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飴色に染まる ─白き異能の令嬢は最強騎士の魔力を喰らい幸せをみつける─  作者: 綿谷ユーリ


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11 副作用

 木漏れ日を含んだ春風が、怖気づくセレナの首筋を優しく撫でる。


「……わ、かりました」


 一週間という予想以上に限られた期間に背を押され、セレナは恐る恐るジュードの節くれだった手に自らの手を重ねた。

 コトン、とジュードが砂時計の上下を返す。


「ッ……!」


 その瞬間、セレナの純白の髪が毛先から飴色に変化し始めた。ジュードがぴくりと身じろぎした微かな振動が、手のひらを介してセレナに伝わってくる。


(吸い過ぎないように……吸い過ぎないように……)


 いくら精神を研ぎ澄ませようと、セレナに魔喰いの威力をコントロールすることは出来ない。それでもセレナは、祈るようにぎゅっと目をつぶって指先に神経を集中させた。

 細かい黒砂の粒子がさらさらと下段へ滑り落ちていく。その砂の音さえ聞こえるほど、静かに、淀みなく、時は流れる。

 と、その時――。


≪……ェ……≫


 突然、頭の中に微かな呻き声のような音が響いた。

 驚き瞼を開いたセレナが目の当たりにしたのは――むき出しの黄土が広がる荒涼とした大地と、鈍色の空。


(えっ、な、何これ……! 一体何が起きているの……?)


 新築の香りがするセレナの私室も、手を重ねていたはずのジュードの姿も、どこにもない。その代わり、あちこちから何本もの細い煙が立ち上っていた。

 地熱かそれとも何かが燻っているのか、火元が気になり足下に視線を動かそうとしたが、出来ない。まるで一枚の写実絵画に放り込まれたように、視界が乗っ取られてしまっているのだ。


≪ぁあ……あ……っ!≫


 再び何者かの声がセレナの脳を侵す。

 途切れ途切れにしか聞こえなかったそれを、セレナは子どもの声だと思った。どこにいるの、と辺りを見渡そうとしたがやはり視点は動かせない。

 ざわざわとした悪寒が背筋を駆け上がる。理由はわからない。けれどセレナは、どうしようもなくこの場所を『嫌だ』と感じた。




「一分経ちました」

「っ!」


 突如、はっきりと輪郭のあるジュードの声がセレナの鼓膜を揺らす。目を白黒させながら手を引っ込めてみれば、辺りはすっかり元通り。脳を直に震わせるような奇妙な声も、ぱたりと聞こえなくなっていた。

 セレナはそろりと視線を足元にやる。きちんと視界が連動して動く。当たり前のことに安心してからふと気がつくと、床につくほどの白髪はちょうど毛先から一割ほど飴色に染まっていた。


「うん――たった一分でも、明らかに体が軽くなっています。魔喰いとは本当に不思議な力ですね」

「…………」

「セレナ様?」


(何だったのかしら今の……。単なる白昼夢にしてはあまりに生々しい……魔喰いの異能と何か関係があるのかしら?)


 触れた相手の魔力を吸い取る。

 単純明快な作用しかないと思っていたけれど……と、セレナは考え込む。何せセレナ自身、魔喰いについてはわからないことの方が多いのだ。長年幽閉されていて文献を調べることなど出来なかったし、そもそもそんな難しい字の読み書きは教わってない。


「……やはり、魔力吸収には何か副作用があるのではありませんか?」

「えっ?」

「先ほどから何度呼びかけても上の空ですし、急に顔色が悪くなったようにお見受けしますが」

「っ、いえ、別に平気です!」


 セレナは慌てて首を横に振る。今朝体調を崩して迷惑をかけたばかりなのだ。これ以上、面倒をかけるわけにはいかない。

 ジュードはあまり信じていない様子で「本当ですか?」と低い声で続ける。


「何かあれば必ずおっしゃってください。いいですね?」

「はい……」


 射貫くような目つきで釘を刺され、セレナはただ頷くことしか出来ずに黙り込む。


(ほんの一瞬幻覚が見えたというだけだし……。きっと、昨日から色んな事が起こり過ぎて疲れているのね。お伝えするほどのことではないわ)


 すっかり落ち切った砂時計の砂を眺めつつ、自分に言い聞かせていると。


 ――コンコン。

「失礼しまス! 旦那様とセレナ様に贈り物が到着しましたが、ご覧になられますカ?」


 室内の重苦しい雰囲気を蹴散らすような明るい声で、扉の向こうからミラが呼びかける。


「ナマモノなので、お早めに確認いただきたいと執事長が申しておりまス!」


 セレナとジュードは思わず同時に「ナマモノ……?」と呟き、眉を潜める。


「参りましょうか」

「ぁ、はい」


 セレナが立ち上がると、ジュードはさっと前に出て扉を開けてくれる。気後れしつつも先に廊下へ出ると、今度はセレナの半歩後ろをついてきた。にこりとも笑わずレディーファーストを貫く姿はどうにもちぐはぐで、頭がこんがらがってくる。

