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飴色に染まる ─白き異能の令嬢は最強騎士の魔力を喰らい幸せをみつける─  作者: 綿谷ユーリ


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25 甘い休日

 セレナがエルファルド男爵邸に来て、一ヶ月が過ぎた。

 まだ肌寒い冬と春の狭間であった季節は淀みなく進み、今や庭を散歩していると少し汗ばむことすらある。

 春先に(ゴーレム達が)植え付けた苗も着々と背丈を伸ばし、今にも綻びそうなホワイトピオニーの蕾が第二の太陽のように朝日を受けて輝いている。


「ふふ、もういい香りがする――わ!」


 麦わらのボンネットを被ったセレナが蕾に鼻を近づけようと腰を屈めた途端、脇腹の辺りでビリビリッと不穏な音がした。


「どうしましょう……完全に破けているわ」


 苗と同様、すくすくと栄養を吸収して健康的な体格を取り戻したセレナは、いよいよ体に合うドレスがなくなってきていた。それでもなお華奢なことは違いないのだが、元々用意されていたドレスが病的に細身だったのである。

 しかし、心配は要らない。


「セレナ。身支度が整い次第、出発しよう」

「!」


 今日は、いつも忙しそうなジュードの貴重な非番の日。

 そんな彼に時間を割いてもらうのだ。お待たせするわけにはいかない。だけどドレスが……と、セレナは無言で葛藤する。


「も、申し訳ございませんっ。少しだけお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


 悩んだ末に勢い良く頭を下げて言うセレナだが、頭上から「……フ」と小さな笑い声が聞こえてきて思わず顔を上げる。


「もちろん。いくらでも待つ」

「……っ……」


 ここ最近のジュードは、ふとした瞬間に思いがけず笑みを浮かべることが多くなっていた。

 その笑顔を見ると、セレナは不思議と胸が温かくなって、幼子に戻りたくなるような気持ちが込み上げる。無償の優しさをくれるこの人の腕の中に飛び込んだら、一体どれだけ安心するだろうか……、と想像してしまう。


(不意に抱きつくなんて。魔喰いの私には、決して許されない蛮行よね……)


 そんなことを考えながら、セレナは小走りで邸へ着替えに向かった。


 ◇◆


 セレナとジュードを乗せた馬車は、王都の繁華街――数え切れないほどのブティックが建ち並ぶ通りへと差しかかる。馬車窓の外は、たくさんの買い物客で賑わっていた。


(こんなに大勢の人がいる所で、万が一にも魔喰いの異能が発動したらどうなるだろう……)


 セレナの脳裏に、盃の儀式の日のことが蘇る。

 魔力属性の宣言を楽しみに待つ子ども達、そんな我が子の晴れ姿を目に焼き付けようとしていた大人達……魔導教会に集まっていた全ての人々の阿鼻叫喚が、セレナの耳の奥で生々しく響き渡っていた。


「どうしたセレナ?」

「ぁ、その……人が多くて驚いたと言いますか……」

「人が多い場所は苦手か?」

「そのようです」


 また一つ、セレナは自分のことを知りつつ蒼い顔で俯く。

 ミラの気配りで、今のセレナは顔面以外ほぼ肌の露出がない格好をしていた。立ち襟のベルスリーブドレスに長手袋と長靴下。それでも不安感は拭いきれず、手がひとりでに震えだす。

 と、そのとき。


「っ?」


 ジュードが、手袋を嵌めたままのセレナの手を不意に握りしめた。


「男爵様っ? 魔力吸収が必要でしたら手袋を取らないと……」

「いや、違う」


 もしや魔力暴走の兆候が現れたのではないかと、セレナは慌ててジュードの瞳を覗き込む。しかし、彼の目は黒に淡い茶が溶け込んだ飴色であり、むしろ心配そうな眼差しでこちらを見つめ返された。


「妹が悪夢にうなされているとき、手を握ってやると落ち着きを取り戻すことが多かった。だからこれはつまり……そういうことだ」

「そういうこと?」

「ッ……嫌なら振り解いてくれ」


 ジュードは言葉に詰まり視線を逸らしてしまう。

 戸惑うセレナの手を包み込む、ごつごつとした大きい手のひら。その熱が手袋越しにかじかんだ指をじんわりと温めて、徐々に震えが治まっていく。

 そう――あの日も、こうして馬車の中で手を握りしめてくれた手のひらが、今にも砕け散りそうなセレナの心を繋ぎ止めた。


「……いいえ、嫌だなんてとんでもない」

「ッ?」

「男爵様に手を握っていただくと、すごく安心します」

「――!」


 パッとこちらを振り向いたジュードは、ふんわりと頬を緩めるセレナとは対照的にぎょっと目を剥いて顔を強張らせる。まるで焼成されている最中の陶器のように、彼の顔面はみるみる発赤しながら硬質化していった。


