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飴色に染まる ─白き異能の令嬢は最強騎士の魔力を喰らい幸せをみつける─  作者: 綿谷ユーリ


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13 直せるもの

 膝の高さほどはある山盛りの土砂。

 つい今しがたまでゴーレムだったそれの上に、セレナの手から滑り落ちたじょうろがグサリと突き刺さる。


「――セレナ様?」


 立ち尽くすセレナの背中に、地を這うような低音が降り注ぐ。日を遮るものなど何もない庭の真ん中に突然影が差したかと思うと、すぐ後ろにジュードが聳え立っていた。


「庭で何をしているのですか? まだゴーレム達がうろついているのに」

「ぁ……ぁ……」

「?」

「わ、私のせいで、どうしよう……ごめんなさい、ごめんなさい……」


 先ほどまで意思を持って動いていたものが足下に散らばっている。そんな恐ろしい状況を前に、セレナは氷水に放り込まれたようにぶるぶると震えていた。

 今にも倒れそうな顔で細い両肩を抱える様子を見たジュードは、一瞬怪訝な顔をしてから「ああ」と状況を理解したように声を上げる。


「一体、壊れてしまいましたか」

「私がいけないのです。うっかり素手で触れてしまったから……」

「別に気にすることはありません」


 涙目で猛省するセレナに対し、ジュードは波風一つ感じられない平静とした表情でそう言って、サッと土塊に手のひらを翳した。


「〝土よ働け〟」


 ジュードの一声で、土は命を吹き込まれたようにひとりでに動き出し、あっという間に元のゴーレムの姿へと復活する。呆気に取られるセレナは、言葉もなく茫然とその様子を眺める。


「こいつらは、何度壊れても直せますので」

「っ……?」


 セレナの敏感な耳は、無頓着な物言いをするジュードの声にほんの微かな揺らぎを感じ取る。

 気のせいかしら……と思って見ていると、ジュードがゴーレム達に向かって「お前達、一列に並べ」と呼びかけた。

 ドォゴ、ドォゴ、ドォゴ、ドォゴ――と、四方八方からずっしりとした足音を響かせて集まってきたゴーレム達は、彼の命令通りきちんと列を作る。するとジュードは、懐から黄土色の砂が入った硝子の小瓶を取り出し、中の砂を少量ずつゴーレムの手のひらに撒き始めた。


「配られた者から、各自〝土に還れ〟」


 ゴーレム達は皆、手を皿の形にして配給されたその砂をそっと運ぶ。自らが生み出された地点に戻ってきたのか、彼らは各々ある箇所で立ち止まると、次々に形を失って元の芝生に戻っていった。

 そうして全ての個体がいなくなり、庭はしんと静まり返る。


「……ぁ、あの」

「何でしょうか」


 沈黙に耐えかねたセレナは、ずっと気になっていたことを思い切って尋ねることにする。


「ジュード様が持ち歩いていらっしゃる小瓶は何なのですか? 砂時計を作られた時は黒い砂で、今のは黄土色でしたけど……」

「土魔法は、大地から採れるあらゆる物質の構成を再構築する魔法です。極めて汎用性が高い一方で、手元に素材がなければ何もできません。そのため、こうして様々な鉱物を少量ずつ小瓶に入れて持ち歩いているのです。砂時計に使ったのは砂鉄で、今配っていたのは燐鉱石です」


 ジュードは羽織っていた上着の留め具を外し、裏地を広げてセレナに見せる。そこにはたくさんの小さなポケットがあり、親指ほどの大きさの小瓶がいくつも納まっていた。


「砂鉄は刃が綻びた際の補強に。硝石や硫黄は火薬に。燐鉱石は」

「?」


 そこまで言ったところで、淡々と喋っていたジュードが急に口ごもる。不思議に思って見ていると、彼は少しためらいながらも低い声で続けた。


「……良い肥料になるのです」

「肥料ですか? 他の用途は……」

「ありません」


 てっきり物騒な目的で持ち歩いているのかと思っていたセレナは、意表を突かれて目をぱちくりする。要するに、ジュードはゴーレム達に肥料を配って庭全体に散布しただけらしい。


「セレナ様~! じょうろ持ってきましタ~!」


 と、そこへ、ミラがじょうろを頭上に掲げながら駆け戻ってきた。彼女の明るく弾んだ声は、気まずそうな顔で目を逸らすジュードとセレナの間に漂っていた妙な空気をすっかり払拭してくれる。セレナがほっと息をついていると。


