したはずだぞ?」


 全く悪びれることなくジュードの言葉を遮る上官に、ジュードはますます眉間の皺を深くして言う。


「はい。だから今そうしています」

「……誰が二週間も別居しろと言ったよ!」


 ロウェルはそう叫んでから、頭痛に苦しむように額を抱えた。


「全く、お前って奴はどうしてそう極端なんだ。何でも白か黒かって……もっと柔軟性ってものをだなぁ」


 ――バンッ!


 そのとき。説教を始めようとしていたロウェルの背後で、扉が勢いよく開いた。


「団長、こちらでしたか!」

「おお、どうした? そんなに慌てて」


 またもやノックなしに居室へ飛び込んできたのは、ジュード率いる第一連隊の隊員の一人。自分の部屋はいつから公共空間になったんだ……と、ジュードは部下の顔を見ながら目頭の筋肉を痙攣させる。すると、彼はチラチラとこちらの様子を窺いながら呟いた。


「あ、その……隊長の前ではちょっと……」

「? わかった、廊下で聞こう」


 ロウェルは首を傾げながらも、きびきびと彼を廊下へ連れ出す。パタンと扉が閉まり、ようやくジュードの部屋に静けさが戻った。


「…………」


 ジュードは無言で書類仕事を再開する。

 直属の部下が何らかの『自分には聞かせられない話』をロウェルにしていると思うと、正直いい気はしない。

 とはいえ、非難するつもりもない。 

 何しろ、ジュードはこれまで幾度も魔力暴走を起こして団員達に迷惑をかけてきた。そんな自分が慕われていると考える方が無理な話だ。

 ロウェルが匙を投げた書類の山、その一枚一枚にジュードは正確かつ迅速に目を通していく。内容の矛盾や誤字脱字を隈なく確認し、発見すればロウェルに修正依頼を出せるよう印を書き込む。極めて地道で気の遠くなるような作業だ。

 ただし――今のジュードには、気が遠くなるくらいの仕事量がちょうど良かった。


(そろそろ夕食時か……。セレナはきちんと食事を摂っているだろうか)


「ッ!」


 ジュードは万年筆の先をどぷんっとインク壺に浸し、思考を断ち切る。

 頭を冷やすために距離を置いたのに、少し手を止めただけでこの有り様では意味がない。そう頭では理解していても、心は否応なしに彼女の元へ駆け出そうと暴れ回っているのだ。

 仕事がなかったら、今頃とっくに発狂していただろう。


 ――コン、コン、コン。

「ジュード、入るぞ」

「……ッ?」


 珍しく、いや、おそらくは初めてノックをしてから居室に入ってきたロウェルに、ジュードは思わず作業の手を止めた。

 疲れ目を擦り焦点を合わせた途端、上官の表情から一切の茶目っ気が失われていることに気がつく。只事ではないと察したジュードは、すぐさま立ち上がりロウェルの側へツカツカと歩み寄った。


「何事ですか」

「……まずは確認させてくれ。ここ最近、セレナ様に魔力を吸収してもらっていないよな? 今、お前の魔力量はどの程度だ?」

「? おそらく平常時の九割程度かと」

「んん……九割か。ちょっとついて来い」


 そう言って再び廊下に出るロウェルの後を追い、ジュードは居室を出る。

 城門近くまで来ると、回廊から屋外広場が見えた。夜空には眩しいくらいに白い月が昇っている。その白さを見ただけで胸が締め付けられたが、上官の背中に漂う緊張感がジュードの気を引き締めた。

 ロウェルは黙ったまま早足で歩き進め、広大な広場の中央でやっと足を止める。


「ジュード、どうか落ち着いて聞いてくれ」

「? はい」

「セレナ様が反逆罪で捕らえられたそうだ」


 ジュードは「は?」と腑抜けた声を漏らし、胸の内でロウェルの言葉を反芻する。


「……セレナが……反逆罪?」

「王宮の衛兵から連絡があったそうだ。何でも、セレナ様はヴィオラ殿下に触れ、魔力を無理やり喰らい尽くしたらしい」


 ジュードの漆黒の瞳が、愕然と見開かれていく。


「……何を馬鹿な……」


 激しい動悸のせいか、絞り出した低い声はみっともなく震えていた。


「無理やり魔力を喰らい尽くすなんて、セレナがそんなことをするはずがありません。誰よりも彼女自身が異能を一番恐れていたのですから」

「もちろんわかっているさ! だが、王宮地下牢に収監されてしまった以上、我々には手の出しようがない。知っているだろうが……王族への反逆行為は例外なく極刑だ」

「ッ!」


 極刑という単語に、ジュードは二の句が継げなくなる。

 彼女が処刑台に立たされているのを想像すると、焼け石を呑まされたような激痛が体の中心を貫いた。目の奥が耐え難いほど熱くなり、徐々に視界が赤く染まっていく。


「……――おいジュード、落ち着け‼」

「!」


 ロウェルに強く肩を揺さぶられ、ジュードはハッと正気を取り戻した。


(この感覚、久しぶりだ……)


