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Step 1 フェルダー法律事務所の面々

世紀末ウィーンほのぼの日常×獣人×異種ラブ+ブロマンス?

19世紀末、オーストリアはウィーン。

こぢんまりとした法律事務所には3人の主だった面子が今日も忙しく立ち働いています。

これはその3人の日記や手記を中心にまとめた、一連のストーリー。

失恋、失敗、そしてほほえましい日常。

さて、今日はどんな出来事が記されているのでしょう………




物語の背景・世界


現実の世界の19世紀末~現代西欧史、地誌などに即した世界です。

登場人物はすべて「獣の姿」をしております。宮崎駿版の犬のホームズやますむらひろし版の猫の銀河鉄道などを想像していただけるとよいかと思います。

人種は犬ばかりでなく、熊・アライグマ・鳥・獅子などさまざまです。そういった「獣人」の登場人物たちが、19世紀末ウィーン、20世紀アメリカ、イタリア、バルカン半島など様々な場所に残した「記録」により成り立つ物語です。

「記録」の形式は日記、録音、記事、心理学資料など様々です。書き手により口調や文体が変わります。

番外編として主人公を設定した小説形式のものもあります。

外伝には性的な表現も含まれます。


主要な人物


○マクシミリアン=フォン=フェルダー

 ウィーンの「神よ助けたまえ通り」にある法律事務所の所長。32歳。アライグマ人の弁護士。背は低く右眼に片眼鏡、口元にはダマ毛(毛玉をわざと作るおしゃれ)をしている。のんびりおっとり大らかで、非常に善良で他者への警戒心の薄い好人物。貴族の階級。法律事務所を構えてからは、地域の階級の低い人々のために尽力している。身長がとても低いが本人は気にしていない。女性に惚れっぽく振られてばかりいる。緑色の瞳が特徴。


○イアン=アグラム

 フェルダー法律事務所に勤める若き法律家の熊人。年齢より老けた言動の25歳。パリへの留学経験があり、勤勉で厳格でマクシミリアンからときとして「慇懃無礼」と言われることもある。有能だが皮肉屋。その裏に繊細で優しい一面を隠している。マクシミリアンに友情を越えた感情を抱いている。オーストリア・ハンガリー二重帝国領ダルマチア(現クロアチア地方)出身のアシュケナディム(東方ユダヤ人)。休日の趣味は靴をダイヤのように磨き上げること。

彼の雑記帳は(21世紀現在)所在場所がニューヨーク・エリスアイランドの移民博物館となっている。


○ブレーズ

 オーストリア・ハンガリー二重帝国領フォアアルルベルク(現在のスイス・フランス近辺)出身の碧毛の犬人。事務所では最年少の18歳。気が荒く、喧嘩にも女性にも手が早い。平民階層のため苗字がない。マクシミリアンやイアンとは違って小学校中退のため文盲だったが、イアンの指導により読み書きができるようになってきた。料理、洗濯、大工など事務所の雑用の一切を引き受けている。ドイツ語がかなり訛っている。フランス語やマジャール語、ロマ語も多少話せる。


○ラウル=ド=リブロン

 フランス南部に広大な領地を有する高名な家門の侯爵。イアンと同じくソルボンヌ大学を卒業した紫の毛並みの美貌の虎人。医師の免状を持ちながら劇作家・小説家として文筆業をし気ままに暮らす。シガレットをたしなみテニスなどスポーツ全般、および料理の腕は玄人はだし。「人生は楽しむためにあり、そのためならどんなことをもする」というのが信条。取材ノートや手紙、小説や戯曲などの記録が残っている。

 第1話 『法律事務所長の日記』

 

 12月某日 金曜日

 

 事務所に着いた途端黄色い声に迎えられた。

 依頼人はうら若い乙女だった。名前はリゼットという。

 何やら意気込んでいるので、落ち着かせて話を聞く。

 内容は至極ありふれたものだ。またぞろ貴族の御落胤ごらくいんというやつだ。

 だが彼女の場合、身寄りもなくお金以外に頼るすべがないという。

 正直この手の依頼(と呼べるようなものはほとんどない。大概は因縁をつけるたぐいの、どうしようもないものなのだ)にはうんざりしていたのだが、リゼットの初々しさ、育ちの良さから判断して、とにかく詳しく話を聞くことにする。

 すると驚いたことに彼女はうれし泣きをしてしまった。これまでこんなに親身になってくれた法律家はいなかったそうだ。

 とにかく話を聞く限りでは怪しい点は見当たらない。母君に預けられた父君の思い出の品、日記そのほか証拠として提示できそうなものは全部持ってくるように言いつけた。

 20になったばかりと聞いてまた驚いた。いまどきの若い娘さんはもっとしっかりしていると思っていたのだが…その慎み深さといったら良家の姫といっても通用しそうだ。

 するとさしずめ私は悪魔から姫を守る騎士といったところか。

 それは冗談にしても、遠く帝国騎士につらなるわが身にもなにやらたぎるものが残っていたのだと実感した。

 

 

 12月某日 月曜日

 

 勝利!今夜は美酒に酔おう!

