1.2 絶望の末の転生ガチャ
■ 登場人物
【アステル・ランドール】主人公。男爵家の跡取り。黒髪黒目、陰気な顔。
【グラノーラ・フルール】主人公の幼なじみ。伯爵令嬢で主人公の主筋。長く美しい金髪に美しい青い目。
――九月初旬。絶望の末の『転生ガチャ』まで、あと一ヶ月。
学校が始まった。
授業が毎日数コマあり、本の物語で読んだ学校とほとんど変わらなかった。
魔法学校で特徴的なのは、週に数コマある魔法修練の時間だ。
座学では、この国の魔法の歴史について学ぶ。実技では、魔力増大の訓練をおこない、魔法発動の練習をする。また、それぞれが持つ魔法について理解を深めることもおこなわれた。
学校が始まって数日が経ち、俺とグラノーラは孤立した。
知り合いがいないので派閥に入れない。グラノーラは独立心旺盛なので、誰かに取り入ろうともしない。
俺も人のことは言えない。単なる世話係なので人脈を作るにも取っ掛かりがなかった。
コミュニケーションは得意な方だが、その前に身分で弾かれてしまう。二代前に貴族に滑りこんだ新参貴族。古参の貴族たちから疎まれる条件は十分だった。
まあ、気にしても仕方がない。そういうものだと思って、学生の本分にいそしもうと決めた。
俺は学業と魔法修練に打ち込んだ。しかし、一、二週間が経ち、徐々に限界が見えてきた。
グラノーラは大丈夫だ。家の魔法の『癒やしの手』を使えるし、転生の補助もある。貴族としての婚姻政策の蓄積があるから魔力量も多い。
俺は違う。祖父がラッキーで魔法を得ただけだから魔力量はない。金がないから転生神殿も利用できない。
完全に行き詰まってしまった。学年末の試験を突破できない未来が、明瞭に見えてきた。
俺は図書館に通い、必死に解決策を探す。そんなものが簡単にあるわけがない。
調査と並行して、何とかして転生神殿に縁を作ろうとした。何か抜け道があるかもしれないと考えたからだ。
ちょっとした事件があった。転生神殿の神官が暴漢に襲われて、俺が得意の剣で助けた。そして転生神殿の神官に縁ができた。
本当の内幕はこうだ。
転生神殿の神官を調べ上げて、貧民街の近くをよく通る者を探した。その中から夜に通行する者を選んで、トラブルが起きるのを待った。そして、たまたま通りがかった第三者として神官の命を救った。
俺が助けた神官はエピスといった。下級の神官で、飲んべえの赤ら顔のおっさんだ。
俺は酒を土産にして、転生神殿の控え室でエピスに頻繁に会った。親密になったあと、相談に乗ってもらった。転生の抜け道についてだ。
金がないと、どうにもならないことが分かった。
転生の費用は国で定められていて、勝手に値引きすると死刑になる。想像したよりも厳しい処罰に驚いた。転生はこの国の根幹をなしているということだった。
それに金があったとしても、俺の祖先で魔法を使えたのは祖父しかいない。祖父が魔法の達人だったという話は聞かない。何とか発動できたが、それ以上ではなかったと聞いている。
それでも貴族になれたのは、戦功をあげたことが重視されたからだ。
「何かいい方法はないですかね、エピスさん?」
いつもの神殿の控え室で、酒を勧めながらエピスに尋ねる。転生神殿の中の人しか知らない、抜け道を探ろうとする。
俺の窮地を知らないエピスは、気軽な様子で答えた。
「転生の魔法はね。適切な祖先を招き入れるために、縁のある品物を用意するんだ。そうしなければ、どんな魔法使いを転生させてしまうか分からないからね。
縁のある品物がない場合は、何か近いものを用いるんだけど、不安定になることがあるんだ。そうした不安定な状態を、僕たち神官のあいだでは、転生ガチャと呼んでいるんだ」
「ガチャって、街の子供向けのお菓子屋にある、素焼きの壺のクジのことですか?」
王都の駄菓子屋には、素焼きの壺に入っている商品を引くクジがある。子供は小さな壺を買い、それを割って商品を得る。
「そうそう、それ。街の子はガチャで通じるんだよ。アステルくんは田舎出身だから馴染みがないと思うけど。
もともと転生の魔法って、魔法の得意な故人の霊魂を呼び寄せて乗り移らせるものなんだ。だから、祖先に有力な魔法使いがいなくても、何らかの魔法使いを転生させることは可能なんだ」
「それ、いいじゃないですか!」
俺は興奮しながらエピスに顔を近づける。エピスは申し訳なさそうな顔をして、首を横に振った。
「と、思うだろう。そうそう、うまくいかないのが世の中なんだ。
どの相手になるのかピンキリってのもあるんだけど、敵対する家の魔法使いだったら最悪だよ。体を乗っ取られて殺されることもある。