 ジュードは魔力暴走を起こしかけていたことに気がつき、慌てて深呼吸を繰り返す。おそらくロウェルは、自分が理性を失う可能性を見越して、このだだっ広い広場に連れてきたのだろう。

 ジュードは肩を上下させながら、己の手のひらに視線を落とす。

 ほんの二週間前、確かにこの手はセレナと共にあった。雪のように白く、綿のように柔らかで。始めはひんやりしているのだが、手を重ねているうちにじんわりと温まり自分と同じ体温になる。その感触をありありと思い出せる。

 それなのに。


「ハァ、ハァ、ハァ……ゥグ……ァアッ!」


 彼女の手もまた――妹の亡骸のように、冷えた肉塊になるというのか?


「だから落ち着けってのに」

「!」


 ロウェルはジュードの額を中指でパチンと弾く。赤く明滅していたジュードの瞳は、弾かれた衝撃で黒へと戻った。


「しかし、どうするか……」


 銀縁眼鏡の奥、笑い皺が刻まれたロウェルの目元に、暗い影が落ちる。


「目撃者の証言でもない限り、セレナ様の無実を証明するのは至難の業だ。減刑できないか、各方面に働きかけてはみるが……終身刑にすることさえ困難かもしれない」


 いつものように軽口を叩いてくれたら、どれほど良かっただろう。

 そう思うと同時に、ロウェルがそうできないほど厳しい状況だということが、嫌でもわかってしまった。

 白い月光が降り注ぐ広場の中央で、ジュードの瞳はみるみる光を失っていく。


「とにかくお前は今すぐ帰れ。邸の者が何か知っているかもしれない」

「……はい」


 上官に力なく返事をし、ジュードは亡霊のような足取りで本部を後にした。


 ◆◇


「お帰りなさいませ、旦那様」

「……アルバート⁉」


 二週間ぶりに帰宅したジュードは、執事長の頭に巻きつけられた包帯を見てぎょっと目を見開く。


「何があった!」


 ジュードが詰め寄ると、アルバートは悔しそうに俯きながら答えた。


「奥様は本日、水の離宮でのティーパーティーに参加されました。そこでヴィオラ殿下に眠り薬を飲まされ、気づいた時には殿下の魔力を吸い尽くしていたのだそうです」

「……!」


 どうして自らヴェルディア家の人間に近づいたりしたんだ……と、頭に浮かんだ疑問は、すぐさま自分へ突き刺さる。

 何しろ、王宮舞踏会でセレナとヴィオラの会話を断ち切ったのはジュードなのだ。『妹と話がしたい』と言う彼女の希望を無下にし、理不尽に苛立ちをぶつけて帰宅させたのである。


「ヴィオラ殿下は、奥様を利用して、旦那様に魔力暴走を起こさせようと目論んでいるようです」


 唇を噛んで押し黙るジュードに、アルバートが続けて言う。


「何だと?」

「ご存じかと思いますが、反逆罪の罪人は公開処刑に処されます。見せしめとして、貴族家当主らは全員立会いを要求される……。そのような状況で旦那様がひどい魔力暴走を起こせば、王国中の有力者もろとも王都は壊滅状態となるでしょう」


 ジュードは再び黙り込む。

 ヴィオラ妃の狙いはわかった。しかし、わかったところで、セレナの命が目の前で断たれたら正気を保っていられる自信がない。何せつい先ほどにも魔力暴走を起こしかけているのだ。

 しかも処刑が執行される頃には、今よりも魔力が蓄積してしまっている。


「わたくしがついておりながら……本当に申し訳ございません」


 深々と頭を下げるアルバートの後頭部には、包帯の表面にまで滲んだ血が染みを作っており、ジュードはますます返答に窮した。


「奥様は牢の中で、何度も旦那様のお名前を呼んでいらっしゃいました。泣きながら『死にたくない』と……。それなのに旦那様の身を案じて、わたくしに『ジュード様のお側にいて差し上げて』とおっしゃられたのです……っ」


 低頭するアルバートのつま先に、ぱたたっと雫が落ちる。その途端、ジュードの脳裏に出会ったばかりのセレナの姿が蘇った。

 あれほど生に執着のなかった彼女が、死にたくないと泣いている。

 壊すしか能のない自分に、壊さないでと願っている。

 わがまま一つ言うのも遠慮がちだったセレナが、心の底からそんな無理難題を切望しているのだ。


(彼女を幸せにすると誓った俺が、真っ先に諦めてどうする……!)


「顔を上げろ、アルバート」


 ジュードは断固たる口調でそう言って、拳を強く握り締める。


「泣いている暇はないぞ」


 漆黒の瞳の奥では――深い飴色が揺るぎない輝きを放ち始めていた。

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