life25.学園編-終わりの始まり
雷が鳴った。
ランプだけで照らされている薄暗い部屋が一瞬白く染まる。
雷の騒音で砂弥は目を覚ました。
ぼんやりとしたはっきりとしない光景が広がった。
自分の部屋じゃない。
砂弥はそう認識すると、重く怠い体を起こした。
目を何回か擦って、改めて辺りを見渡す。
そこには制服に着替えている銀がいた。
ネクタイをキュッと絞め、砂弥の視線に気付く。
「・・・おはよう」
「うん」
まだ頭がぼーっとしていたが、やがて昨日の事を思い出した。
体が重いのは、銀の部屋で銀と一緒に寝たからだった。
まだ体の節々が痛む。
昨夜の事は余り思い出せない。
ここ数日はずっとそうだ。
何も考えずに、体が求めるまま二人で夜を明かす。
このままではいけないと分かっていても、やめられそうにない。
「ほら、貴女も着替えないと」
銀に言われて、砂弥は今自分が何も着ていないことに気が付いた。
銀の手が砂弥に触れる。
そのまま、半分銀に着替えさせてもらう形で着替えは続いた。
また、雷が落ちた。
ガリオン校では廊下はがらんと空いており、何の音もせず静まり返っていた。
田美は廊下の窓から花壇を眺めていた。
花壇の花は死んだかのように微動だにせず、ただ乱雑に咲き乱れていた。
嵐は過ぎ、天候も落ち着きを取り戻して来たのにどこか寂しさが感じられる。
その時、田美の隣に誰かがやって来た。
田美には、見なくても誰か分かった。
「・・・晴れたね」
「ああ」
裂空はポツンと相槌を打った。
沈黙が二人を包んだ。
花は動かない。
「・・・これから、どうなるんだろうな」
裂空の言葉に、田美は俯いた。
あのミッションから一週間近く経った。
もう新しく死んだ人が学園に来てもいい時期だが、全くその気配がない。
「もう分かんねーよ。これからどうなるのか・・・どうすりゃいいのか」
「そう、だね」
裂空は田美に視線を映す。
「田美ちゃんは落ち着いてるんだな」
田美はゆっくりと首を横に振った。
「私も何が何だか分からなくなっちゃって」
「ああ、こういう時って何だか妙に落ち着いたりするよな」
裂空の顔に、僅かに笑みが蘇る。
田美もそれを見て、そっと微笑んだ。
「生き残りたいね。一緒に」
「・・・生きて、一緒にな」
裂空はそっと、包み込むように田美の手を握った。
その手を田美はギュッと握り締めた。
決して離れないように。
黒楼学園とガリオン校を隔てるフェンス。
そこで、乃璃香と一平はフェンスを堺に向かい合っていた。
「じゃあ、お前の所にも新入生はいないんだね」
「ええ。多分・・・何処の学校もいないでしょうね」
一平は顎に手を当て、考え込んだ。
乃璃香も俯いて今後のことを考えていた。
「学園もすっかり静かになってしまった。今まで昼間は絶えず賑わっていたのに、今じゃ人がいるのか分からないほどだよ」
一平の言葉には悲しみが含まれていた。
短い間だったが、自分の大切な生徒だったのだ。
それをたった一晩で失ってしまい、やりきれない気持ちが彼の胸を支配していた。
乃璃香も多くの友人を失った。それ故に、あの日のミッションに不信感を抱いていた。
「全滅するだけならまだ分かるわ。でも、あれだけ多くの生徒を参加させた時に限って全滅するなんて・・・偶然にしては出来すぎてる」
「確かに最悪のタイミングだったね。でも、どんなミッションなのかは始まるまで分からないじゃないか」
「・・・」
乃璃香は黙り込んだ。
一平は心配して声を掛けようとしたが、それよりも早く乃璃香が口を開いた。
「もしかしたら・・・何者かが、裏でミッションを操っているのかもしれない」
「確かにモニターが表示されたり、転送もデータを送るかのようにコンピュータを使っているかのようだ。でも、一体誰がそんなことをしているんだい?」
乃璃香は答えられなかった。
疑わしい人物はいる。が、証拠は何一つないのだから。
「私達はどうすればいいのかしら?」
「え?」
突然の乃璃香の問いに一平は驚いた。
「本当に、ただミッションをクリアして自由になればいいのか・・・」
「・・・今はただ、生き残る事を考えよう」
一平は優しく、乃璃香に刺激を与えぬように言った。確かにただミッションをクリアするだけでいいとは思えない。
