12 働き者の末路
黙々と働くゴーレムの数は、ざっと二十体。
「旦那様のお力は本当に素晴らしい! わたくしが騎士団にいた頃は、どんなに有力な土魔法使いでも同時に操れるゴーレムの数は二体が限度でしたのに」
「えっ、二体?」
「はい」
セレナは思わずアルバートの言葉をオウム返しする。
(ついさっき、魔力を吸収したばかりのはずよね……?)
ジュードの魔力量が人並みを外れていることは再三聞かされていたが、実際にどの程度なのかは正直イメージが湧いていなかった。しかしアルバートの話を聞く限り、少なくとも常人の十倍以上。……いや、魔力吸収直後であることや彼の余裕そうな表情を鑑みると、二十倍はくだらないだろう。
魔力を吸い尽くしてしまったらどうしようなどという心配は、ことジュードに限っては『全くの杞憂なのかもしれない』とセレナは思い直す。少なくとも一分間であれば何の問題もないだろう。
(むしろ一分で大丈夫かしら……? 授爵式までに、絶対に暴走を起こさない程度まで魔力を削減しなければいけないとおっしゃっていたけれど)
――我々魔法騎士団はお前を拘束せざるを得ない。いよいよ抑えきれなくなったその時は、国民の安全を守るため殺処分もあり得る。
セレナの脳裏に、騎士団本部でのロウェルの発言が蘇る。
もしもセレナの力不足により、ジュードが国王陛下の御面前で暴走してしまったら――。
「……っ……」
「奥様?」
セレナの顔から忽ち血の気が引いていく。異変に気付いたアルバートが心配そうに声をかけたが、セレナは一回深呼吸をしてから「平気です」と静かに首を横に振った。
(明日は『もっと吸収する時間を長くしてみませんか?』と、ジュード様にご相談してみましょう。きちんとお役目を果たさなくては……)
セレナは密かに決意を固める。
生きている価値がない、生きているだけで迷惑なんだと思い続けて八年を過ごしてきたセレナにとって、彼を殺処分の運命から救い出すことは、明日を生きる唯一の原動力。
いつしか彼女の灰青色の瞳には『いつ死んでも惜しくない』と思っていた頃にはなかった、微かな輝きが生まれていた。
◇◆
翌朝。
目が覚めると、セレナの髪色はすっかり新雪のような白に戻っていた。
「本日以降の魔力吸収は夕食後の時間帯に行いましょう。俺は溜まっていた仕事を片付けるので、セレナ様も日中は好きにお過ごしください」
「……好きに、ですか?」
「では」
朝の身支度が整った頃。ジュードは、セレナの私室にやってくるなり藪から棒にそう言うと、サッと一礼をして去っていく。相変わらず、魔喰いの異能以外にはセレナに全く興味関心がないらしい。
初対面時の明白な〝拒絶〟から〝敬遠〟になってはいるが、果たしてそれを進歩と言っていいものか。
「旦那様つれないですネ。結婚休暇中なのに、お仕事してセレナ様を放ったらかしにするなんテ」
朝食の後片付けをしていたミラが、主人の代わりにぶすっと不満気に頬を膨らませる。セレナは力なく微笑んで言う。
「いえ、いいの。元々、魔力吸収のための結婚なのだから」
裏を返せば、魔力吸収が期待外れだった場合、今すぐにでもお払い箱になるということだ。帰る場所のないセレナは即刻路頭に迷う。
つい先日までは『それならそれで構わない』と厭世感に囚われていたが、その結果ジュードが命を落とすかもしれないとなれば話は別である。
自分が傷つけられるより、自分の行いで誰かが傷つくことの方がはるかに耐え難い――その苦痛を、セレナは身を持って知っているのだ。
(今晩はもっともっとたくさん吸収しないと。……とはいえ、夜まではかなり時間があるわ)
好きに過ごせと言われても、何をしたらいいいかわからない。
セレナはどうしたものかしらと何気なく窓の方に視線を向ける。物置部屋にいた時からの癖だ。
果てしなく変化のない日々の中、窓から見える空の色や植物の成長だけが、セレナに時の移ろいを感じさせてくれた。栄養状態が悪いせいか動く気力も湧かなくて、日に何時間も眺めていたことすらある。
しかし、昨日今日とたっぷり食事を与えられ、清潔な住環境で過ごしたセレナには少々余力があった。自分の足で広い部屋の窓際まで歩き、朝日を吸い込んで膨らむレースカーテンの裾を捕まえ、サーッと端まで引く。
「うわぁ……っ!」
私室がある三階の窓から外を見下ろしたセレナは、思わず感嘆の声を上げた。昨日まで芝生と生垣しかなかった庭が、たった一晩で百花繚乱の花園へと変貌を遂げていたのだ。
庭のあちこちには、苗の植え付け作業を終えたゴーレム達が佇んでいた。手持ち無沙汰にぼんやりと空を仰いだり、花を眺めたりしている。命令を完遂してしまったため、何をして過ごしたらいいかわからずにいるのかもしれない。
(……ゴーレムさん達、夜通し働いていたのかしら? やることが見つからなくて困っているなんて、私と一緒ね)
セレナはふふっと笑みをこぼす。初めて見た時は不気味に感じたが、見慣れてくると、のそのそと歩く様や健気に命令を遂行する姿はどこか愛らしい。
物言わぬ土塊達に親近感すら抱き始めていたセレナだが、突如ある事実に気がついてハッと息を呑む。
(私、彼らよりよっぽど役立たずなのでは……?)
