3.1 貧民街
■ 登場人物
【アステル・ランドール】主人公。男爵家の跡取り。黒髪黒目、陰気な顔。
【グラノーラ・フルール】主人公の幼なじみ。伯爵令嬢で主人公の主筋。長く美しい金髪に美しい青い目。
【マル】主人公の体に転生(居候)した魔法使い。見た目は四歳ぐらいの幼女。緑色の髪に緑色の目。五百年前の大魔法使い。
魔法学校の図書館で、マルは俺に、魔力を高めるために人狩りをするようにと言った。
人狩りとは何をするのか。その詳細を聞いた俺は、本気なのかと思った。
魔法学校の授業が終わった。慌ただしく教室を出ようとした俺に、廊下からやって来たグラノーラが声をかけてきた。
「ねえ、アステル。食堂にお菓子を食べに行かない!」
「すまない、お嬢。今日はちょっと用があるんだ」
「えー!」
「本当にすまない、お嬢」
「いったい何があるの?」
眉を寄せてグラノーラは尋ねる。
「あー、えー、ちょっと特別な用だ」
曖昧に濁し、俺は教室を飛び出した。
宿舎に戻り、荷物を置いて、すぐに外出の用意をする。俺は宿舎を出て学校の入り口に向かう。門のところで外出の申請書に名前と時間を書いたあと、敷地を出た。
姿が消えていたマルが現れる。俺はマルと並んで王都の道を歩いていく。マルの姿は、俺以外の誰にも見えていない。
「いいか、アステル。昨日説明した環境をまずは早々に作るんだ。そこで魔力増加と魔力操作の修行を並行してやっていく」
「分かった」
算段は立てていた。マルに言われた環境を作るために、よさそうな場所は、あらかじめ絞り込んでいた。
王都には、三重の街壁がある。都市が発展するごとに新しい壁が作られていったためだ。
魔法学校は、一番内側の壁の中にある。俺が今目指しているのは、この壁を超えた西側にあるガゼー地区だ。そこには貧民街がある。この場所なら学校からも近く、目立たずに活動することができる。
俺はガゼー地区の不動産屋に行き、部屋を一つ借りた。二階建ての集合住宅の二階にある安い物件だ。階段を上がり、廊下を歩いた先にある。住宅目的の場所ではなく、商売目的の建物だ。
俺は、建物と部屋の入り口に看板を掲げた。
――決闘代行。
それが、俺が王都で始める魔法修行のための商売だ。
昨晩、マルと話し合って決めたことだ。俺は剣が得意だ。そこに、マルに習った方法を合わせれば、そうそう負けないだろうと判断した。
マルは言った。魔力を増やすにはいくつか方法がある。一つは、空っぽになるまで使うこと。これは学校でも習う方法だ。わずかに上限が上がる。
もう一つは、他の生物の魔力を奪って、自分の魔力の上限を超えさせることだ。人間なら、容量は似通っているから、ちょうどよい。こちらの方法の方が効率はよいとマルは言った。
魔力を奪う場合の問題は、相手が死んだ直後か昏倒しているときにしか、かすめ取れないことだ。死んで時間が経っても駄目、寝ていても駄目だそうだ。
この方法の大きな問題は、人間を殺すか昏倒させれば犯罪者になってしまうことだった。
その解決方法として俺がひねり出したのが決闘代行だ。決闘は法律で認められている。決闘代行も同じく認められている。
相手も殺すのは避けたいので昏倒を目指す。そして魔力を奪う。一般人であっても魔力はいくらか持っている。現状では俺とそんなに変わらない。
決闘がないときは、魔力を空にする方法で訓練する。二つを併用すれば、短い時間で魔力を上げることができるとマルは言った。
看板を取り付けたあと、ボロい机と椅子だけがある部屋に入った。
「ここが俺の事務所になるわけだな」
まさか王都に来て、決闘代行の事務所を開くとは思っていなかった。
「机と椅子は、もう少しちゃんとしたものを買った方がいいぞ」
殺風景な部屋を見てマルが言う。
「ははは、予算がない!」
俺は胸を張って言った。
俺は貧乏貴族だ。湯水のようにお金を使えるわけではない。事務所を借りるための出費ですら痛い。決闘代行で少しでも金を稼げればよいのだが。
次回「3.2 古い時代の魔法」(第3章 その2)