10.3 糸の先
■ 登場人物
【アステル・ランドール】主人公。男爵家の跡取り。黒髪黒目、陰気な顔。
【グラノーラ・フルール】主人公の幼なじみ。伯爵令嬢で主人公の主筋。長く美しい金髪に美しい青い目。
【マル】主人公の体に転生(居候)した魔法使い。見た目は四歳ぐらいの幼女。緑色の髪に緑色の目。五百年前の大魔法使い。
【ココル】決闘代行で稼いでいた貧民街の少女。小柄で、赤い髪を背後で結んでまとめている。
【ニーナ・シャントン】富商の娘。青色の短い髪に眼鏡。本が好き。
俺たちは事務所で話し合っている。
霊体の糸をたどるのは、俺とマルとココルにした。
グラノーラは自分で回復できるとはいえ、俺たちの王様だ。不測の事態を避けたい。
ニーナにいたっては自分で身を守れないので前線に出すわけにはいかない。
「ニーナの魔法は『音声伝達』だったよな?」
「はい」
最後に触れた相手と、音声でやり取りできる魔法だ。
「それじゃあ、俺に触れてくれ。いつでも連絡可能にしておきたい」
「分かりました」
ニーナが俺に触れて『音声伝達』の魔法を使う。これで声で連絡が取れるようになった。何かあった場合に、グラノーラの『癒やしの手』を頼れるようになる。
俺はマルに確認する。糸は直線になっていた。建物に沿って曲がりくねっているわけではない。まっすぐたどれば犯人にたどり着くことができる。
「ニーナは王都に詳しいよな。この糸の先に何があるか地図を描いてくれ」
「分かりました」
糸の向かう先の地図をニーナが描いてくれた。
おそらく敵は王都内にいるはずだ。隠れられる建物はいくらでもある。どこに潜んでいるのかは見当がつかなかった。
◆◆◆
糸の追跡はマルがしてくれることになった。俺が糸を見続けるのは負担が大きいからだ。
外に出た俺とココルは、建物を避けながら糸をたどり始めた。
「なあマル、この糸はどこまで続いているんだ?」
「たどってみないと分からないな」
「遠距離だと糸が切れたりしないのか?」
「それは大丈夫だ。そもそも霊体の糸が距離で切れるなら、ほとんどの貴族は自分の領地から離れられないことになる」
「確かに」
「切断はできるのか?」
「雑に切ってもできない。各糸の一点に、正確に霊体の攻撃を当てないとすり抜けてしまう。霊撃が壁などをすり抜けるのと同じだ」
俺はマルやココルと魔法の話をしながら歩き続ける。貧民街や商店街、住宅街や貴族の屋敷など、さまざまな建物を通りすぎた。
眼前に王都の一番外側の街壁が見えてきた。糸が王都の外まで続いていたら厄介だなと思った。
「あそこだな」
マルが前方を指差した。確か、職人街だったはずだ。その建物の一つに糸は繋がっているようだ。
俺は、腰の剣に軽く触れる。
「犯人は魔法の知識を備えているやつだ。おそらく単眼鬼だろうな」
「はい。私もそう思います」
ココルも同意した。
「もしそうなら、また誰かの体に入っている可能性がある。先入観を持たずに対処しないといけない」
「老若男女問わず、誰もが犯人の可能性があるということですね」
「ああ」
俺とココルは警戒して歩き始める。
「ここだ」
マルが一軒の建物を指差した。大きさや出入りする人の様子から見て、服飾工房のようだ。
犯人が単眼鬼なら、俺とココルの姿を知っている。そして、人間の身体能力を無視した動きをしてくる。だからこっそりと近づいて一気に殺したい。しかし、それをためらう理由もあった。
単眼鬼のことを知らない人たちの前で、宿主になっている肉体を殺せば、俺たちが殺人犯に見えてしまう。
「霊撃を使おう。それなら、俺たちがいきなり人を殺したようには見えないだろうからな」
「分かりました」
俺たちは建物の壁にぴったりとくっつく。窓の近くの位置だ。
壁際には、木箱がいくつか置いてあった。休憩のときに椅子代わりに使うのだろう。人が通らない地面と壁との境には、手入れが行き届いていないのか、雑草が多く生えていた。
次回「10.4 切断」(第10章 その4)




