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飴色に染まる ─白き異能の令嬢は最強騎士の魔力を喰らい幸せをみつける─  作者: 綿谷ユーリ


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34 おやすみなさい

 新参貴族であるエルファルド男爵邸に、侍女はいない。

 自称一流メイドのミラも、礼儀作法が拙く社交の場には不向き……となると、セレナの同行者に足る人物は古参執事のアルバート一択である。


「奥様、足元にお気を付けください」

「ありがとうアルバートさん。一人で平気よ」


 多忙な執事長自ら同行してくれたことに恐縮しつつ、セレナはトトトッと馬車を降りる。すると、すぐさま女性の宮廷使用人がやってきて「水の離宮にご案内します」と二人を先導し始めた。


「水の離宮……?」

「各魔力属性の妃がお過ごしになる居住棟のことでございます。水属性のヴィオラ殿下は、公式行事を除き、水の離宮から出ることは許されません」

「えっ、そうなの?」


 隣を歩きながら小声で解説してくれるアルバートに、セレナは思わず目を丸くして訊き返した。


「はい。妃同士の(いさか)いを防ぐためのしきたりだそうです。女性の嫉妬心とは、いつの世も恐ろしいものでございますから」


 身に覚えでもあるのか、アルバートはぶるりと肩を震わせて青い顔になる。セレナはそれには気づかず、これから対面する異母妹に思いを馳せていた。


(ヴィオラも、ルシアン王子殿下と別々に暮らしているのね……)


 どうしようもなく心を蝕むこの寂しさを、彼女もまた耐え忍んでいる。そう思うと妙な親近感が沸き、警戒心が少しだけ和らいでいく。

 広大な敷地をしばらく歩いたところで、唐突に池が現れた。畔には、様々な濃淡の青いモザイクタイルで装飾された美しい館。どうやらこの建物が水の離宮らしい。

 池にかかる石橋を渡り、セレナとアルバートはようやく目的地に到着する。


「お付き添いの方はこちらでお待ちください」


 中へ入ってすぐ、二人を先導していた宮廷使用人がアルバートを別室へ促した。心配そうな顔をするアルバートを安心させるべく、セレナは「大丈夫よ」と頷いてみせる。

 そうしてセレナは一人、水の離宮一階の客間へと辿り着いた。

 豪奢な扉を、先ほどの使用人がゆっくりと押し開ける。


「お義姉様、ようこそいらっしゃいました」


 緊張しながら中へ入ったセレナを出迎えたのは、ヴィオラただ一人。


「えっと……他の方々は?」

「お招きしていません。姉妹水入らずの茶話会(ティーパーティー)ですわ」


(そんなの聞いていないわ……!)


