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偽物の魔法使いは大魔法使いと魔法開発史を再現する  作者: 雲居 残月
第1章 絶望の魔法使い

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1.1 希望の旅立ち

■ 登場人物


【アステル・ランドール】主人公。男爵家の跡取り。黒髪黒目、陰気な顔。


【グラノーラ・フルール】主人公の幼なじみ。伯爵令嬢で主人公の主筋。長く美しい金髪に美しい青い目。

 これは、偽物の魔法使いの俺が、本物の魔法使いになるまでの物語だ。


  ◆◆◆


 ――八月上旬。


 葉の隙間から日差しが降り注ぐ。森の中で、俺は剣を構えている。

 目の前にはイノシシがいる。栄養状態がよいのか、ふつうの個体よりも大きい。最近畑を荒らしているから、駆除して欲しいと領民に頼まれた。俺は、イノシシが動きだそうとした瞬間に踏み込み、剣を突き出した。

 金属が骨に当たる音が、軽やかに響く。切先が、滑らかに頭蓋骨を貫き、脳に到達する。俺は一撃でイノシシを絶命させた。


「あー、ずるい、アステル! 先に見つけて、一人で倒してしまうなんて!」


 森の中を駆けてきた少女が悔しがる。さらさらの金髪に美しい青い目だ。声をかけられた俺は、黒髪に黒目で、陰気な顔をしている。

 俺の名前はアステル・ランドール。十五歳で、男爵家の跡取り息子だ。俺の名前を呼んだ少女は、グラノーラ・フルール。同い年の幼なじみで、俺の主筋にあたる伯爵家の長女だ。