「きっと、お兄様を思い出すからですね!」

「……ッ……?」


 ところが、セレナが続けてそう言った途端、急速にジュードの表面温度が下がったように見えた。紅潮していた頬が忽ち冷めると、彼は空いている方の手で額を抱えながら力なく口を開く。


「そうか……それは良かった……」

「はい、もう大丈夫です! 参りましょう」


 すっかり気分が落ち着いたセレナと、どういうわけかすっかり意気消沈してしまったジュードは、手を繋いだまま共に馬車を降りる。

 二人のすぐ目の前には、至極高級そうなブティックが聳え立っていた。


(……こんなお店、どう見ても私には場違いだわ)


 とても気軽には入店できない荘厳な店構えで、入口には『王家御用達店』と記された立派な看板まである。


「アルバートが、この店なら間違いないと言っていた」

「えっ?」


 ジュードに手を引かれ、セレナはためらう暇もなく店内に入る。すると、店員の一人が静々とこちらに近づいてきた。


「ようこそお越しくださいました。ご予約いただいたエルファルド男爵様とご夫人のセレナ様でございますね?」

「ああ」

「こちらへどうぞ」


(予約……? お忙しい男爵様が、わざわざ私のために?)


 上品な出で立ちの女性店員に先導されながら、セレナは隣を歩くジュードを見上げる。騎士らしく前を見据えて歩く彼の、端厳たる横顔。その凛々しさが硬い殻となって、内側の柔く温かい心をわかりにくくしているのは間違いない。

 とても勿体ないことだと思う反面、彼の優しさを知っているのは自分だけかもしれないと思うと……何だか急に鳩尾がくすぐったくなる。

 そうこうしているうちに、セレナとジュードは個室へ案内された。


「事前に伝えていた通り、妻は人に触れられるのが苦手なんだ。採寸は全て邸のメイドが済ませてきている。このサイズに合うドレスをいくつか見繕ってくれ」

「かしこまりました」


 ジュードはそう言って、予めミラがセレナの全身をくまなく計測した採寸表を店員に渡す。しばらくすると、シャーッという音と共にハンガーラックに掛けられた大量のドレスが運ばれてきた。


「セレナ、好みのものはあるか?」

「えっ、ぁ、う~ん……」

「では、好みでないものは?」

「えっと……。やはり、肌が多く出るデザインは落ち着かない気分になってしまいます」


 セレナがそう言うと、ジュードはサッと手のひらを上げて店員を呼び、ハンガーラックからノースリーブや背中が大きく開いたドレスを回収するように告げる。残った十着あまりのドレスは、どれも楚々とした上品なデザインでありながら華やかさも兼ね備えていた。


「このぐらいあれば足りるだろうか?」

「えっ? た、足りるも何も、多すぎるくらいですが……」

「ならば良かった」

「!」


 ジュードは再び店員を呼び、あっという間に会計を済ませてしまう。思わず唖然としていたセレナだが、ハッと我に返り店員の元から戻ってきたジュードに小声で話しかける。


「だ、男爵様、こんなにたくさん買っていただくなんて出来ません……!」

「この間、夕食の約束を反故にしたお詫びだ」

「そのことなら、もうきちんと謝罪していただいたではありませんか」

「いや。俺は君のメイドではなく、君を喜ばせることで謝罪したかったんだ。だからどうか、快く受け取ってくれないだろうか?」

「……っ……」


 そんな風に言われてしまうと、これ以上遠慮する方が心苦しく思えてきて二の句が継げなくなる。その様子を見たジュードは、またもやセレナの予想外のタイミングで「……フ」と笑みを零した。


「包むのに少し時間がかかるらしい。その間、行きたい場所があるんだが付き合ってくれないか?」

「……行きたい場所?」


 ジュードはそう言って、胸ポケットから几帳面に折り畳んだ紙を取り出しこちらに差し出す。首を傾げながら紙を広げたセレナは、思わず小さく息を呑んだ。


「君が甘いものが好きだと知ったから、王都で人気の高い菓子店をいくつか調べておいたんだ」


 そこに記されていたのは、整然と調べ上げられた菓子店のリスト。店の所在地や営業時間はもちろん、名物商品や座って休める場所があるかなどについても事細かに記載されている。メモ書きの域はとうに超えて、調査報告書と言ってもいい完成度だ。


「効率的に回れるよう、道順も考えてきたんだが」

「……ふふ」

「セレナ?」


(男爵様が行きたい場所じゃなく、私が行きたそうな場所という意味だったのね……。本当にこの御方の優しさはわかりにくいわ)


 活字の如く端正な筆跡はジュードの性格をこれでもかと物語っていて――セレナは彼の文字を指でなぞりながら、なぜか速くなる自らの鼓動に耳を澄ませていた。

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