何せエルファルド邸に来てから、わずか一分間しか有意義な活動をしていない。ひたすらミラに甲斐甲斐しくお世話されていただけである。
今日もまた、淡い緑の生地にふわふわした黄色のポンポン飾りがついたドレスを着せられ、髪も美しく編み込まれ、気がつけば森の精霊を彷彿とさせる姿に仕上がっていた。
「ミラ、お庭に出てみてもいいかしら?」
こうしてはいられない、とセレナは何かに急き立てられているような心地でミラに尋ねる。
「もちろんご自由に散策してくださイ! と、言いたいところですけど、今はゴーレム達がうようよしていますネ……」
「別に構わないわ」
セレナが何のためらいもなくそう言うと、ミラはミントグリーンの目をちょっぴり丸くした。
「セレナ様はゴーレムが怖くないのですカ? 一般的には、蛇や蛙と同じくらい『気味が悪い』とおっしゃっる女性が多いと思いますけド」
「そうなの……? でも私、変かもしれないけど、少しかわいいって思ってしまって……」
「それは奇遇ですネ。ミラもそう思いまス!」
ミラは元気いっぱいにそう言うと、もじもじしていたセレナの手を取り「では参りましょウ!」と軽やかに歩き出した。
一歩外に出ると、くらっとめまいがするほどに花々の甘い香りが漂っていた。空は爽やかに晴れ渡り、心地よいそよ風がセレナの後れ毛を揺らす。
「……じょうろはどこかしら?」
セレナが髪を耳に掛けながら言うと、ミラが「じょうろ?」と首を傾げた。
「セレナ様、水やりしたいのですカ?」
「ええ。こんなに良くしてもらっておいて、魔力吸収以外は何もしないというのはあまりにも気が引けてしまって……。何の特技もない私でも、水やりぐらいなら出来るでしょう? 少しでもジュード様のお役に立ちたいの」
セレナがそう言うと、ミラの瞳の中にぱぁっと無数の星が瞬き始めた。
「セレナ様、それとってもいいアイデアでス!」
「ぁ、ありがとう」
「ジュード様が愛してやまないお花のお世話することで、ジュード様の気を引こうという作戦ですネ!」
「……ん?」
「じょうろ、探してきまス――‼」
「っ⁉」
ミラは嵐のように忙しなくそう言うと、とてつもない勢いで駆け出してしまった。葡萄色のメイド服を着た背中が、あっという間に見えなくなる。何やら勘違いしているようだったが、セレナが口を挟む隙など全く無かった。
ぽつん、と取り残されたセレナは、一人で庭の入口に立ち尽くす――と、そのとき。
ドォゴ、ドォゴ、ドォゴ、ドォゴ――。
「!」
地面を揺らす重たい足音がゆっくりと近づいてきた。驚いて顔を上げると、セレナの一番近くでぼんやりと宙を眺めていた一体のゴーレムが、なぜか真っ直ぐにこちらに向かって歩み寄って来ていた。
歩幅が大きいせいか、のんびり動いているようで意外に速い。戸惑って動けずにいるうちに、ゴーレムはあっという間にセレナの目の前まで来ていた。三階の窓から眺めるのとは違い、近くで見るとかなりの迫力だ。
ゴゴゴ――。
「?」
ゴーレムは、おもむろにセレナに手を差し出す。その不格好な指には、空のじょうろがぶら下がっていた。
「……持ってきてくれたの?」
――ゴゴゴ。
「ありがとう」
――ゴ。
地鳴りと区別がつかない返事をするゴーレムは、セレナの鼻先にじょうろをぐいぐいと差し出す。
セレナは『やっぱりかわいらしい』と思いながら、じょうろに向かって手を伸ばす。セレナの指先がちょんとゴーレムの手に触れた、次の瞬間。
――ゴ……。
「っ!」
ゴーレムはものの数秒で崩れ落ち、ただの盛土と化していた。