それでも、自分の娘には生きていて欲しい。
それが、一平の思いだった。
「こええよ・・うううぅ・・・あああああ・・」
自室の片隅で、綱切はガクガクブルブルと震えていた。
頭から毛布を被り、全身を覆うようにしていた。
そして、現状と先のミッションを考えている内に怖くなり、このように震えていた。
「死にたくねぇ死にたくねぇ死にたくねぇ死にたくねぇ死にたくねぇ死にたくねぇ死にたくねぇ死にたくねぇ誰か助けてくれよぉ・・・・」
今の綱切にまともな思考力は無く、ただ目の前の現実に脅えることしかできなかった。
「・・・・・」
フランシアは自室に置いてあるハンモックにねっころがって寛いでいた。
円形の白いテーブルに置いてあるトロピカルジュースを手に取り、ストローを加える。濃厚な甘味が口中に広がり、至福の時を過ごす。
その時、携帯端末が鳴りはじめた。誰かから連絡がある時だけなる仕組みだ。
フランシアは手を伸ばして端末を取る。
「何かしら?」
「そちらの体調はどうだね?」
「心配ないわ」
フランシアと、謎の人物との会話は続いた。会話の内容は、それぞれの近況報告が旨だった。
「ではこれくらいにしておくか・・・言っておくが、失敗はしないでくれよ。君が死んでしまったら元も子もないのだから」
「とか言って、本当はschoolを使えばどうとでもなるんでしょ?」
「フッ・・・お見通しというわけか。相変わらず君は優秀だね。・・・・・では、頑張ってくれたまえ」
端末からブツッと通信が切れる音がして、誰の声もしなくなった。
「・・・相変わらず、人を玩具みたいに扱うんだから」
フランシアは端末を投げ捨てた。
そして、再び寛ぎはじめた。
その寝顔は、これから先への期待で溢れているようだった。
砂弥と銀は、黒楼学園の裏にある崖に来ていた。
芝生を踏む音が耳に入る。
真下には海が広がっており、激しい勢いの波が崖に打ち付けられる。
二人は肩を並べて、海を眺めていた。
無限に広がる海が二人を圧倒しているようだった。
「・・・この海の先には、何があるんだろう」
砂弥の呟きに銀が答える。
「何もないわ。この世界には夢幻の時間があるだけ。どこにも逃げられやしない」
「・・・もう、逃げられないんだね」
銀は、黙って頷いた。
「私達は生きることしかできない。例え偽りの生命だとしても、偽りの平和でも」
銀はミッションをクリアし、解放された。しかし、ミッションの標的として呼び出され、殺された。
もしかしたら、100点を取ったとしても自由などないのかもしれない。
それは、誰もが考え、それでいて恐れたものだ。
そうだとしたら、私達はどうすればいいのか。
永遠にあの死と隣り合わせのミッションをしていかなければならないというのか。
「逃げない」
銀は、砂弥に視線を移す。
砂弥の顔は俯いていてよく見えなかったが、先程までの弱々しい声ではなかった。
そして、しっかりと、前を、見据える。
「例え永遠にミッションを繰り返すことになっても、もう逃げない」
本当は、怖かった。
これから一体いつまでこんなのが続くのかと思うと、底しれない黒い不安が胸を押し潰そうとする。
しかし、逃げるということは砂弥には出来なかった。
それは今まで必死に生きようと戦い続けた皆への冒涜に思えた。
「私は忘れない。白馬やルーン、飛石に花菜ちゃん。そして、他の皆。全部背負って生きてみせる」
あの時、そしてそれ以外も。
私は一人では生きていられなかった。
いつも誰かが私を支えてくれて、そのおかげで生きることが出来た。
「全部、全部全部背負ってみせる。私は、絶対に死ねない」
だからこそ、皆が繋いでくれたこの命は無駄に出来ない。
絶対に、生きてみせる。
そんな砂弥を見て、銀の顔に笑みが蘇る。
「ええ、貴女なら出来る。二人で生きてみせましょう」
砂弥は力強く頷いた。
波がまた崖に打ち付けられ、ザッパアァンと鈍い音が周囲に響き渡る。
二人の手は固く強く結ばれ、その目は遠い何かを見つめていた。
二人には、分かっていたのかもしれない。
はっきりとはせずとも、この先に待ち構えているかつてない強敵と、更なる何かの存在を。