「お嬢、残念だったな。早い者勝ちだ」


 俺は、イノシシの頭蓋から剣を引き抜く。そして血を払って鞘に収めた。

 グラノーラは頬を膨らませて、苦情の目を俺に向ける。競争だと言ったのは自分なのにと俺は思った。


 グラノーラは、伯爵令嬢だからといって、ドレスを着ているわけではない。俺の主筋のフルール家は武闘派だ。グラノーラは、動きやすい服装をしており剣を持っている。

 俺とグラノーラは、よく二人で遊んでいる。山や森を走り回ったり、狩りをしたり、木剣で戦ったり、拳で殴り合ったりしている。


「人生が、この狩りみたいに簡単にいけばいいんだがな」


 俺は、暗い顔でつぶやく。


「あはは、大丈夫だよ、アステル!」


 グラノーラは明るい声で言う。彼女は笑顔を見せたあと、大声で森の外の農民を呼んだ。イノシシの血抜きをして、俺の家に運んでもらうためだ。


 俺とグラノーラは、農民たちにあとを任せて森を出る。日光が強くなり俺は目を細めた。畑と牛、田舎の広々とした景色が、目の前に広がっている。

 男爵家の領地だ。この領地には領民がいて、貴族の俺の一家がいる。俺の一家は、父と母と俺、そして双子の妹の五人だ。俺たち家族の運命は、風前の灯火だった。


 この国では貴族はみんな魔法を使う。俺の祖父は、敵国との戦争で武功をあげ、魔法をもらって貴族になった。祖父は、つたなくではあったが魔法を使えた。

 しかし祖父が死んだあと家督を継いだ父は、魔法をまったく使えなかった。困ったことにこの国では、魔法使いがいない家は、貴族の地位を没収される。

 父は長男の俺に望みを託した。俺は十回に一回程度、魔法を発動できた。そのため、祖父が死んだ十歳のときに魔法を継承した。

 俺の家は、俺が成人するまで取り潰しを猶予されている。一家の運命は、俺の双肩にかかっていた。


「あのなあ、お嬢。俺は崖っぷちなんだよ」


「そんなことを言って、いつものように、うまいこと考えて何とかするんでしょう!」


 グラノーラは、底抜けに明るく楽観的だ。


「いや、もう、絶望状態だよ。来月からの魔法学校で、魔法の能力が開花しなければ、うちは終わりだ。俺たち一家は、路頭に迷う」


「ふーん。どうして、アステルはいつも悲観的なの? 頭がよすぎてバカなの?」


「いいなあ、お嬢は。俺もバカに生まれたかったよ」


 俺が悲しそうな顔をすると、グラノーラは楽しそうに笑った。


「魔法学校かあ……」


 俺はため息をつく。


「楽しみだね!」


 グラノーラは元気に言う。


「俺は、お嬢の世話係としての入学なんだよなあ」


「ねじ込んだよ!」


「ありがとうな」


 悪いやつじゃない。どちらかと言うと、いいやつすぎて心配になる。俺の進学費用の大半は、グラノーラの世話係の名目で、フルール家が出してくれる。

 グラノーラは世話好きで、正義感が強くて、理不尽な相手に会うと衝突するタイプだ。喧嘩でトラブルを起こすことは火を見るより明らかだ。


「学校では、俺が頑張らないといけないなあ。主にお嬢の後始末を」


「それじゃあ、二週間後、うちの馬車で一緒に王都に行こうね!」


「ああ、分かった」


 グラノーラは手を振って、畑のあいだの道を駆けていく。今日も走って家まで帰るのだろう。ふつうは馬車で行き来する距離なんだが。

 グラノーラと別れた俺は歩きだす。屋敷に戻ってきた。屋敷といっても、少し広いことを除けば、そこらの民家と作りは一緒だ。


「お兄様!」


 まだ六歳の双子の妹、エリーとマリーが駆けてきた。


「お嬢様と遊んでいたの? 私たちとも遊んで!」


「はいはい。何をして遊ぶ?」


「魔法を使って!」


「それ以外で」


「魔法学校に行くんでしょう。魔法を使って!」


 エリーとマリーは大合唱する。

 仕方がない。俺は辺りを見渡す。家の近くにある木の葉が揺らいでいた。


 俺が継承した魔法は『張りぼての物真似』だ。見た魔法を再現できるが、元の魔法よりも弱く、消えるのも早い。そして時間とともに忘れてしまう。正直に言うとハズレ魔法だ。

 今使えるのは『そよ風』の魔法だけだ。旅芸人の一座にいた野良の魔法使いのものだ。昨晩、フルール領に来た彼らを、グラノーラと一緒に見た。それ以降、エリーとマリーに、ことあるごとに魔法を使ってくれと頼まれている。


「『そよ風』を真似るぞ」


「わくわく!」


 俺は両手をかざして木に向ける。うまく発動してくれ。そして妹たちを喜ばせてくれ。俺は魔力を込めて、『張りぼての物真似』の魔法を使った。

 風が少し吹いて葉っぱが揺れた。妹たちは「すごい、すごい」を連呼する。兄の威厳を保てた。しかし、全力で魔力を込めてできるのはこの程度だ。この魔法も、もう少ししたら忘れてしまう。


 俺の周りをくるくる回るエリーとマリーを見る。俺が魔法使いとして認められなければ、妹たちを路頭に迷わせる。それだけはできない。俺は魔法学校を卒業することを決意した。


  ◆◆◆


 ――八月下旬。


 グラノーラと一緒に馬車に乗り、故郷を出発した。馬車は南東へと向かっていく。俺たちの故郷は、王都から見て北西の位置にある。


 グラノーラはいつものごとく、お弁当とお菓子をたっぷりと持ってきている。彼女は道すがら、ぱくぱくと食い続ける。横に座る俺は、暗い気持ちで窓の外をながめていた。

 穀物が刈り取られたあとの畑の景色が広がっている。俺が知っている世界は、この領地だけだ。俺はグラノーラと違って故郷を離れたことがない。外の世界をまるで知らず、本で読んだ知識しかない。


