life4.マーメイド編-交錯する運命
ああ、夏だ。
なんてことはない。気候は5月に入ったばかりだ。実際今は5月ぐらいの時期だが。
そんな春真っ盛りの中、校舎裏の海に来ている一行が存在していた。
それもこれも全部ある一人の我が儘が原因である。
「海に行きたいわ」
「・・・は?」
思わず気の抜けた声が出る。だがそれも仕方がないだろう。今、この人は何を言ったんだ。抱き着いてないで正気に戻って欲しい。
「砂弥、今絶対失礼なこと考えたでしょう」
心を読まれた。この人はエスパーか何かなのだろうか。
それよりも大事なことがある。
「何でこの時期に海なの?」
考えても分からない。どんなに考えても季節外れにもほどがある。
「赤梨さん。銀にまともな答えを期待しない方がいいわよ」
乃璃香さんが急に後ろからやって来る。私としては頭の痛くなる会話が減るので大歓迎だが。
「乃璃香、主に向かってその態度はないんじゃない?」
「誰が主よ。誰が」
乃璃香さんは呆れた様子だ。まぁ、誰でも彼女の相手をすると疲労で疲れるだろう。
「まぁ貴女の事だからどうせ赤梨さんの水着がみたいとかそういうくだらない理由なんでしょうけど」
「ギクッ!」
いまどき誰もしない典型的な驚き方をする。というかまさか本当にそんな理由なのだろうか。
「・・・馬鹿?」
「面と向かって言わないで。でも首を傾げた砂弥かわいい」
やはり心底馬鹿だったようだ。
「とにかく、絶対に行かないからね」
断固たる決意があった。こんな変態のために何故貴重なロスタイムを消費しなければいけないのか。否、しなくて良い。
「貸しが一つあったはずだけれど」
「うっ・・・」
それを出されるとどうしようもない。魔銃を貰った貸しはいかんせん大きすぎる。
「ふふ、これで決まりね」
勝ち誇った笑みを浮かべた後ルンルンとスキップしながら部屋を出て行った。
もう少し交渉の余地はあったはずだが、勝手に出て行かれるとそこで議論は終わってしまう。
うまい具合に逃げられた。多分私と乃璃香さんの溜め息はシンクロしただろう。
それで現在に至る。
二人きりでの海は絶対に回避したかったので、とりあえず白馬とルーンを誘っておいた。
二人共すぐに海に入って水掛けで遊んでいる。本当に二人共仲良いなと思う。軽く一線越えてしまっているんじゃないかと心配するが、それはどうでもいい。
乃璃香さんはパラソルを建て終えると飲み物を持って来ると言って立ち去ってしまった。
・・・何が言いたいかというと、結局私の隣に輝合石さんがいる。
「あら、皆気を効かせてくれたのかしら」
アンタが邪気でも放ってたんだよどうせ。
それは置いといて話題を変えよう。このままだとセクハラされかねない。
「輝合石さん、泳がないの?」
「あら、そういう砂弥は泳がないの?」
・・・答えにくい事を聞いて来た。仕方ない、話さざるを得ないだろう。
「・・・私、泳げないの」
ああ、この場から逃げたい。何だって私が自分の欠点を暴露しなければならないのか。
輝合石さんは面白そうにニヤニヤしているし。
「へえー。砂弥にそんな欠点があったとはねー」
「うるさい。私はいいからさっさと泳いで来たら?」
「私も海で泳ぐのは好きじゃないのよね。どっちかというと、釣りをよくするわ」
「釣り?」
「ええ、結構楽しいのよ?砂弥も機会があればやればいいわよ」
彼女の意外な趣味を見つけた。まあ、どうでもいいからさっさと此処から離れよう。
「砂弥?どこに行くの?」
「ちょっと散歩するだけ」
「じゃあ私も」
「貴女がいないと誰が山吹さんを待つのよ」
えー。と文句ありげな顔をしているが輝合石さんを放ってさっさと移動する。
もともと彼女から離れるのが目的だったのだ。
