5.1 支援の手
■ 登場人物
【アステル・ランドール】主人公。男爵家の跡取り。黒髪黒目、陰気な顔。
【グラノーラ・フルール】主人公の幼なじみ。伯爵令嬢で主人公の主筋。長く美しい金髪に美しい青い目。
【マル】主人公の体に転生(居候)した魔法使い。見た目は四歳ぐらいの幼女。緑色の髪に緑色の目。五百年前の大魔法使い。
俺はグラノーラとともに学校に戻ってきた。空を見上げると、空は赤く染まっていた。すでに夕暮れどきである。俺たちは、外出していた生徒たちに混じって門をくぐった。
さらさらの金髪に美しい青い目のグラノーラと、黒髪黒目で陰気な顔の俺。はたから見れば、高い地位の貴族と、その付き人にしか見えない。
俺たちは宿舎に行き、グラノーラの部屋に入った。
「お嬢、やりたいことがあると言っていたよな。何をやりたいんだ?」
俺とグラノーラは、椅子に座って向かい合う。
詳細は学校で話すと言っていた。外では口にしにくいことなのだろう。
「私ね、考えたの」
真面目な顔をしてグラノーラは切り出す。
「この学校ってね、どうも派閥があるみたいなの」
俺はずっこけそうになる。今さらかよと思った。
「それでね、驚くべきことに、私もアステルも、派閥というものに属していないのよ」
「そうだな、属していないな」
「私たち以外にも、そういう人ってちらほらといるのよ。私、観察していて気づいてしまったの」
「そりゃあ、いるだろうな。属していないというか、属せないというか」
実際、俺を含めて、そういうやつはちょくちょく見かける。
俺は、どこかの派閥に取り入ろうにも、手土産にするものが何もなかった。金品がないなら労働を提供するという手もあるが、それも選びたくなかった。
そもそも俺は、こびへつらって小間使いをするつもりはない。そんな暇はないからだ。何とかして魔法を習得しなければ詰んでしまう状況だ。
「それでね、そういう孤立した人を支援しようと思うの。私とアステルで!」
ガタンッ!
俺は椅子からずり落ちて、大きな音を鳴らした。そういう人を支援? いったい、どういう目線だ?
すでに最大派閥の中心人物メザリア・ダンロスには目をつけられている。その状態で、派閥に属していない人を支援し始めれば、敵対行為と見なされてもおかしくない。
「最初の候補は探しておいたの。この子よ」
グラノーラは、一枚の紙を渡してきた。俺はその紙を読む。
候補の生徒の名はニーナ・シャントンという。俺たちと同じ一年生で、貴族ではなく商人の娘だ。魔法学校に来ているということは、親が金で魔法を買ったのだろう。
なるほどな。彼女が、貴族が多いこの学校で孤立するのも分かる。家族で魔法を継承している貴族たちから見れば、下賤な成り上がり者にしか見えないだろう。
そうした状態にいる生徒が、グラノーラに手を差し伸べて欲しいと思っているだろうか。
ある程度の規模の派閥ならともかく、孤立して不興を買っている人間と仲良くなりたいと願っているはずもない。
「やめた方がいい」
「どうして?」
「嫌がられるだろう」
「なぜ?」
俺は椅子に座り直して頭をかく。グラノーラは善意の塊のような人間だ。彼女の実家の人々もそういう人たちばかりだ。彼女の家の魔法『癒やしの手』は、そうしたグラノーラにふさわしいものだ。
俺はそんなグラノーラのことを大切に思っているし尊敬している。しかし、この学校は悪意を持つ者も多い。自分の派閥に従おうとしない相手に、鉄槌で殴りかかるようなやつもいる場所なのだから。
「メザリア・ダンロスが殴りかかってきただろう。そうした火の粉が、ニーナ・シャントンにもおよぶかもしれない。それに俺は忙しいんだよ。自分のことで手一杯だ。お嬢以外の面倒を見る余裕はない」
グラノーラは、頬を膨らませて不満そうな顔をした。
「もういいな」
俺はそっけない声で言って立ち上がる。グラノーラは熱心に俺を引き留めようとした。しかし俺は丁重に断り、自分の部屋へと戻っていった。
次回「5.2 霊魂の目」(第5章 その2)