「アステルも、サンドイッチを食べる?」


「いや、食欲がない」


「食べないと持たないよ!」


 グラノーラは、俺の口にサンドイッチを押し込む。俺は窒息しそうになりながら、何とか口に押し込まれた食べ物を飲み込んだ。


「ふふふ。アステルは、私がいないと駄目なんだから」


 嬉しそうにグラノーラは、クッキーとビスケットとクラッカーを食べる。

 この調子で、何度も殺されかけたが、何とかこの年齢まで生きてきた。そして、そそっかしいグラノーラを守ってきた。


「アステルは、私の弟みたいなものね!」


「お嬢は、俺の妹みたいなものだ」


 グラノーラは、俺の両頬をつまんで引っ張る。この山猿めと思った。


「そういえば、お嬢は、王都に行ったことがあるんだよな」


「あるわよ。転生神殿に行ったから」


「俺は、行ったことがないけど、どんなところなんだ?」


「石でできていたわ。あと、大きかった」


「語彙力」


 グラノーラは、楽しそうに笑う。


 この国の王都には転生神殿がある。貴族の多くはそこを訪れ、祖先の魔法使いの霊魂を自身の体に転生させる。

 魔法を使えるのが貴族の条件。その条件を簡単にクリアできる方法が転生だ。体に転生させるといっても、自分の意識が消えるわけではない。祖先が助言者として同居するのだ。

 ふだんは何もせず、魔法を使うときに助ける。あと、意識を失ったときに、代わりに体を動かして窮地を救ったりもする。


 伝聞や本の知識でしか知らないのは、俺には縁がないからだ。転生神殿に、高額のお布施をしないといけない。崖っぷちの貧乏貴族である俺には無理だ。

 それでも貴族制度の抜け道なのは間違いない。現状を解決する糸口になるかもしれない。王都に着いたら情報を集めよう。


「お嬢は、学校に知り合いとかいるのか?」


 魔法学校について話題を振る。知人がいれば心強い。


「いないよ。アステルだけだよ。でも大丈夫。私がアステルのことを守ってあげるから!」


 そうか、俺が一人で守らないといけないのか。問題山積みだなと、俺は馬車に揺られながら思った。


  ◆◆◆


 馬車が王都にたどり着き、俺は唖然とした。本で読んで分かった気になっていたが、実物は想像よりもはるかに壮大だった。

 見渡す限り街が続いている。建物はどれも石造りで、二階建て、三階建ては当たり前だった。人の数も多い。祭りの日よりも賑わっている。これが王都なのかと思い、口を開け続けた。


「あはは、アステル、面白い顔」


 グラノーラのからかい声も耳に入らなかった。馬車の窓から呆然と外をながめる。

 街の中央にある王城が見えた。その近くに転生神殿もあった。学校は見えなかった。視界を遮る無数の建物の向こうにあるのだろう。

 俺はなるべく詳しく街の配置を覚えた。何かの役に立つかもしれないからだ。


 馬車に揺られているうちに気づいたことがある。最初は大きくて豪華な建物に目を奪われていたが、そうでない家屋もあった。

 石造りの建物の隙間から見える先には、木造で粗末な平屋が見える。壁がなかったり、窓がなかったりする。貧民街なのだろう。この街には、表の景色からは分からない貧富の差がある。


 しばらく揺られているとグラノーラが声を上げた。


「ねえ、あれよ、アステル。魔法学校!」


 窓から顔を出して確かめる。白い壁に囲まれた校舎と宿舎が見えた。敷地は広大だ。生徒のほとんどは貴族で占められている。この国で最も高貴な学校。ほぼ全ての貴族はここに通い卒業する。


 学業が九割で、魔法修練が一割。ただし進級や卒業には魔法の力を示す必要がある。ちゃんとした貴族なら、転生のおかげでハードルは低い。ただし俺は違う。限りなく高いハードルを越えなければならない。


「何とかして卒業しなければな」


 俺はグラノーラに聞こえないようにつぶやいた。グラノーラはもう転生者を受け入れている。だから魔法の試験で落ちることはない。俺だけが問題だった。


 魔法学校の宿舎は三階建てだった。一階は一年生、二階は二年生、三階は三年生の部屋が並んでいる。俺とグラノーラの部屋は一階だ。グラノーラの部屋の隣が、世話係の俺の部屋だった。

 俺の部屋は、グラノーラの部屋の四分の一ほどだ。まあ、ベッドと机と本棚があれば問題ない。卒業さえできればよいのだから。


  ◆◆◆


 ――九月初旬。


 学校が始まった。授業が毎日数コマあり、物語で読んだ学校とほとんど変わらなかった。

 魔法学校で特徴的なのは、週に数コマある魔法の時間だ。座学では、この国の魔法の歴史について学ぶ。実技では、魔力増大の訓練と、魔法発動の練習をする。また、各自が持つ魔法について理解を深めることもおこなわれた。


