3.7 挿話:少女剣士ココル
■ 登場人物
【ココル】決闘代行で稼いでいた貧民街の少女。小柄で、赤い髪を背後で結んでまとめている。
ザラエル王国の王都で、ココルは生まれた。兄弟姉妹はいない。両親はココルが八歳のときに亡くなった。
貧民街での炊き出しだけでは食べていけず、ココルは地元のヤクザの使いっぱしりのようなことをして日銭を稼いだ。
家はなかった。路上で生活していた。このままでは駄目なことは分かっていた。ココルは女だったため、悪い者たちに狙われていた。娼婦として売り飛ばそうとする者があとを絶たなかった。
自分の力でお金を稼ぎたい。自分の力で身を守りたい。そのためにはどうすればよいか。仕事で知り合うさまざまな人に尋ねた。
ココルは、信用できる人と信用できない人の見分け方を覚えながら、世間というものを学習していった。
「ココルちゃんは、剣を学ぶといいんじゃないかな」
あるとき、貧民街に住む老人に言われた。
老人は昔、役者をやっていたそうだ。当たり役は、南方戦役の英雄。剣士の役をやっていたから、剣のあつかいには長けている。だから教えてやろうと言われた。
ココルはその老人のもとに通い、少しずつ剣のあつかいを学んだ。
老人が教えてくれたのは舞台向けの剣だ。いかに派手に動き、観客の目を引くかという技だ。
「あの、おじいちゃん。この剣では敵を倒せないんじゃないの?」
ある日、ココルは気づいて尋ねた。老人は楽しそうに笑った。
「一つの分野を極めた者は、他の分野にも応用が利くんだよ」
老人は、ココルの頭をぽんぽんと叩いて話し始めた。
「相手の心を奪い、感情を動かす技術は戦闘でも使えるよ。敵を怒らせ、侮らせ、自分が望むように行動させる。
舞台を整え、どこに立ち、どのように振る舞うかという視点は、戦いを有利に導くよ。
相手を足場の悪い場所に立たせ、自分は足場のよい場所に立つ。これだけでも、ずいぶんと戦いは変わるものだ。
それにね、舞台向けの剣だからといって馬鹿にしたものじゃないよ。自分が脳裏に描くとおりに剣を動かす技術は、戦闘でも十分に役に立つ。
ほとんどの人はね、剣なんてものは雑にしか振れないんだ。望むとおりに体を動かして、望むとおりに剣を操れるのなら、たいがいの相手には負けないよ」
老人の言うことには説得力があった。ココルは素直に剣を振り、自分の手足のように操れるまで修練した。
技に自信を持ち、決闘代行を始めた。最初の数回の戦闘を経て、老人の言ったことが正しかったと分かった。ほとんどの人は、剣を雑に振るだけだった。老人に習った剣を使えば、敵の急所を的確に攻撃できた。
ココルが決闘代行で稼ぐようになって一年ほど経った頃に、老人は病気になった。ココルは、老人のためにせっせと食べ物を運んだ。
老人はどんどん痩せ細っていく。その様子を見るのが辛かった。ココルの感情は老人にも伝わったのだろう。老人はすまなさそうな顔をしていた。
ある日、いつもの路地に行くと、老人がおもむろに立ち上がった。
「ココル。きみに教えていなかったことがある。私はね、俳優をしている頃に一度だけ、剣士本人から剣を教えてもらったことがあるんだ」
老人はココルの前で、剣を斜め下に構える。気づくと剣の先が前方に伸びていた。いつ剣を動かしたのか分からなかった。一切無駄のない動き。派手さの欠片もない、地味の極みだった。
「練習したんだけどね。まったく近づけなかった。そもそも舞台では使えないしね。地味すぎるから。私の剣ではないから、教えるつもりはなかったんだ。それでもココルには役立つかもしれないから見せておくよ」
それから数日して老人は死んだ。ココルは再び一人に戻った。
数年経ち、ココルはキネトス子爵という貴族から決闘代行の依頼を受けた。傲慢で、同じ場所にいるだけで腹の立つ男だった。
決闘の相手はパン屋の夫婦だという。どう見ても、キネトス子爵が難癖をつけているのは分かった。しかし、仕事をしなければ食べていけないから、どうしようもなかった。
決闘の場所を聞き、舞台を整えるための準備をした。自分が立つ場所の石を取り除いた。相手が距離を取って立つであろう場所に大きめの石をさりげなく置いておいた。
太陽の位置、風の流れ、事前に分かることは調べておいた。舞台演出は大切だ。それによって命を拾うこともあるのだから。
決闘の現場にやって来たのは、黒髪黒目の陰気な少年だった。ココルよりも少し上の年齢だろう。肌つやがよく、きれいな服を着ているから、貧民街の人間ではない。
どうして、こうした少年が、決闘代行の場にやって来たのか分からなかった。
戦い始めてからは驚きの連続だった。不可視の攻撃が来た。自分の攻撃が完璧に読まれた。何よりも驚いたのは、彼の剣筋だった。老人が最後に見せてくれた英雄の剣。一切無駄のない剣の軌跡。
そして意識が刈り取られた。私の人生は、ここで終わるのだなと思った。
次回「4.1 弟子取り」(第4章 その1)