暫く歩いていると、やたら背の高いフェンスが見えた。そばまで寄って見ると、遠くまでずっと続いている。他校との境界線になっているのはこれなのだろう。
すると、フェンスの向こうに人が現れた。
「・・・誰だお前」
背は170㎝より少し小さいくらいだろうか。薄いエメラルドグリーンの短髪は風に揺られてたなびいている。
着ている制服は赤く私達に負けず劣らず名門校並の豪華さだと思う。
「・・・赤梨砂弥」
「別に名前聞きたかった訳じゃねーんだけど・・・まあいいや。お前赤梨っていうんだな」
「そういう君は?」
相手は妙に渋っている。あまり人と話したがらないタイプらしい。
私と似ているな、と思いつつ催促してみる。
「私が教えたんだからそっちも名乗っていいんじゃない?」
「緒存。緒存裂空」
緒存裂空、大分変わった名前だ。本当に日本人だろうか。別にロンドン在住です、と言われても驚かないぞ。私は。
「で、お前こんなとこで何してんの?」
「ちょっと変態から逃げて来ただけ」
「まぁ、詳しくは聞かねぇど、後ろに気をつけた方がいいぜ」
私は咄嗟に振り返った。まさか輝合石さんがこんな所までついて来たのか。
そんな私の顔面に冷たい缶が押し付けられる。
「こーら、こんな所まで何してるのよ」
山吹さんだった。
腕に小さなバスケットを提げている。この缶はその内の一つだろう。
「でもおかしいわね。ガリオン校は今は授業中のはずだけれど」
「あれは授業じゃなくて自主練って言うんだよ。で、俺はサボリ組」
緒存君は面倒臭そうに答えた。
へぇ、他校は授業とかやってたりしてるんだなぁと思った。
黒楼学園は比較的自由な校風で、勉強するも訓練するも遊ぶのも自由である。
もっとも遊んでばかりいたら冗談でなく死ぬが。
その時、フェンスの向こう側から誰かが近付いて来た。
スーツを着た至って普通の中年男性だった。顔も特に特徴は無い。強いて言うならいかにも先生っぽい感じか。
男性は緒存君に近くから話し掛けた。
「空君。こんな所にいたのかい。探したんだよ」
「・・・おっさん、頼むからその空君っていうのやめてくれよ。何か恥ずかしいからさ」
緒存君は嫌そうな表情をしているが、本気で嫌がっている訳でもなさそうだ。
中年男性は私を見て、頭を下げた。
「初めまして。私は一平といいます。君は・・・空君の友達かな?」
「いや、友達というか何と言うか・・・」
「今初めて会ったんだよ。初対面だよ、初対面」
私が困っていると、緒存君が助け舟を出してくれた。
根はいい人なのかもしれない。
「じゃあな、赤梨、山吹」
緒存君はさっさと帰ってしまった。私はどうしようか。
「赤梨さんも早く戻りなさい。そろそろ銀が禁断症状起こしてるかもしれないわよ」
それを聞くとますます戻りたくなくなる。しかし仕方ない、今以上に悪化されてもまた迷惑だ。
私は足早に立ち去った。
赤梨さんが立ち去るのを見届けると、私は視線を元に戻した。
「あの子、新しく入学した子かい?」
「ええ、ちょっと困った子だけど」
本当に、あの子といえば、銀の事、気になり出してるというのに素直になれない困ったさんなんだから。
「・・・でも、良かったよ。今の乃璃香、とても嬉しそうだよ」
「そう、ね。今が本当に楽しいわ」
失いたくない。大切人達。
このフェンスは、無くなってもいいと思う。いつも、合同行事の時しか開かないんだから。
「じゃあ、帰るから、お前も元気にな」
私はフェンスに手をかけ、彼に話し掛けた。
「ええ、気をつけて。お父さん」
彼・・・山吹一平に。
振り向いて顔をあげると、爽やかな風が顔を包んだ。
ああ、出来るなら誰も死にませんように・・・
私はそう祈った。