 ミラは「こちらでス」と二人を先導する。階段を下り始めたので、てっきりエントランスホールに向かうのかと思いきや、ミラはそれを通り越し外へ出た。

 青々とした芝生と生垣だけが植えられた、新造そのものの庭。その中の小道に、一台の荷馬車が止まっている。更にその横には、執事服を着たひょろりと細長いシルエットの初老男性が控えていた。


「奥様、ご挨拶が遅くなり大変失礼致しました。わたくし、執事長のアルバートと申します。グレイ子爵邸より当家へ出向して参りました。どうぞよろしくお願い致します」


 セレナ達が近づくと、男性はそう言って恭しくお辞儀をする。少し薄くなった頭頂部を真っ直ぐにセレナへ向けていた彼が顔を上げると、左顔面の大きな傷跡がすぐさま目についた。


「お見苦しい顔で申し訳ありません」

「! っ、そんな」


 無意識のうちに傷跡を見てしまっていたセレナは、失礼だったと反省しながら頭を下げる。するとアルバートは常に笑っているようにも見える細い目をもっと細め、穏やかな笑みを浮かべながら言う。


「こんな老いぼれですが、元騎士団員でして。負傷兵への職業支援の一貫で長らくグレイ子爵邸で使用人をしておりました。人生経験だけは豊富ですので、どうぞ何でもお気軽にお声かけくださいませ」

「ょ、よろしくお願いします」

「早速ですが、グレイ子爵様より、引っ越し祝いと結婚祝いを兼ねた贈り物をお預かりしております」


 アルバートは「こちらです」と言って、荷馬車に被せていた大きな幌を剥ぐ。現れたのは――荷台から溢れんばかりに咲き誇る、大量の花の苗だ。

 セレナとジュードは揃って振り返り、ミラの顔を見る。彼女の考える『ナマモノ』とは生きているもの全般、つまり植物も含まれるということか……と呆れながら納得する二人だが、そんなことは知らないミラはニコッと笑って一礼し邸に戻っていった。

 続いて、アルバートが「んんっ」と咳払いをする。


「同封のメッセージカードを読み上げます――『ジュード、セレナ嬢と一緒に殺風景な庭を花でいっぱいにするんだ! 初めての共同作業にぴったりだろう?』――以上です」


 生温かい春の陽気に、小鳥の囀り。

 甘い香りに誘われた数匹の蝶が、ひらひらと辺りを舞う。

 何とものどかなその空間で、ジュードただ一人が「……団長……」と異質なほど剣呑なオーラを放ち始める。それに気づいたセレナはびくっと身を縮こまらせた。

 少しして、ジュードは不服そうに眉間を揉みしだきながら口を開く。


「……はぁ。仕方ない、さっさと終わらせるか」

「わ、私も頑張ります!」

「いえ、セレナ様に庭仕事をしてただくわけにはいきません」


 何かお役に立てればと思ったセレナだったが、あえなく断られてしまう。わざわざカード付きで送られてきたということは、『この苗を二人が互いを知るきっかけにしてほしい』というロウェルなりの心遣いに違いない。しかし、肝心のジュードはセレナの目を見てすらいなかった。


(ジュード様は……私と、魔力吸収以外では極力関わりたくなさそうね)


 セレナはしおしおと頭を垂れる。そんな二人の様子を見ていたアルバートの下がり眉も、さらなる下り坂となった。

 ところが、ジュードは二人の様子を見ることなく独り言のように言う。


「こんな馬鹿げた量、人の手で植えていては埒が明かない。ゴーレム達にやらせよう」

「えっ?」

「アルバート、セレナ様を安全なところへ」

「かしこまりました」


 聞き慣れない単語にきょとんとするセレナを、アルバートは「こちらへ」と言って邸の入口まで連れ戻す。すると突然、ジュードが地面に両手をついた。


「〝土よ働け〟」


 呪文が唱えられた途端、ゴゴゴゴゴゴゴ……――と唸るような低い地鳴りが響き渡る。続いて、地面が小刻みに震え始めた。さらに次の瞬間にはドォン、ドォン、ドォンと凄まじい音が鳴り、まるで地球の裏側から巨大な棒で突き出されたかのように、あちこちの芝生が人の背丈ほどの高さに隆起していく。

 いくつもの巨大な盛土はみるみるうちに角ばった人型となり、顔の位置に目らしき二つの窪みが出来て、鼻と口は無いままにどうやら完成形となる。


「苗を植えろ」


 ジュードが静かに命令すると、唖然とするセレナの目の前で、大きな土人形達はのしのしと働き始めた。

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