「あ、旦那様もいらしてたんですネ。セレナ様の今日の装いはいかがですカ? とってもかわいいでしょウ?」

「⁉」


 急に自信満々の笑みでそんなことを言い出したので、セレナは度肝を抜かれてひゅっと息を呑んだ。

 確かにミラのドレスアップの腕前は一級品なので、誰かに誇りたくなる気持ちはわからないでもない。とはいえ、意地でもかわいいと言わせようという魂胆が丸見えで居たたまれない。


「ミラ、まさかとは思うが……わざと花をモチーフにしたドレスを選んでいないだろうな?」

「さすが旦那様! 本日はミモザをイメージしてみましタ」

「…………」

「ああ、それから、セレナ様が水やりをしてくださるそうですヨ。お花好きの旦那様のためニ!」


(お願いミラ、もうやめて……!)


 その言い方では、ジュードに媚びを売っているように聞こえてしまう。

 セレナは冷や汗をかきながらミラとジュードを交互に見る。期待に満ちたミラがきらきらと瞳の中の星を増やしていく一方で、ジュードの眉間にはみしみしと険しい亀裂が走っていた。


「全く、どいつもこいつも……俺がこのツラで花好きというのがそんなに面白いか?」

「っ?」

「水やりなら自分でやるので結構です。では」


 ジュードは噛んで吐き出すような口ぶりでそう言うと、ミラの手からじょうろを取り上げて足早に立ち去ってしまった。


 ◇◆


 夜の帳が下りたエルファルド男爵邸。


「セレナ様、申し訳ございませン。ミラが余計なことを言ったばっかりニ……」


 セレナの私室がいつにも増して静寂に包まれているのは、普段太陽の化身のように明るいミラが、珍しく沈んだ顔をしているせいだろうか。


「元気出してミラ。ジュード様がいらしたら、私からお話しして誤解を解いてみるわ」

「……ありがとうございまス! こんなにお優しいオヨメサンに愛情を注がないなんてもう〜っ、旦那様は目を覚まして欲しいですヨ!」

「そんな欲張りはいけないわ。私は、ジュード様が私の異能を必要としてくださるだけで十分なの」


 その言葉に嘘はない。

 ただ、毎度身動きが取れなくなるような無言の圧力をああも剥き出しにされていては、正直生きた心地がしない。まるで一分の隙もない堅牢な要塞を相手にしているみたいなのだ。


(打ち解けるとまではいかなくとも、せめてもう少し緊張せずにお話できる雰囲気になるといいのだけど……)


 ――コンコン。

「セレナ様。魔力吸収のため参りました」

「!」


 噂をすれば、ジュード本人がやってきた。セレナはビクッと身じろぎし、定規を当てられてたように背筋を伸ばす。

 扉を開けたミラと入れ替わりに中へ入ってきた彼は、昨日と同じようにセレナを椅子に促してから自身も腰を下ろす。


「始めましょう」


 ティーテーブルの上に置いたままになっていた砂時計を手に取ると、ジュードは義務的な口調で腕を差し出す。その顔にもう怒りの感情はなく、ただひたすらに空虚だった。


「ぁ、あの、今朝は申し訳ございませんでした。ミラも悪気があったわけではなくて……」

「貴女が謝る必要はありません。ですが、もしも俺のために何かしようなどと考えているなら不毛ですのでおやめください。あのメイドにも、そうお伝えいただけますか?」

「は、はい」

「この際ですのではっきり言っておきます――」


 畏縮しながらか弱い声で返事をするセレナに対し、ジュードは念を押すように続ける。


「――俺は貴女への情は一切ありません。貴女も夫婦だからと言って妙な気を遣わないでください。いいですね?」


 鋭い目つきで諫められたセレナは、何も言えずにその場に凍りついた。

 互いの息遣いさえ聞こえるほどの静けさが、セレナの瞳から徐々に温度を奪っていく。まるで霜の降りた草花が内側から枯死するように、なけなしの感情がキチキチと音を立てて氷結していく心地がした。


「……わかりました。ですが、魔力吸収のお役目だけはきちんと果たしたいので、今日は三分間に時間を延ばしてもよろしいでしょうか?」

「異論ありません」


 氷像が如きセレナと、土像が如きジュード。二人は互いに抑揚のない口調でそう言って、静かに手のひらを重ねる。

 空の器のように身動き一つしない両者の真ん中で、上下を返された砂時計の砂だけがサラサラと滞りなく滑り落ちていた。

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