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飴色に染まる ─白き異能の令嬢は最強騎士の魔力を喰らい幸せをみつける─  作者: 綿谷ユーリ


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29 土を被る恋の種

 翌朝。王宮舞踏会当日。

 満足に寝付くことができなかったセレナは、普段よりも早くベッドから起き上がる。ぼやけた視界の片隅に白く輝く毛先を見つけ、思わずぞっと両腕を抱えた。


(あれほど魔力を吸収したのに、もう元通り……。我ながら不気味だわ)


 昨晩セレナは――砂時計を置き忘れるというミスにより――十五分を大幅に超えてジュードの魔力を吸い取ってしまった。床につくほど長い白髪は、耳の高さに至るまで飴色に染まっていた。それなのに、たったの一晩で無垢なふりをした純白へと戻っているのだ。

 吸収した魔力は、セレナが使えるようになるわけでもなくただ消えていく。魔喰いと言うだけあって、無目的に周囲の魔力を喰らい消失させていく様は、まさしく獣の摂食行動のようだ。

 セレナは改めて自分の体が恐ろしくなり、枕元にあったブランケットを夜着の上から羽織る。立ち上がると、ティーテーブルの上に置かれた黄鉄鉱のネックレスが目に入った。


(結局、断りきれなかったわ……。男爵様の大事な物だから、決してなくさないようにしないと)


 セレナは黄鉄鉱を首から下げ、少し外の空気でも吸おうと窓に近寄る。


「?」


 外を見ると、盛りを過ぎた春の花が咲く庭に、ジュードが一人佇んでいた。

 身支度が済む前の私服姿の彼は、手に持っていた籠を足下に置くとブラウスの袖を捲り始めた。セレナは首を傾げつつ、三階の窓から様子を見守る。


「〝土よ働け〟」


 地面に手を付きながら彼が唱えた呪文を、セレナの耳はしっかりと聞き取った。次の瞬間、ゴゴゴ……と控えめな地鳴りが始まり、たちまち三体のゴーレムが姿を現した。


「男爵様とゴーレムさん達、一体何をしているのかしら?」


 セレナが思わず口に出して呟いた、そのとき。


 ――タタタタタタタ……!

「セレナ様、起きて下さいまセ! 今日はいつも以上にお支度に時間がかかりますか、ら、……ネ?」


 爆ぜた木の実のような勢いで中に入ってきたミラは、既に起床しているセレナを見てミントグリーンの瞳を瞬かせる。


「おはようミラ」

「セレナ様、もう起きていらっしゃったのですカ?」

「何だかよく眠れなくて。自分で思っている以上に緊張しているみたい」


 セレナが苦笑いを浮かべてそう言うと、ミラは心配そうに眉を下げる。


「……わかりましタ。お支度は後にしましょウ」

「えっ?」

「緊張した時は『自分より緊張している人を見るといい』って聞いたことがありまス。早速見に行きますヨ!」

「えっ! 行くってどこへ?」


 ミラはためらいなくセレナの手を取り、ニパッと白い歯を覗かせる。


「お庭でス!」


 ◇◆


 ミラに手を引かれて邸の外に出たセレナは、思わず羽織っていたブランケットをぎゅっと胸元に手繰り寄せた。東の空はまだ仄暗く、初夏とはいえ夜着姿ではやや肌寒い時間帯である。

 そんなセレナの様子を見たミラが、ハッと息を呑んで立ち止まる。


「大変失礼致しましタ! すぐに上着を取って参りまス――!」


 セレナが「えっ」と声を上げる間もなく、ミラは葡萄色のメイド服をぶわっと翻し全力疾走で邸の中へ駆け戻ってしまった。

 仕方なく、セレナは一人で先に庭へ向かう。


「……たったの三体か」


 朝露に濡れた瑞々しい芝生をサク、サク、と歩いていくと、ジュードの呟き声が聞こえてきた。セレナは自然と足を止める。


「随分と魔力が減退したな」


 普通の人には不吉であろう台詞を吐く彼の横顔には、むしろ安堵の色が浮かんでいた。

 昇りたての太陽が、朝霧に包まれた庭を薄桃色に染める。

 ほぅっと息を漏らしたジュードが、漆黒の髪を掻き上げる。

 ただそれだけの光景がとてつもなく美しくて、セレナの胸はきゅうっと引き絞られた。


「……セレナ?」


 立ち尽くすセレナの気配に気づいた彼が、少し驚いた様子で眉を持ち上げてこちらに向き直った。セレナは慌てて灼熱の喉に鞭を打つ。


「ぁ、ぉ、おはようございますっ」

「どうしたんだ? こんな朝早くに」

「そ、それがその、緊張であまり眠れなくて少しお散歩を……」


 セレナは彼から目を逸らし、意味もなくブランケットの端をいじる。何をそんなに狼狽える必要があるのか、自分でもさっぱりわからない。


「そうか。俺と同じだな」

「っ?」

「じっとしていられなくて、必要以上に早起きしてしまったんだ。時間を持て余すくらいならと、庭にひまわりの種を植えに来た」


 ジュードはそう言って足元の籠を指さす。近くに寄って覗き込むと、中には白と黒の縦縞が美しい雫形の種がたくさん入っていた。


「わぁ……綺麗な模様の種ですね」


 セレナは呟きながら彼を見上げる。ジュードの表情はいつも通りで、あまり緊張しているようには見えない。ミラの話では、自分よりも緊張している人が庭にいると言っていたが、彼のことではないのだろうか?