 学校が始まって数日が経ち、俺とグラノーラは孤立した。グラノーラは独立心旺盛なので派閥に興味がない。たとえ興味があったとしても、知り合いがいないので伝手がない。俺も二代前に貴族に滑りこんだ新参者だから、古参の貴族たちからは疎まれる。

 仕方なく俺は魔法修練に打ち込んだ。しかし、一、二週間が経ち、限界が見えてきた。


 グラノーラは大丈夫だ。家の魔法の『癒やしの手』を使えるし、転生の補助もある。貴族としての婚姻政策の蓄積があるから魔力量も多い。

 俺は違う。金がないから転生神殿を利用できない。祖父がラッキーで魔法を得ただけだから魔力量もない。俺は完全に行き詰まってしまった。学年末の試験を突破できない未来が、明瞭に見えてきた。


 俺は図書館に通い、必死に解決策を探す。しかし、そんなものが簡単にあるわけがない。俺は調査と並行して転生神殿に縁を作ろうとした。何か抜け道があるかもしれないと考えたからだ。


 ちょっとした事件があった。転生神殿の神官が暴漢に襲われて、俺が得意の剣で助けた。

 本当の内幕はこうだ。転生神殿の神官を調べ上げて、貧民街の近くをよく通る者を探した。その中から夜に通行する者を選んで、トラブルが起きるのを待った。そして、たまたま通りがかった第三者として命を救った。


 俺が助けた神官はエピスといった。下級の神官で、飲んべえの赤ら顔のおっさんだ。

 俺は酒を土産にして、神殿の控え室でエピスに頻繁に会った。そして親密になったあと相談に乗ってもらった。転生の抜け道についてだ。


 金がないと、どうにもならないことが分かった。転生の費用は国で定められていて、勝手に値引きすると死刑になる。想像したよりも厳しい処罰に驚いた。転生はこの国の根幹をなしているということだった。

 それに金があったとしても、俺の祖先で魔法を使えたのは祖父しかいない。祖父は何とか魔法を発動できたが、それ以上ではなかった。


「何かいい方法はないですかね、エピスさん?」


 いつもの神殿の控え室で、酒を勧めながらエピスに尋ねる。転生神殿の中の人しか知らない、抜け道を探ろうとする。


「転生の魔法はね。適切な祖先を招き入れるために、縁のある品物を用意するんだ。そうしなければ、どんな魔法使いを転生させてしまうか分からないからね。

 縁のある品物がない場合は、何か近いものを用いるんだけど不安定になる。そうした状態を、僕たち神官のあいだでは転生ガチャと呼んでいるんだ」


「ガチャって、街の子供向けのお菓子屋にある、素焼きの壺のクジのことですか?」


 王都の駄菓子屋には、素焼きの壺に入っている商品を引くクジがある。子供は小さな壺を買い、それを割って商品を得る。


「そうそう、それ。街の子はガチャで通じるんだよ。アステルくんは田舎出身だから馴染みがないと思うけど。

 もともと転生の魔法って、魔法の得意な死者の霊を呼んで乗り移らせるものなんだ。だから、祖先に有力な魔法使いがいなくても、何らかの魔法使いを転生させることは可能なんだ」


「それ、いいじゃないですか!」


 俺は興奮しながらエピスに顔を近づける。エピスは申し訳なさそうな顔をして、首を横に振った。


「と、思うだろう。そうそう、うまくいかないのが世の中なんだ。

 どの相手になるのかピンキリってのもあるんだけど、敵対する家の魔法使いだったら最悪だよ。体を乗っ取られて殺されることもある。

 敵対していなくても、その転生者の家に情報を流されたり、操られたり、ろくなことがないんだ」


「ああ……」


 だからみんな、祖先を転生させるのか。自分の子孫に転生すれば、転生者も家の繁栄のために尽力する。そうでなければ、逆らったり肉体を奪ったりする可能性があるということか。


