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飴色に染まる ─白き異能の令嬢は最強騎士の魔力を喰らい幸せをみつける─  作者: 綿谷ユーリ


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17 価値なき命

 鈍色の空に轟く、遠い雷鳴。


「……なぜですか」

「っ!」


 突如手を払いのけられて現実に戻ってきたセレナは、それが雷の音ではなくジュードの低い声であったことに気がつく。


「なぜ貴女が妹の名を知っているのかと訊いています」

「えっ? ……!」


(どうしよう……きっと私、記憶の中で見たことを声に出していたんだわ)


 セレナには、ジュードの首筋を駆け上がる凄まじい怒りが実体を持っているかのように見えた。怒りは彼の眉を吊り上げ、こめかみの血管を隆起させ、漆黒の短髪をみるみる逆立たせていく。


「幼くして死んだ妹のことは、これまで誰にも話したことがないんです。故郷の村の住民も一人残らず死んでいる……それなのに……」


 ジュードの漆黒の瞳が、徐々に赤みを帯びて明滅し始める。魔力暴走時の熱した鉄球の如き強烈な赤。記憶に新しいその色へと近づいていく様を目の当たりにしたセレナは、激しい焦燥に駆られてひりつく喉に鞭を打つ。


「――申し訳ございません! じ、実は私、魔力吸収の度にジュード様の記憶を覗いてしまっていたのです」

「記憶を覗く……?」

「っ、はい。どうやら魔力と共に記憶まで引き込んでしまうみたいで……自分でもよくわからないのですが」


 セレナの話を聞いたジュードは、自らを落ち着かせるように片手で目元を覆う。食いしばった歯の隙間からは、乱れた息が何度も漏れ出た。


「始めに尋ねましたよね? 『魔力吸収に副作用はないのか』と。『何かあれば必ず言ってほしい』とも言ったはずです」

「ぅ……申し訳ございません」

「謝っていただきたいのではありません。事実確認です」

「……はい。ジュード様は確かにそうおっしゃっていました」


 ジュードが目元を覆っていた手をゆっくりと下ろす。彼の瞳は漆黒に戻っていたものの、冷静さを取り戻した表情はぞっとするほど冷たい。初日に見た明白な拒絶の眼差しに、軽蔑の色まで加わっていた。その眼で睨まれただけで、セレナは心の芯まで凍えてしまって何も言えなくなる。


「もう結構です。どうか大人しくお帰り下さい」


 ジュードは、毛先だけ飴色に染まったセレナの髪を一瞥してから、恐ろしく低い声で言う。


「貴女は俺の記憶に土足で踏み込んだのです。到底許容できるものではありません」


 そう告げて、彼はいつものように『では』と言うことすらなく、無言で控室から出ていった。

 セレナは、がらんと広い部屋に一人取り残される。この世から音という音がなくなったように静まり返った空間は、セレナの脳内に強い憎悪を含んだジュードの言葉を繰り返し蘇らせた。


「私……見限られたんだわ……」


 この結婚が終わりを迎えた時、セレナに待っているものは最初から決まっていた。

 セレナは肩に羽織っていたケープを外し、頭の上から被り直す。あれほど怒りを露にした状態でも暴走に至らなかったのだから、きっと授爵式は問題なく終えられることだろう。

 ふと、窓の外に視線をやる。

 今日の空模様が、今にも泣き出しそうな曇天であることだけが、唯一の心残りだった。


 ◇◆


 叩きつけるような激しい雨が、セレナの頬を打つ。

 自由奔放に空を駆ける稲妻の明るさ。鼓膜が破れんばかりの雷鳴。泣き喚く女性の金切り声にも似た風の音。どれも直接肌で感じるのは初めてのことで、こんな天気も悪くないかもと思い直す。

 あれからどれくらいの時間が経っただろう。

 王宮の敷地を出てすぐに嵐となった空の下をひと気のない方へひたすら歩き、気がつくと森の中にいた。辺りはすっかり真っ暗で、時折光る雷光の青さを一層美しく際立たせる。

 セレナは朽ちた大木が根元から折れて出来た切り株を背もたれにし、じっと空を眺めていた。まだ周囲の木々がさほど枝葉を延ばしておらず、森の真ん中をくり抜いたようにぽっかりと開けた空間が出来ている。


「……寒い」


 袖なしのドレスにレースのケープ一枚では、春になったばかりの夜を過ごすにはとても心許ない。さらに、雨に濡れて肌に貼りついた服へ強い風が吹きつけるので、刻一刻と体温が奪われていくのだ。


(この分だと、洗い立ての青空を拝むことは出来なさそうね……)


