5.2 霊魂の目
■ 登場人物
【アステル・ランドール】主人公。男爵家の跡取り。黒髪黒目、陰気な顔。
【グラノーラ・フルール】主人公の幼なじみ。伯爵令嬢で主人公の主筋。長く美しい金髪に美しい青い目。
【マル】主人公の体に転生(居候)した魔法使い。見た目は四歳ぐらいの幼女。緑色の髪に緑色の目。五百年前の大魔法使い。
翌日になった。授業を受けながらマルの講義も聴く。放課後は魔力を消費しての霊体化の修行もおこなう。
時間は無駄にできない。学年末の試験までに、魔法を使いこなせるようになっていなければ詰んでしまう。
昼休みになった。俺は図書館に行き、マルの読書に付き合う。俺は、緑髪に緑目の幼女のためにページをめくる。
マルは、最近は魔法についての本は読んでいない。それよりも博物学的な内容が多くなっている。
「魔法関係の歴史は歪められている、おそらく国を維持するためだと思う」
マルはそう言っていた。具体的な話は教えてくれない。この国が成立した頃にマルは生きていたそうだから、事情は把握しているのだろう。
俺はまだ若い。それに修行を始めたばかりだ。まだ話すべきときではないと、マルは考えているのだろう。
俺は本を棚に返しに行く。その途中で、何人かの生徒たちとすれ違った。俺は一人の少女に目を留めた。
ニーナ・シャントンだ。青色の短い髪で、眼鏡をかけている。もともと視力が弱いのか、本を読みすぎるのかは分からない。図書館で会うということは、後者なのかもしれない。
マルが選んだ本を持って席に戻る。机の上に立ったマルが腕を組み、こちらを見てきた。
「どうした?」
「彼女が、グラノーラが言っていたニーナ・シャントンか?」
「そうだ。何か気になることでもあったのか?」
俺は席について本を開く。
「アステル。そろそろ、おまえもできるだろう。霊魂の目で彼女を見てみろ」
霊魂の目で見ろというのは、肉体ではなく霊体を見ろということだ。
霊撃を身に付けた時点で霊体は見えるようになっている。しかし、これまで見たことがあるのは、自分の手が届く範囲までだ。それ以上の範囲で見えたことはない。
俺は集中してニーナの姿をじっと見る。しばらくそうしたあと、息をはいて椅子に背中を預けた。
「駄目だ。距離が遠すぎて全然見えない」
「それは、ふだん見えている半径を、そのまま広げようとしているからだ。
なあ、アステル。霊体を見るという行為は、何だと思う?」
「霊魂の目で見るんだろう」
「ゼロ点の回答だ」
俺はむすっとする。
「いいか、アステル。霊体を見るという行為は、次の過程の結果だ。
その一、自分の魔力を消費して、微細な霊体の粒を周囲に放つ。その二、放った霊体が、他の霊体にぶつかる。その三、反射して戻ってきた霊体を自分の霊魂で受け止める。
この意味が分かるか?」
俺は、口元に手を当てて考える。
なるほど、無意識下でそうしたことをやっていたのか。
マルが、自分の行動を言語化するように、しつこく言う理由が分かった。何をしているのか分かれば、応用することもできる。
「全方向に放射するわけではなく、一方向だけに放射するわけだな」
「そうだ。やってみろ」
再び意識を集中する。自分から放たれている微細な霊体を認識できた。
認識できれば操作もできる。一方向以外は放出を止めて、ニーナのいる方向にだけ大量に放出する。
考えてみれば当たり前だ。半径が大きくなれば、放出される霊体はまばらになる。跳ね返ってくるときに、さらにまばらになるので大きく減衰してしまう。
ニーナの霊魂の姿が可視化された。服を透過した彼女の裸体の輪郭が露わになる。
うっ、思春期の少年には毒だ。そう思いながら、マルに言われたとおり観察する。
霊魂の輪郭は長髪だった。しかし、現実の彼女は短髪だ。物体と霊体の形が違う。その理由を考える。
「最近、髪が短くなった。彼女は、自分の正しい姿は長い髪だと思っている。そのために、肉体と霊体の形が食い違っている」
「正解だ。それは、なぜだと思う?」
すぐに理由は想像できた。
胸糞が悪い。意図に反して髪を切るなんて状況は、いくつもあるわけではない。
「髪を無理やり切られた。あるいは燃やされた」
「それを踏まえて、どうする? グラノーラがニーナを選んだのには、何らかの根拠があったと考えるか?」
俺は机の下で拳を握る。爪が肉に食い込んだ。
グラノーラは、本当に助けが必要な相手を選んで俺に提案した。それを俺は、無下に断った。
「お嬢は、ああ見えて聡明なんだ。俺はそのことを知っている」
「そうだろうな。体を共有しているから、おまえの気持ちはよく分かる」
俺はグラノーラの姿を思い浮かべる。自分も、何度も助けられたことを思い出した。
「分かった。お嬢とともに、ニーナ・シャントンに手を差し伸べよう」
「それでいい。魔法の修行は、人を助けながらでもできるからな」
マルは優しい声で言った。
次回「5.3 お友達」(第5章 その3)