3.5 決闘代行
■ 登場人物
【アステル・ランドール】主人公。男爵家の跡取り。黒髪黒目、陰気な顔。
【グラノーラ・フルール】主人公の幼なじみ。伯爵令嬢で主人公の主筋。長く美しい金髪に美しい青い目。
【マル】主人公の体に転生(居候)した魔法使い。見た目は四歳ぐらいの幼女。緑色の髪に緑色の目。五百年前の大魔法使い。
俺は決闘代行として路上で剣を構える。俺の前に現れた敵は、やはり決闘代行のココルという少女だ。
俺の近くにはマルの姿がある。弟子である俺の戦いを客観的に見ようとしている。
俺は距離を測りながらココルににじり寄る。ココルは剣に布を巻いたままだ。いつ抜くつもりなのかと意識を集中する。
すり足で進みながら、最初に考えたよりも、はるかに相手は手練れだと気づく。
足元には大きな石が多い。すり足でなければ足を取られる危険がある。しかし、ココルの周りは平坦だ。先に来て、自分の周りだけ石を片付けたのだ。
そういう頭の回る手合いなら、剣に布を巻いたままなのも何か理由があるはずだ。
初撃で目くらましに使うつもりかもしれない。あるいは、こちらの目を引きつけ、死角から別の武器で攻撃するつもりなのかもしれない。
いずれにしても冷静な対処が必要だ。安易に後ろに逃げると石で足を取られることになる。
俺が持っている手札を確認する。
田舎剣術だが剣技が使える。霊体化を応用した霊撃も使える。俺が持っている全自動魔法は、発動率が低すぎて使えない。
まずは相手の有利を一枚ずつ剥ぎ取る。
俺は魔力を霊体化して刃を作る。その刃をココルの右足の甲に突き立てた。ココルが慌てて右足に目を向ける。何か暗器で攻撃されたと思ったのだ。
しかし、実際には何の傷もついていない。魂にわずかな傷がつき、怪我を負ったと誤認しただけだ。だが、決闘の場での感覚の混乱は隙になる。
俺は一気に距離を詰める。ココルは足を負傷したと思っているのですぐには距離を取れない。相手の間合いの中、足元が平坦な場所に俺は侵入する。
胸を両断する軌道で剣を振るう。左右に飛び退けない剣筋なので、ココルは後方に避けるしかない。
ココルは後ろに一歩下がった。俺の剣は空を切る。ただし、ふつうの剣ならばだ。
俺は霊撃の応用で剣の切先を伸ばす。物体を切れない霊体だけを切る剣だ。
ココルが青ざめる。避けたと思ったのに切られたからだ。しかし今度も肉体の傷はなく、切られたという感覚だけが襲い、注意力を削ぐ。その一瞬の隙を最大限に活用する。
俺はココルの腕を蹴上げた。布を巻いた剣が手から離れて飛んでいく。布の中身が一瞬見える。剣ではなく棒きれだ。俺の注意を引きつけるための偽物だ。
俺は警戒を怠らない。ココルは、俺が蹴上げた手と逆の手を背中側に回している。背後にナイフか短剣を隠しているのだろう。
俺は蹴上げた足を、そのままココルの胸へと蹴り下ろす。相手の急所を狙いつつ、背後へと飛ばして距離を取るための攻撃だ。ココルが攻撃を選択したならば、俺の蹴りをもろに食らうことになる。
こちらの狙いが分かったのだろう。ココルはバックステップして距離を置いた。
「そこは石だらけの場所だぞ」
激しい攻防をしていると思わせておき、実際は陣取りをしていた。ココルが立っていた平坦な安全地帯を奪い取った。
地の利を奪われたココルは、背後に回していた手を前に出す。手の中には短剣がある。こちらにバレているのなら、隠す必要はないと判断したのだろう。
臨機応変な少女だな。俺はココルに興味を持った。
「腕が立つな。昔から決闘代行をしているのか?」
ココルと少し話してみようと思い、声をかけた。