 すでに輪郭を失い始めている意識でそんなことを考えていると、徐々に強くなる眠気がセレナを誘惑した。

 ……心地よく甘やかな眠りの世界へと落ちかけていた、そのとき。


「……――セレナ様‼」


 夢か現か、ジュードの声が聞こえたような気がした。

 朦朧としていたセレナは、重たい瞼をやっとのことで開く。少しずつ焦点が合ってくると、狼狽た様子でこちらを見下ろす漆黒の双眸と目が合った。


「ジュ……ド……様?」

「こんなところで何をしているんですか! 大人しくお帰り下さいと言いましたよね⁉」

「私には……帰る場所などありません」

「はぁ⁉ 何を言ってるんです。男爵邸に戻ればい……」


 言いかけたジュードが、自らの失言に気づいたようにハッと言葉を呑み込む。セレナは力なく微笑んだ。


「あのお邸は貴方のものです。邸の主に拒まれた私が、立ち入っていいはずがありません……」

「ッ……ですが、でも――!」

「授爵式は、無事に済みましたか?」


 闇雲に反論しようとするジュードに尋ねると、唐突に話題を変えたせいか、彼は虚を衝かれた様子で眉間の皺を緩めた。

 しかし忽ち元通りになり、さらに元の状態を通り越して、切り立った渓谷のような険しい顔つきになる。


「……はい」

「あぁ、良かったぁ……! おめでとうございます、()()()


 安堵して目を細めたセレナは、それきり瞼を上げられなくなる。半分閉じたままの瞳はもはや焦点を結ぶことすら出来ず、ジュードの表情もわからない。

 だからこそ、物怖じすることなくほろほろと本音が口から零れ出した。


「私……男爵様にお会い出来て幸せでした」

「!」

「魔喰いの身でも、こうして誰かのお役に立てた……。十八年の人生の中で、この一週間だけは……『生きていていい』と……世界に受け入れられたような気持ちになれたんです」

「……ッ、セレナ様とにかく移動しましょう。失礼します」


 急にふわっと体が浮き上がる感覚がした。内臓を地面に置き忘れてしまったような浮遊感と、背中に伝わる温もり。またもや彼にお姫様抱っこをさせてしまっているのかしら、とセレナは薄れゆく意識の中で申し訳なく思う。

 けれども今は、謝罪よりも伝えるべき言葉がある。


「ぁ……りがとう、ございます……」

「もういいですから。どうか、それ以上喋らないで」

「ありが、と……ぃます……わたし、の……」

「セレナ様ッ」


 小刻みに震える真っ青な唇から声を出す度、セレナの体温が少しずつ外界へ逃げていく。そのことに気づいたらしいジュードが叱りつけるような声でセレナの名を呼んだが、セレナの耳には届いていなかった。


「私の命に……価値を与えてくれて……。ありが……ぅ……」

「……――‼」


 雨は激しさを増し、冷たい風が容赦なく吹きすさぶ。ただでも白いセレナの頬から、みるみる生気が失われていく。




≪――一緒に行こう≫


 突如目の前に差し伸べられる、節くれだった大きな手のひら。


(……お兄様? ライナスお兄様なの?)


 いつの間にか、セレナは黄土色の大地にしゃがみ込んでいた。嵐は止み、空一面に鈍色の雲が広がっている。

 セレナは兄の手を握ろうと腕に力を込める。しかし、なぜか全く体が言うことを聞かない。

 戸惑っているうちにセレナの手は勝手に動き、あろうことか差し出された手のひらを不躾に跳ね除けてしまった。


≪大丈夫。我々は君に危害を加えるつもりはないよ≫


 ひとりでに動き始めた視界の先に見えてきたのは、兄ではなく、若かりしロウェル団長の姿。


(そっか、私また男爵様の記憶を覗いてしまっているのね……) 


 抱き上げられたときにどこかで肌が接触していたのだろう、とセレナは冷静に理解する。てっきり兄が待つ死後の世界に辿り着いたのかと思ったが、この期に及んで、魔喰いの体はしぶとく現世で魔法を吸い取っているらしい。


≪――こんなバケモノ、生きてていいわけないだろッ‼ 早く殺せよ! あぁあ、うぅあああッ……!≫


 咽び泣くジュード少年の膝の上には、手首から先しかないエリンの亡骸と、無傷の黄鉄鉱。


(あぁ、できることなら……幼い頃の男爵様の手も、握って差し上げたかった)


 たった一つ、新たな心残りを思い浮かべたところで――セレナは眠るように穏やかに意識を手放した。

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