4.1 弟子取り
■ 登場人物
【アステル・ランドール】主人公。男爵家の跡取り。黒髪黒目、陰気な顔。
【グラノーラ・フルール】主人公の幼なじみ。伯爵令嬢で主人公の主筋。長く美しい金髪に美しい青い目。
【マル】主人公の体に転生(居候)した魔法使い。見た目は四歳ぐらいの幼女。緑色の髪に緑色の目。五百年前の大魔法使い。
【ココル】決闘代行で稼いでいた貧民街の少女。小柄で、赤い髪を背後で結んでまとめている。
魔法学校の授業が終わった。俺が素早く教室から出て行こうとすると、さらさらの金髪に美しい青い目の少女が、廊下を駆けてきて、両手を広げてブロックした。
「こら、アステル! どこに行くの!」
俺はグラノーラの前で足を止める。
放課後に学校から抜け出すのが難しくなっていた。最近、毎日のように放課後に外出するために、グラノーラが追い回すようになってきたからだ。
「お嬢、野暮用です」
「野暮用って何なの? 詳しく教えなさい!」
廊下を逃げ回りながら、どうにかまいて学校を出る。だいたい食堂の前を通ってお菓子の話を振ると、ふらふらと引き寄せられるのでその隙に逃げている。
表通りをしばらく歩き、路地裏を抜けてガゼー地区の貧民街に入る。
緑髪に緑目の幼女のマルは、相変わらず俺にしか見えない。小声でマルと雑談しながら、集合住宅の二階にある決闘代行の事務所の扉を開けた。
「アステル様。掃除は終わっています!」
赤髪のココルが勢いよく駆けてきて報告する。
あの日の決闘以来、ココルを事務所に住まわせている。パン職人の夫婦が持ってくるパンは、主に彼女に与えている。風呂代も払って服も買ってやった。衣食住の環境を整えたことで、彼女は俺をボスと認識して従ってくれるようになった。
小ぎれいな姿になったココルは、思ったよりも美人さんだった。ぼさぼさだった赤髪はまっすぐになっている。汚れや垢を落とし、毎日食事をとるようになったことで肌は張りを取り戻していた。
彼女が小柄だったのは、やはり栄養不足が原因だった。実際の年齢は、十二歳ではなく十四歳、俺より一つ下でそれほど離れていなかった。筋肉質だが、まだ痩せすぎだ。もう少し食べて体重を増やした方がよい。
「俺のいないあいだに、何かあったか?」
「いえ、依頼はありませんでした。パン屋のタラバルさんたちが宣伝してくれているそうです」
タラバル夫婦には仕事の報告としてココルのことも話した。人のよい夫婦はココルのことを同情したようだ。そして仲良くしてくれている。
さて、仕事がないあいだは修行だ。魔力増強と魔力操作の修練を少しでも進めたい。
俺はマルの指導に従い、魔法の歴史の階段を一つずつ上っていくことにしている。その方が最終的に大きな力を得られると考えたからだ。
「あの、アステル様。決闘のときの不思議な攻撃は何だったんですか?」
ココルがおずおずと聞いてきた。
決闘から三日が経っていた。俺との距離感もつかめてきて、改めてあの日のことを確かめようと思ったのだろう。
「マル、話してもいいのか?」
小声で師匠に確認を取る。マルは机の上に立っている。机には、俺が図書館で借りてきた本のページを広げている。修行の合間に、少しずつページをめくってやっている。
マルは顔を上げて俺の質問に答えてきた。
「その子は魔力量が多い。武術家としての素質もある。純粋魔法を身に付ければ、戦い方の幅も広がるだろう。
ココルに純粋魔法を教えてもよいが、一つだけ条件がある。おまえに忠誠を誓わせよ。生涯配下となることを宣言させよ。おまえには剣となる人間が必要だ。
まあ、生涯なんて言っても、裏切るやつは裏切る。そこは覚悟しておく必要があるがな」
なるほどと思った。これからさまざまな活動をするには配下が必要だ。俺は自分のことを、グラノーラの世話係としてしか考えていなかった。自身の配下を持つのも悪くないだろう。
「ココル」
「はい、アステル様」
「これは秘伝だ。教えることはできるが、その場合は俺に忠誠を誓わなければならない。生涯配下となる覚悟があるのならば、俺の弟子になることを認めよう」
「殺されるはずの命を救われた身です。私の生涯を、アステル様に捧げます」
片膝をつき、頭を垂れる。まるで芝居がかった振る舞いだ。どこで伝え聞いたのだろうか。
何か、重いな。
生涯を捧げるということは、こちらも一生面倒を見るということだ。まあいい。物事はあまり深く考えてはいけない。先を見通すほどの知識と経験がないなら、なおさらだと思った。
次回「4.2 指導の修行」(第4章 その2)