「金がない。パンを食わないと生きていけない。体を売るのが嫌だったから、命を売ることにした」
当たり前のように言うココルを見て、俺は無性に腹が立った。
貧民に手を差し伸べない国。貧民に殺しをさせて見学している貴族。少なくとも、俺やグラノーラのいる地方には、こんな醜悪な景色はなかった。
次の一撃で昏倒させよう。そのために魔力を練り上げる。
頭部に最大威力の霊撃をぶち込みたい。そのために互いの攻撃の流れを読む。相手の力量はすでに読み切っている。あとは手はずどおりに体を動かすだけだ。
俺は右手で剣を持ち、両手を広げる。斬りかかってこいと誘いをかける。
「乗ってやるよ!」
ココルが短剣を前に構えて飛び出してきた。ココルは俺に対してスピード勝負を挑んできた。
俺が剣を振る速度より、ココルが短剣を俺の胸に突き立てる方が速いと判断したのだろう。その読みは正しい。それはあらかじめ分かっていた。
剣を振るえば速度で負ける。しかし剣を捨てて徒手になれば俺の方が早い。そして、俺には徒手でも攻撃する方法がある。
俺は剣を放して素早く動く。ココルの短剣をかわすと同時に頭部に触れた。
――霊撃。
霊体の脳の位置を攻撃する。
ココルが昏倒して地面に倒れた。俺は膝を突き、体に触れて魔力の吸収を始める。意識の鎖から離れて浮遊している魔力を、俺自身の器に入れていく。
気力が充実していた少女だ。魔力もそこそこあった。
俺の魔力量を超えなければ上限は増えない。戦闘で魔力を使いすぎたかもしれない。満杯ならすぐに超えるのにと思った。
消費量を抑えながら吸収量を稼がないといけない。この修行は、けっこう難易度が高くないか?
マルをちらりと見ると、にやにやした顔で笑っていた。
俺の魔力の器の上限をわずかに超えたところでココルの魔力が切れた。よかった。上限は少し増えるはずだ。そしてココルは、しばらく気力が萎えた状態になるだろう。
さて。
俺は立ち上がり、ココルが持ってきた決闘代行の書類を奪う。これを持ち帰れば正式に決闘に勝ったことになる。
「マル、一つだけ頼みがあるんだがいいか。弟子の頼みだと思って聞いて欲しい」
「何だ?」
幼女の姿の大魔法使いは、俺を見上げた。
「この戦いをのぞき見ていた貴族の野郎に一撃を食らわせたい。おそらく、そこの屋敷のいずれかの窓から見ている。俺の霊撃の飛距離では届かないから、代わりに攻撃して欲しい」
「分かった。少し体を借りるぞ」
俺の意識が一瞬遠のき、すぐに戻った。ものすごい疲労が全身を襲う。上限まで溜めた魔力をほとんど使ってしまったようだ。
悲鳴が聞こえて、何かが落ちる音がした。
どうやったのか分からないが、観戦していた貴族を窓から落下させたのだろう。どこに落ちたのか知らないが、大怪我を負っていることだろう。
俺は膝に両手を添えて呼吸を整える。ようやく落ち着いてきたので姿勢を正した。
「ありがとうな、マル」
「いやいや、他でもない弟子の頼みだからな。それに、私も今回の話には腹を立てていた」
俺は笑みを浮かべる。生まれた時代は離れているが、価値観はそれほど離れてはいないようだ。
俺はココルの横で膝を突いた。彼女の体を抱えて持ち上げる。
「どうするんだ?」
「こいつは、食うために俺と戦っただけだからな。事務所の受付が一人欲しかったところだ。学校に行っているあいだ無人だからな。それに、決闘代行の事務所で、決闘代行者を雇うのは自然だろう」
俺とマルは視線を交えてくすりと笑った。俺はココルを抱えて、自分の事務所へと引き返した。
次回「3.6 挿話:下級神官エピス」(第3章 その6)