 パーティーと言うからには大人数が集まるのだろうと思い込んでいたセレナは、思わず呆気に取られる。

 しかし、立ち尽くしてばかりもいられない。戸惑いながらも席に着くと、ヴィオラは深紅の唇を左右に引き伸ばして笑みを深くした。

 広すぎるテーブルの上には、美しく物珍しい菓子がずらり。うっかり目を奪われていると、先ほどの使用人がやってきて二人のティーカップに温かい紅茶を注いだ。


「遠慮なく召し上がってくださいね」


 湯気の向こう側から、ヴィオラが愛想よく微笑む。

 甘い誘惑に危うく絆されそうになるセレナだが、ティーカップの中の飴色の液面を見た途端、ハッと我に返った。


「ありがとう。でも私、この間の話の続きを聞きに……」

「あら、せっかちねぇ。新婚同士、まずは近況報告でもしましょうよ」


 そう言って、ヴィオラは品良く紅茶を啜る。つられたセレナもそろりとカップを持ち上げ、何度か息を吹きかけてから口をつけた。


「エルファルド卿は、随分とお義姉様にご執心のようね」

「!」


 危うく紅茶を噴き出しそうになったセレナは、けほけほっとむせながらカップをソーサーに戻す。


「……んなっ、ぃ、いきなり何?」

「うふふっ。舞踏会でお会いした時に思ったのよ。あぁ、この方の瞳にはお義姉様がちゃんと映っているって――」


 優雅に言葉を紡ぐヴィオラの顔に、一筋の影が落ちる。


「――本当、殿下とは大違いだわ」


 飄々とした夜空色の瞳の奥に、一体どれだけの孤独を抱えているのか。セレナはとても他人事とは思えなくなり、そっと声をかける。


「……ヴィオラは、ルシアン殿下とあまり上手くいっていないの?」

「そうねぇ。結婚契約に関して言えば、上々の成果ですわ。私が王家に嫁いだことで、傾いていたヴェルディア家は一気に息を吹き返しましたもの」

「ぇ、ぁ、そういうことじゃなくて……」

「とはいえ、この特需も長くは続かない。お母様が『早くお世継ぎを』と度々手紙を送ってくる気持ちはわかるけれど、こればっかりはねぇ」


 セレナの心配をよそに、ヴィオラは冷え切った眼差しを窓の外に向ける。


「噂によると、殿下は寵愛なさっている風の妃以外には全くご興味がないのですって。私は単なる詰め物。水の妃の座を埋めておければそれでいいみたい」


 そこまで言ったところで、彼女は急に声を潜め、常人には聞き取れないであろう声量で囁いた。


「……誰にも愛されたことがないのに、どうやって人を愛したらいいっていうのよ……」

「えっ?」

「うふふっ、何でもないの。そろそろ本題に入りましょうか」


 耳のいいセレナには、ヴィオラの囁きが一言一句聞こえていた。

 その上で意味が分からず首を傾げたのだが……彼女の笑顔の圧に負け、ひとまず頷くことにする。


「……ええ。『魔喰いの力を使いこなす』って、どういうことなの?」

「文字通りですわ。吸収する魔力量や、肌に触れるという発動条件を制御できるのです」

「それが本当なら有り難いけれど……」

「あら、疑ってます?」


 セレナは、ドキッと背筋を伸ばす。

 確かにセレナは異母妹の話を信じ切れずにいた。顔に出てしまっていたのは申し訳ないけれど、そんなにうまい話があるのならなぜ今まで誰も教えてくれなかったのか、と疑問に感じざるを得ない。


(そもそも、どうしてヴィオラが魔喰いについて詳しいのかしら。私のことなんか気にも留めていないはずではなかったの……?)


 返答に困ったセレナは、ぬるくなっていた紅茶を啜り時間を稼ぐ。

 するとヴィオラはさっと視線を動かし、扉付近に控えていた宮廷使用人に目配せをした。使用人は静かに頷くと、紅茶が乗るティーワゴンの下段から古びた分厚い本を取り出してヴィオラに手渡す。


「これは千年前の魔喰い――つまり、お義姉様の先代の魔喰いについて書かれた古書です。ライナスお義兄様(にいさま)が生前に見つけてきて、私に託したものよ」

「……!」

「稀有な古代語で記されていて解読に時間がかかりましたけど、おかげで有力な情報がいくつか得られましたわ」


 ヴィオラの唇が、鋭い鎌のような弧を描いていく。しかしセレナは、兄の名を聞いた瞬間から大幅に判断力を削がれていた。


「魔力吸収の際に相手の記憶を引き込むこと。粘膜が触れると魔力吸収の速度が速まること。一度に大量の魔力を吸うと異能自体が失われること。それから、異能を自在に操る方法もね」


 お兄様が探し出してくれた古書に書かれていることならば、真実に違いない。真実であってほしい――そんな根拠のない感情で脳が埋め尽くされていく。


「それは……どんな方法なの?」


 そう尋ねた時にはもう、セレナはヴィオラの話を信じきっていた。


「簡単なことですわ。五属性の魔力を一人分ずつ吸い尽くせば良いのです」

「えっ?」

「お義姉様は、既にお義兄様の光魔法を一人分吸い取っているでしょう? それからエルファルド卿の土魔法も、髪色がすっかり飴色になるまで吸収済み。あとは火、水、風属性の魔力を各々一人分吸えば……」

「ちょ、ちょっと待って! そんなの無理だわっ」


 セレナは慌てて首を横に振る。


「異能を操れるようにはなりたいけれど、誰かの魔力を犠牲にするなんて」

「犠牲ねぇ。世の中には、魔力なんてどうでもいいと考える人もいると思うけれど。エルファルド卿だってそうでしょう?」

「それは……」


 きっと優しい嘘、と言おうとしたセレナは、急な違和感に襲われて口を噤む。

 どんなに気まずくとも出勤前の挨拶を欠かさない、岩よりも堅物で真面目な彼が……果たしてあの状況で嘘をつくだろうか?

 冷静になって考えると、甚だ疑問だ。


「私もそのうちの一人なの」


 心ここにあらずで俯くセレナは、ヴィオラの声でハッと現実に引き戻される。


「さぁ、お義姉様。手始めに私の水魔法を吸い尽くしてちょうだい」

「っ、何を言って……?」

「そう言われても、なかなか踏ん切りがつかないわよねぇ。安心して、手は打ってあるから――」


 急に低くなる声色。

 セレナが思わず顔を上げた、そのとき。


「⁉」


 不意に景色がぐわんと歪んだ。

 目を見開こうにも、瞼が持ち上がらない。テーブルに並べられた華やかな菓子が、全てぼやけて虹色の渦となる。


(もしかして、紅茶に何か入れられていた……?)


 ここに来てからセレナが口にしたのは紅茶だけ。

 もしそれが原因ならヴィオラにも症状が現れるはず……、そう思ったセレナは、激しい眠気と格闘しながら必死に目の焦点を合わせる。


「〝水よ(すす)げ〟」


 水魔法の呪文を唱えるヴィオラの声。

 滲む視界の真ん中で、彼女は己の胸に手を当てていた。どうやら自分自身に魔法をかけたらしい。


「本来は水を浄化する呪文なのだけど、上手く操れば血液の解毒にも使えるのよ」

「ヴィ……ォ……ラ?」

「嫌だわ、そんなに睨まないでくださいな。ただの眠り薬ですわ」


 ついに抗えなくなり、セレナはガシャンとテーブルに左の頬を打ち付ける。世界が忽ち横倒しになる。


「おやすみなさい、セレナお義姉様」


 薄れゆく意識の中……徐々に近づいてくるヴィオラの手のひらだけが、かろうじてそれとわかった。

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