「その転生ガチャ、できないですかね?」


「もちろん、正規の料金がかかるよ」


「それじゃあ、何の解決にもなっていない!」


 俺はうつむいて口を曲げる。


「うん。祖先の問題はクリアできる可能性があるけど、お金の問題は自力で何とかしないといけないね」


「そうっすか」


 俺はぐったりとして、赤ら顔の神官に慰められた。


  ◆◆◆


 ――十月初旬。


 入学して一ヶ月が経った。俺は魔法修練で何の成果も上げられていない。

 あるいは魔法学校に入学したら、ベテランの教師が俺の能力を上げてくれるかもと期待していた。しかし、そんなことはなかった。


 俺は、教師が手を差し伸べる範囲のはるか下にいた。転生の補助なし、一般人並の魔力、家庭教師による魔法教育も受けていない。

 図書館や教師のもとに何度も通ったが、逆転の一手は見つからなかった。俺は、自分が魔法学校を卒業できないと悟った。両親を、そして双子の妹たちを路頭に迷わせることが決まった。


 その日俺は、笑顔でグラノーラに「外出する」と告げたあと転生神殿に向かった。

 俺は転生神殿のスケジュールを調べ上げ、今日の夕方に転生の儀式があることを突き止めた。俺はこっそりと裏口から入り、儀式を見学することにした。


 祭壇のある広間には神官たちが並んでいる。赤ら顔のエピスも端の方にいた。俺は物陰に隠れながら、なるべく祭壇に近づき、儀式を間近で見ようとした。


 貴族の両親に連れて来られた少年が、祭壇の上に横たわる。祭壇には、宝石で飾られた箱が置かれた。祖先と縁のある品物が入っているのだろう。


 儀式が始まった。祭壇の転生魔法に向けて、神官たちが魔力を注ぎ込む。祭壇の上の景色が、めまぐるしく変わる。見ているだけで酔いに襲われそうになる。

 無数の人の姿が見えた。少年の体を歴代の魔法使いたちが通りすぎていく。その中で、縁のある品物に反応した者が絞り込まれていく。

 視界が真っ白に染まった。少年の体に何者かが重なった。


 神官たちが祝いの言葉を述べる。少年が、おっかなびっくり祭壇を下りる。両親たちが少年を迎えた。その一部始終を俺は目撃した。

 俺は気づかれないように広間を離れて、裏口から外へと飛び出した。


 転生神殿を離れた俺は、人の姿のない空き地に向かった。周囲は廃屋が建ち並んでいる。こうした場所は、王都の貧民街にいくつもある。

 俺は誰もいない建物に入り、座り込んだ。埃と土が積もっているが気にしなかった。俺は意識を集中する。俺の魔法『張りぼての物真似』で、今見た魔法を再現しようとする。


「くそっ、駄目だ!」


 もともと成功率は低い。一度で成功するとは思っていない。二回、三回、成功するまで何度も繰り返す。俺は『張りぼての物真似』を発動しようとし続ける。


 どうやら、かなり高度な魔法のようだ。通常の魔法とは成功率が格段に違う。

 数百回試したあと魔法が発動した。景色がわずかに歪んだ。神殿で見たほどでないが、確かに魔法は効果を発揮している。


「すごい魔法使い来い! すごい魔法使い来い!」


 俺は必死に叫ぶ。俺には魔法が得意な祖先などいない。魔法使いと縁のある品物も持っていない。俺には渇望しかない。叫んで呼べるなら、いくらでも叫んでやる。俺は心の中でひたすら願った。

 突風が吹いた気がした。無数の魔法使いたちの姿が現れる。無数の人影が、俺の体の中を通り抜けていく。


 大きな塔が見えた。塔の中では、多くの人たちが働いている。

 ひげを生やした気のよさそうなおっさんが、机に向かい、鼻歌交じりに何かを作っている。彼の近くを、ローブをまとった女性が通った。彼は慌てて立ち上がり、姿勢を正して挨拶した。


 すごい魔法使い来い! すごい魔法使い来い! 俺は必死に念じ続ける。


 ローブをまとった女性がこちらを向いた。美しい顔立ちだった。緑色の髪、緑色の目。翠玉の姫君という言葉が思わず浮かんだ。


 風が強くなった気がした。その直後、視界が真っ白に染まった。先ほど見た儀式と同じだ。自分の体に何者かが重なったのを感じた。誰が俺の体に留まるのか。その相手は、できれば俺の導き手であって欲しい。