「男爵様も緊張されているのですか?」


 セレナが首を傾げると、ジュードはたちまち表情を曇らせた。


「緊張というより不安が強い。君は人混みが苦手だから」

「えっ?」

「舞踏会ではヴェルディア家の人々とも顔を合わせるだろう? 君が辛いことを思い出さないか心配だ。それに軽やかなドレスが多い中で、一切肌の露出がないドレスはやや目立つ。やむを得ないが、貴婦人達に嫌味を言われる可能性は否定できない。気の多い男に言い寄られるかもしれないし、うっかり酒を飲まされるかもしれない……。一晩中、不安要素をあぶり出していたが、どうにもきりがないんだ」


 彼は堰を切ったように心配事を口にして、ぐりぐりと眉間を揉みしだく。ジュードが零す頭痛の種は、よく聞けばどれもセレナのことばかりだ。


「ぁ……あの、私、大丈夫ですっ」

「ッ?」

「絶対に男爵様のお側を離れません……ので、安心してください!」


 ドキドキとうるさい鼓動に負けじと、セレナは胸元で揺れる黄鉄鉱を握り締めながら声を張る。

 すると、ジュードの瞳がみるみる見開かれていった。

 と思いきや、急に瞼の力を緩めて「……フ」と柔らかな微笑を浮かべる。


「言っておくがセレナ、舞踏会には『男爵様』が大勢来る」

「っ?」

「誰の側を離れないのか、もう一度正しく教えてくれないか?」


 黒目の奥で飴色を輝かせて、ジュードが問う。その眼光はセレナの瞳を射貫き、びりびりと脳を痺れさせた。


「ぇ……っと…………――()()()()()です……」

「うん」


 頬が熱い。

 鏡を見るまでもなく、自分の顔面が真っ赤に染まっていることがわかる。

 セレナは為す術なく黄鉄鉱を握り込む手の力を強くする。ただでも白い指がもっと白くなり、小刻みに震えだした。

 それを見たジュードは、ゆっくりと腕を伸ばしセレナの手を優しく口元に引き寄せると――。


「セレナ、実は謝らないといけないことがある」


 剥き出しの手の甲に、そっと言葉をのせた。


「……えっ?」

「努力したが、俺はどうやっても君を妹とは思えないようだ」


 彼の吐息が肌をくすぐる。

 独白するように呟いたジュードは、目を瞠るセレナをじっと見据えたまま――ちゅっ、と真っ白な手の甲に優しく口づけをした。


「許してくれるか?」


 ところが次の瞬間、かつてないほどの勢いで魔力が流れ込んできた。

 セレナの白髪はわずか一呼吸のうちに生え際まで飴色に染まり、陽の光を浴びて煌々と輝きだす。庭仕事をしていた三体のゴーレムは瞬く間に瓦解し、ただの盛土と化した。


「――だめっ‼」


 セレナは咄嗟にジュードの手を振りほどく。


(何で……⁉ ほんの少ししか触れていないのに!)


 すっかり飴色になってしまった自身の髪を見て、セレナの脳裏に悪夢が蘇る。

 最愛の兄を失ったと知った、あの日の絶望を。


「ぁ、ぅあ……どうしよう、どうしよう、私、魔力を全部吸い取ってしまったかも……ごめんなさい、ごめ」

「落ち着けセレナ。俺なら問題ない」


 ぶるぶると震えて涙目になるセレナの肩を、ジュードがぎゅっと抱き寄せた。


「いやっ! 離して、離してください‼」

「大丈夫だから聞いてくれ」


 ジュードの低く落ち着いた声が、優しく鼓膜を揺らす。硬い胸板から伝わる体温は、徐々に凍える心を温め溶かしていった。

 荒い息をしながらも抵抗をやめたセレナに、ジュードは諭すような口調で言う。


「君と同じで、俺の魔力も時間が経てば元に戻る。それに、そもそも俺は魔力など全くどうでもいいんだ。例え魔法が使えなくなったとしても君を恨まないし、君の前からいなくなったりしない」

「で、でもっ」

「わかったら、一緒に種まきをしてくれないか? ゴーレムもいないし、手伝ってもらえると助かるんだが」

「っ…………はい」


 逡巡した末に頷くと、ジュードは籠を取り、セレナの手のひらにひまわりの種をぱらぱらとのせる。彼の目尻はうっすらと赤みを帯びていた。

 曙の庭に、ぎこちない沈黙が流れる。

 と、そのとき。タタタタタ――と場違いなほど溌溂とした足音が近づいてきた。


「セレナ様、お待たせしましタ! こちらをお召しになってくださいま、セ……?」


 上着を持って戻ってきたミラは、無言で種をまく二人の後ろ姿を見つけてはたと足を止める。仲睦まじいとはお世辞にも言えない、異様に張り詰めた空気。しかも、いつの間にかセレナの髪が飴色に変わっているのだ。


「……一体何があったのでしょウ……?」


 ぽかんとするミラを嘲笑うように、どこかで雄鶏が鳴いた。

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