敵対していなくても、その転生者の家に情報を流されたり、操られたり、ろくなことがないんだ」
「ああ……」
だからみんな、祖先を転生させるのか。自分の子孫に転生すれば、転生者も家の繁栄のために尽力する。そうでなければ、逆らったり肉体を奪ったりする可能性が高いということか。
「その転生ガチャ、できないですかね?」
「もちろん、正規の料金がかかるよ」
「それじゃあ、何の解決にもなっていない!」
俺はうつむいて口を曲げる。
「うん。祖先の問題はクリアできる可能性があるけど、お金の問題は自力で何とかしないといけないね」
「そうっすか」
俺はぐったりとして、赤ら顔の神官に慰められた。
◆◆◆
――十月初旬。絶望の末の『転生ガチャ』、当日。
入学してから一ヶ月が経った。俺は魔法修練で何の成果も上げられていない。
あるいは魔法学校に入学したら、ベテランの教師が俺の能力を引き出してくれるかもしれないと、淡い期待を抱いていた。しかし、そんなことはなかった。
俺は、彼ら教師が手を差し伸べる範囲のはるか下にいた。転生の補助なし、微小な魔力、家庭教師による魔法教育も受けていない。発動率の低さから分かったことは、俺には魔法の才能がないということだ。
図書館や教師のもとに何度も通ったが、逆転の一手はついに見つからなかった。
俺は、自分が魔法学校を卒業できないと悟った。両親を、そして双子の妹たちを路頭に迷わせることが決まった。
その日俺は、笑顔でグラノーラに「外出する」と告げたあと転生神殿に向かった。
俺は転生神殿のスケジュールを調べ上げ、今日の夕方に転生の儀式があることを突き止めた。俺はこっそりと裏口から入り、転生の儀式を見学することにした。
祭壇のある広間には、転生神殿の神官たちが並んでいる。赤ら顔のエピスも端の方にいた。俺は物陰に隠れながら、なるべく祭壇に近づき、儀式を間近で見ようとした。
貴族の両親に連れて来られた利発そうな少年が、祭壇の上に横たわった。祭壇には、宝石で彩られた箱が置かれた。祖先と縁のある品物が入っているのだろう。
儀式が始まった。祭壇の転生魔法に向けて、神官たちが魔力を注ぎ込む。
祭壇の上の景色が、めまぐるしく変わる。見ているだけで激しい酔いに襲われそうになる。
無数の人の姿が見えた。少年の体を歴代の魔法使いたちが通りすぎていくのを感じる。その中で、縁のある品物に反応した者が絞り込まれていく。
視界が真っ白に染まった。少年の体に何者かが重なったのを感じた。
神官たちが祝いの言葉を述べる。少年が、おっかなびっくり祭壇を下りる。両親たちが少年を迎えた。その一部始終を俺は目撃した。
俺は気づかれないように、こっそりと広間を離れて、裏口から外へと飛び出した。
転生神殿を離れた俺は、人の姿のない空き地に向かった。
廃屋が建ち並んでいる。こうした場所は王都にいくつもある。かつては貧民街で、のちに完全に放置された場所だ。
俺は誰もいない建物に入り、座り込んだ。埃と土が積もっているが気にしなかった。
俺は意識を集中する。俺の魔法『張りぼての物真似』で、今見た転生魔法を再現しようとする。
「くそっ、駄目だ!」
もともと成功率は低い。一度で成功するとは思っていない。二回、三回、成功するまで何度も繰り返す。俺は『張りぼての物真似』を発動しようとし続ける。
どうやら、かなり高度な魔法のようだ。通常の魔法とは成功率が格段に違う。
数百回試したあとに、景色がわずかに歪んだ。魔法が発動したようだ。神殿で見たほどでないが、確かに魔法は効果を発揮している。
「すごい魔法使い、来い! すごい魔法使い、来い! すごい魔法使い、来い!」
俺は必死に叫んだ。
俺には、魔法が得意な祖先などいない。魔法使いと縁のある品物も持っていない。俺には渇望しかない。叫んで呼べるなら、いくらでも叫んでやると思った。
俺は心の中で「最も偉大な魔法使い、やって来い!」とひたすら願った。
突風が吹いたような気がした。無数の魔法使いたちの姿が現れる。どんどん場所が変わり、現れる人の姿も変化する。無数の人の影が俺の体の中を通過していく。
大きな塔が見えた。塔の中では、無数の人たちが働いている。
ひげを生やした気のよさそうなおっさんが、机に向かい、鼻歌交じりに何かを作っている。彼の近くを、ローブをまとった女性が通った。彼は慌てて立ち上がり、姿勢を正して、彼女に挨拶をした。
――最も偉大な魔法使い、やって来い! 最も偉大な魔法使い、やって来い!