 俺は埃まみれの床に横たわった。体を動かせない。魔力を全て使ってしまったからだ。猛烈な飢餓感が襲ってくる。限界まで魔力が搾り取られた。本来はもっと膨大な魔力で発動させる魔法なのだろう。


 転生は、本当に成功したのだろうか? 魔力不足で失敗してはいないだろうか? 俺は、エピスに聞いた話を思い出す。

 転生した者が祖先なら、相手はすぐに名乗ってくる。しかしそうでないならば、しばらくこちらの様子を窺ってから声をかけてくる。


 廃屋の中で体力の回復を待つ。魔法を使っているあいだに、何か重要なものを見た気がしたが思い出せない。少しずつ動けるようになってきた。壁に手をかけて立ち上がり、建物の外に出る。

 すでに空は暗くなっていた。壁伝いに歩いているうちに、徐々に体力が戻ってきた。


 魔法学校の入り口で生徒証を出して入れてもらう。宿舎に行き、自分の部屋にこっそりと戻った。

 今はグラノーラと馬鹿話をする気にはなれない。自室に戻り、ベッドに横たわり、転生者に声をかけられるのを静かに待った。


 かなりの時間待ったが声は聞こえてこない。本当に転生は成功したのか。今日はもう寝た方がよいかもしれない。


「せめて、服を着替えてからの方がいいよな」


 廃屋の中で横たわっていたせいで、ひどく汚れている。ベッドに横たわる前に着替えればよかったと反省する。

 新しい服を着てベッドに向かう。ベッドに見知らぬ幼女が座っていた。年齢は四歳ぐらいだろうか。緑色の髪に緑色の目をしている。体には魔法使いらしいローブをまとっていた。


「魔法使い?」


 俺は怪訝な声で尋ねる。


「正解だ。私はマルだ。おまえの名前は何という?」


「アステル……です」


 体の中から語りかけてくるのではないのか? まるで実体を持っているように、ベッドの上であぐらをかいている。


「アステルか。よろしくな!」


 幼女は、満面の笑みを見せた。


 幼女の魔法使い……。できれば、老練な賢者のような魔法使いがよかった。

 こいつは、俺の助けになってくれるのか? いちおう魔法使いと名乗っているのだから、魔法は使えるんだよな。


「何だ、落胆しているようだな」


「いやまあ、ずいぶん若い魔法使いのようで……」


「敬語はいらんぞ。名前も呼び捨てでいい」


 俺は逡巡する。いや、これは最悪よりは、ずいぶんとましだ。少なくとも邪悪な相手ではなさそうだ。


「マル、俺に魔法を教えてくれ。偽物の魔法使いの俺は、本物の魔法使いにならないといけないんだ」


「分かった。私を呼んでくれたアステルを、本物の魔法使いに育てればいいんだな。報酬は……」


「報酬を取るのか?」


「当然だろう。報酬は書物の知識だ。この時代に蓄えられた知識を得たい。図書館に通い、本のページをめくってもらう」


 俺は考える。もともと学校の図書館には通っている。本を読むのも好きで、そこから知識を得るのはもっと好きだ。


「約束する」


「よし契約成立だ」


 マルと名乗った幼女は、右手を伸ばして握手を求めてきた。彼女は、俺の脳内の幻影ではないのか? 疑問を抱きながら手を伸ばして触れた。

 手のひらがチリチリとした。俺の魔力がマルに反応している。


「これは魔法なのか?」


「頭がいいやつは好きだ。これは『霊魂義体』という魔法だ。私が今持っている唯一の魔法になる。この姿は、今はおまえにしか見えない。いずれ状況が整えば、他の者にも姿を見せるだろう」


 どうやら本物の魔法使いのようだ。そして俺とは別に、自分の魔法を持っているようだ。


 俺はマルの姿を見る。俺は、この転生者と組んで、崖っぷちの人生から逃れなければならない。偽物の魔法使いから、本物の魔法使いにならないといけない。

 俺は目の前の幼女に、自分の人生を賭けることにした。相手が何者なのか、きちんと確かめもせず、自分の全てを託すことに決めた。


次回「2.1 最大派閥」(第2章 前編)

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