7.3 情報収集と罠
■ 登場人物
【アステル・ランドール】主人公。男爵家の跡取り。黒髪黒目、陰気な顔。
【グラノーラ・フルール】主人公の幼なじみ。伯爵令嬢で主人公の主筋。長く美しい金髪に美しい青い目。
【マル】主人公の体に転生(居候)した魔法使い。見た目は四歳ぐらいの幼女。緑色の髪に緑色の目。五百年前の大魔法使い。
【ココル】決闘代行で稼いでいた貧民街の少女。小柄で、赤い髪を背後で結んでまとめている。
【ニーナ・シャントン】富商の娘。青色の短い髪に眼鏡。本が好き。
被害情報を集めるのに、ラパンの一味はかなり苦労したようだ。事件は貧困地区を中心に起きている。人が消えても国が動かない場所だ。
それぞれの地区には、そこを支配している裏社会の組織がある。勝手に聞き込みなどをすれば目をつけられる。抗争の準備と思われる可能性もある。
だからといって、各組織の構成員から直接聞き出すことも難しい。ラパンの部下たちは、各地区に出入りする商人などから噂を拾い、少しずつ情報を集めていったようだ。
◆◆◆
――十一月中旬。
一週間ほど経って事務所に行くと、ココルとラパンの配下が話していた。
「何か、進展があったのか?」
「アステルの旦那、地図とリストを持ってきました。地図には、事件があった場所を記しています。リストは、被害者の年齢や性別、日時や当時の状況などをまとめたものです。商人たちに聞いた話も、なるべく詳しく書いています」
俺は受け取り、椅子に座る。机の上に資料を広げて確認する。
同じ場所では犯行を繰り返していない。一度狩りをしたあとは、しばらく近くには来ない。十分な期間を空けてから犯行におよぶ。
場所については、大人の目が届かない子供の遊び場ばかりだ。それも、周りに無人の廃屋などがある空き地が多い。
どうやって、自分が潜んでいる場所に誘い込んでいるんだ。子供の遊び場から、一人だけを孤立させないといけない。ただ待っているわけではないだろう。何らかの方法があるはずだ。
「なあ、マル。魔力が高めの人間を誘い出す方法はあるか?」
俺は自分の手札だけで解決することを諦めた。ここには、魔法の専門家がいる。目的のためにはマルを使えばいい。
「ある。霊体による幻影を見せればよい。魔力が高い者には、見える者が多い。幻影の犬などを作り、自分が潜んでいる場所に走らせれば、誘い込むことは可能だ」
魔法を使った方法か。そうした手法もあるわけだ。
「魔法を所持している、あるいは純粋魔法を使える相手ということか」
「ああ、その可能性が高いな」
俺はココルに顔を向ける。
「ココルは、霊体は見えるか? 実体化していないマルとか」
「いえ。霊撃は見えるようになりましたが、大師匠は見えません」
「おいおいアステル、ココルに私の姿は見えんぞ。希薄すぎるからな。私と縁の強いアステルぐらいにしか、ふつうは見えんよ。
霊撃は相手に傷をつけるために高濃度にしているから見えるのだ」
「そうなのか?」
「霊体の幻影で誘い込むのならば、見せるためにある程度の濃度にしているはずだ。霊撃が見えているなら見ることができるだろう」
それならば囮作戦は使える。俺はラパンの手下に、罠を張る場所の条件を伝えた。
◆◆◆
ラパンの縄張りの中にある遊び場を、一ヶ所を除いて使用禁止にした。外部の人間には分からないように内々で通達を出した。唯一残した遊び場には、ラパン配下の若年者とココルだけを配置した。
犯人が来るであろう時期はおおよそ推定できた。一定の間隔を空けているせいで周期が発生していた。
次の犯行推定日に俺は学校を休んだ。俺は宿舎にいて、病気で寝込んでいることになっている。
アリバイはグラノーラに頼んだ。グラノーラには、学校をさぼることを咎められた。
貧民街に入った俺は、遊び場近くに設置した監視部屋の中に身を潜める。その場所で魔力の流れを探ることにした。
「マル、俺の方は変化を感じ取れないが、そっちはどうだ?」
「今のところ動きはないな」
子供たちと遊ぶココルを見ながら、俺たちは会話する。こうやって見ると、ココルもただの子供なんだよなあ。決闘代行なんて物騒な仕事をしているが、俺より年下の女の子だし。
現場は廃屋が多く、半ばゴミ捨て場になっているような空き地だ。大人が近づかないせいで、貧民街の子供たちの、かっこうの遊び場になっている。
しばらく待ち、だいぶ退屈になってきたところで、マルの声が聞こえた。
「来たぞ」
俺は驚き、魔力を探った。
◆◆◆
ガゼー地区の貧民街。空き地に面した廃屋に俺は潜んでいた。
マルの「来たぞ」という声に驚き、俺は魔力を探る。変化が分からなかった。マルが何を検知したのか分からなかった。
「あそこの廃屋に、誰かが入った」
マルが指を差す。俺はマルの人差し指の先を確認する。
空き地に面している建物だ。中は見えない。霊魂の目で確認するが、誰もいないように思える。
「いないと思うんだが」
「霊魂の反射を意図的に防いでいる。魔法のことを分かっている手練れだな。経験の浅い魔法使いなら相手の存在を認知できないだろう。
ただ、反射を防ぎすぎて、空白地帯が生じている。その向こうの壁の反射を、模倣できていない」
俺にはまったく分からなかった。マルが手練れだと言っているのだから、かなりの能力を持つ相手なのだろう。
「こちらの存在は気づかれていないか?」
なるべく声を殺しながら尋ねる。
「向こうは気づいていない。この会話にも反応がない」
「了解」
ココルは子供たちと遊んでいる。彼女はまだ何も気づいていなかった。
「俺が回り込んでも大丈夫か?」
マルに指示を仰ぐ。相手の検知能力が分からない。
「大丈夫だ。わざわざ獲物を見える位置まで確認しに来ている相手だ。探索範囲は狭い。子供たちとの距離が索敵範囲だと思えばいい。それに、背後はがら空きだと思ってよいだろう」
俺はうなずき、空き地と反対側の出入り口から外に出る。そして、大回りに敵が潜んでいる家へと近づいていった。
相手の動きはマルが確認している。まだ気づかれていないようだ。
俺は剣を抜いた。相手は子供殺しの犯人で間違いない。敵は魔法使いだ。速やかに命を絶つ必要がある。
「やつが魔法を使った。純粋魔法の霊体化だ。子供を誘い込むための餌を作って空き地に放った」
マルが知らせてきた。全自動魔法ではなく純粋魔法。相手は古い魔法を知っている。
霊体で作った何かが、ココルには見えているはずだ。ココルは罠にかかった演技をする予定だ。
マルの監視では、危険はまだ発生していない。俺はなるべく気配を殺しながら近づいていく。
敵が潜んでいる廃屋が見えた。相手に気づかれないように距離を詰めていく。
「いいか、アステル。相手は餌の魔法を使う代わりに、隠蔽の魔法を解いた。だから霊魂の目で、相手の姿が見えた。その姿について話す。驚いて声を上げるなよ」
「何だ?」
「廃屋に隠れているのは子供だ。入り口の左の陰で丸くなっている。突入と同時に刺し殺せ」
マルの言葉に俺は驚いた。声を上げるなと事前に言われていなければ声を上げていた。
子供? 小柄だとは想像していたが子供だとは思っていなかった。
次回「7.4 魔法と剣」(第7章 その4)