俺は必死に念じ続ける。塔の中の光景は続いている。
ローブをまとった女性がこちらを向いた。美しい顔立ちだった。緑色の髪、緑色の目。翠玉の姫君という言葉が思わず浮かんだ。
風が強くなったような気がした。俺は、竜巻に巻き込まれたような衝撃を受けながら必死に耐える。誰が俺の体に留まるのか。その相手は、できれば俺の導き手であって欲しい。
最も偉大な魔法使いよ、やって来い!
視界が真っ白に染まった。先ほど見た儀式と同じだ。自分の体に何者かが重なったのを感じた。しばらく体が熱かったが、次第に収まってきた。
俺は、埃まみれの床に横たわった。体を動かせない。魔力を全て使ってしまったからだ。
猛烈な飢餓感が襲ってくる。限界まで魔力が搾り取られた。本来はもっと膨大な魔力で発動させる魔法なのだろう。
転生は、本当に成功したのだろうか? 魔力不足で失敗してはいないだろうか?
俺は、赤ら顔の神官エピスに聞いた話を思い出す。
転生した者が家の祖先なら、相手はすぐに名乗ってくれる。しかし、そうでないならば、しばらくこちらの様子を窺ってから声をかけてくる。それまでは、これまでと何も変わらない生活を送ることになる。
廃屋の中で体力の回復を必死に待つ。魔法を使っているあいだに、何か重要なものを見た気がしたが思い出せない。少しずつ動けるようになってきた。壁に手をかけて立ち上がり、建物の外にゆっくりと出た。
すでに空は暗くなっていた。壁伝いに歩いているうちに、徐々に体力が戻ってきた。
魔法学校の入り口で生徒証を出して入れてもらう。宿舎に行き、自分の部屋にこっそりと戻った。
今はグラノーラと馬鹿話をする気にはなれない。自室に戻り、ベッドに横たわり、転生者に声をかけられるのを静かに待った。
かなりの時間待ったが、何の声も聞こえてこない。本当に転生ガチャは成功したのだろうか。もう今日は寝た方がよいかもしれない。
「せめて、服を着替えてからの方がいいよな」
廃屋の中で横たわっていたせいで、ひどく汚れている。ベッドに横たわる前に着替えればよかったと反省する。
新しい服を着て、再びベッドに向かう。ベッドに見知らぬ幼女が座っていた。年齢は四歳ぐらいだろうか。緑色の髪に緑色の目をしている。体には魔法使いらしいローブをまとっていた。
「魔法使い?」
「正解だ。私はマルだ。おまえの名前は何という?」
「アステル……です」
体の中から語りかけてくるのではないのか? まるで実体を持っているように、ベッドの上であぐらをかいている。
「アステルか。よろしくな!」
幼女は、満面の笑みを見せた。
幼女の魔法使い……。できれば、老練な賢者のような魔法使いがよかった。
こいつは、俺の助けになってくれるのか? いちおう魔法使いと名乗っているのだから、魔法は使えるんだよな。
「何だ、落胆しているようだな?」
「いやまあ、ずいぶん若い魔法使いのようで……」
「敬語はいらんぞ。名前も呼び捨てで、マルでいい」
俺は逡巡する。いや、これは最悪よりは、ずいぶんとましだ。少なくとも邪悪な相手ではなさそうだ。
「マル、俺に魔法を教えてくれ。偽物の魔法使いの俺は、本物の魔法使いにならないといけないんだ」
「よし、分かった、引き受けた。私を呼んでくれたアステルを、本物の魔法使いに育てればいいんだな。報酬は……」
「報酬を取るのか?」
「当然だろう。報酬は書物の知識だ。この時代に蓄えられた知識を得たい。図書館に通い、本のページをめくってもらう」
俺は少し考える。もともと学校の図書館には通っている。本を読むのも好きで、そこから知識を得るのはもっと好きだ。
「約束する」
「よし契約成立だ」
マルと名乗った幼女の魔法使いは、右手を伸ばして握手を求めてきた。彼女は、俺の脳内の幻影ではないのか? 疑問を抱きながら、手を出して触れた。
手のひらにチリチリと何かを感じた。俺の魔力がマルに反応している。
「これは魔法なのか?」
「頭がいいやつは好きだ。これは『霊魂義体』という魔法だ。私が今持っている唯一の魔法になる。この姿は、今はおまえにしか見えない。いずれ状況が整えば、他の者に姿を見せることもできるだろう」
どうやら、本物の魔法使いのようだ。そして、俺とは別に、自分の魔法を持っているようだ。
俺はマルの姿を見る。
俺は、この転生者と組んで、崖っぷちの人生から逃れなければならない。偽物の魔法使いから、本物の魔法使いにならないといけない。
俺は目の前の幼女に、自分の人生を賭けることにした。相手が何者なのか、きちんと確かめもせず、自分の全てを託すことに決めた。
次回「2.1 最大派閥」(第2章 前編)