 例の案件がかたがついた。あとはリゼットの父親の妹(驚くほどリゼットに似ているが、この婦人ほど冷徹な女性に私はお目にかかったことがない)がリゼットに彼女の相続分の土地・貴金属類を用意するまで待てばいい。

 わがうるわしの姫君…いや依頼人は私の手を握り(そのたなごころの優しい感触!)、声を震わせて何度も礼を述べた。

 この笑顔のためなら何をなげうっても惜しくはないという男がごまんといるだろう。それを私はひとりじめにしたのだ!

 こんど…いや明日、それでは拙速だろうか。

 彼女を私の友人たちの集まるサロンに招待したい。

 

 

 12月某日 金曜日

 

 なんということだ。つい今しがたのことだが信じられない光景を目にしてしまった。

 ほんの数日前、私の前で花も恥らう乙女のそぶりを見せていたリゼット。

 その彼女を、下町の居酒屋で発見した。

 そのときの彼女といったら……!

 肘が見えるほど袖の短い、それもどう見ても街角に立つ女が好んで着るようなどぎつい紫のドレスをまとい、巻煙草を吸いながらポン引きのような優男と一緒にいたのだ。

 私は何か非常に恥ずかしくなったような気分で足早にそこを去った。そこは私の悪友の行きつけの店だが、もう二度と行きたくはない。

 淡い想いは粉々に砕かれたのだ。リゼットは、私に見せていた少女らしさのかけらもなく、妖女の唇の如く赤く紅を塗られたあの唇で、夜ごと男たちの精気を吸い上げる女に変じていた。

 私は彼女の一流の媚態カカットにまんまとひっかかり、その野望の手伝いをさせられたというわけだ。

 意気消沈して住居を兼ねた事務所に戻ると、イアンはまた書類を整理していた。

 尋ねられたのでこの出来事を話すと、

「だから先生は女性に甘すぎるんです!」

 と一喝されてしまった。曲がりなりにも上司であり目上の人間に対するセリフではないと思ったが、ぐうの音も出ない。

 ただ以前から彼は女性に対して冷たいきらいがあることを不思議に思っていたので、君もああいう女性にひどい目にあわされたことがあるのかと尋ねると、非常に憤慨した様子で部屋を出て行った。

 下働きのブレーズが「あんた様はあん人のお気持ちがいっこもわかってねえだね」と笑った。

 どういうことだ?

 

 

 12月某日 金曜日

 

 またしても金曜日だ。先日のリゼットの件といい競馬場で決闘騒ぎに巻き込まれた件といい、最近の私は金曜日にたたられているとしか思えない。

 ところが、だ。今日は思いもよらない大金が転がり込んできた。

 私の父は放蕩家ですっかり親の遺産を食いつぶしてしまったが、その弟たる叔父は父が祖母の体内に置き忘れてきた倹約精神をそっくり受け継いで生まれてきた人で、結婚もせず働きに働いて(私が法律家になったのもこの叔父が学資を出してくれたおかげだ)ひと財産を築いていた。

 その叔父が先日急逝したとの知らせが届いた。

 封筒にはさらに、父のほかの兄弟、叔父の親友、私のいとこたちとで分けられた中での遺産の取り分について触れてあった。

 それによれば、田舎に小さな土地を買えるほどの金額が私に与えられたらしい。

 実際叔父は私が尊敬し愛する人物だったので、これはいわゆるあのマクベスの「こんないいとも悪いともいえる日は初めてだ」という状況だ。

 私はこれで、以前から行ってみたかった東部(ドナウより東)の国々に旅行することに決めた。

 随行して欲しいのは、イアンとブレーズ。いつもと変わらない事務所の顔ぶれだが、イアンはフランスの大学を卒業していて東ヨーロッパの語学にも通じているし、武術の心得もある。ブレーズは細かいところに気が回らずいささか口さがないが、器用で環境に対する適応能力がある。この二人と一緒ならば多少は安心して旅ができると思う。

 

 

 12月某日 土曜日

 

 今日、早速旅行のことを二人に話してみる。

 ブレーズは 「おらはカレー粉を料理に使うような東の国には行きたくないですだが」

 と乗り気でない。

 イアンはというと 「それだけの資金があるのなら事務所をもっと発展させましょう」

 と別の考えを示してくる。

 だが私はどうしても行きたい。それにこれは君たちへのプレゼントでもあるのだ、と言ったが、まだイアンは渋っている。

「それとも時期が時期だから、君にもクリスマスを一緒に過ごしたい誰かがいるんだろう。それなら時期をずらしてもいいが」

 と提案すると、なぜかこの冷静な熊人が真っ赤になって

「行きます!」

 と強い口調で答えた。

 ブレーズは東部にあるという美味なものを私が挙げていったらあっさり行くことを承知した。なにはともあれこれで面子もそろった。

 あとは旅慣れた友人に旅行についての注意や装備を聞いておこう。 計画通りにいけば、今年のクリスマスはウィーンを離れて噂に聞く「おとぎ話のような街」で過ごすことができる。 明日からもう少し仕事を頑張って終わらせよう。

 

 

 

 第2話 『ブレーズの便り』

 

 ローヌ村 村長 ブレーズ様宛

 消印 ウィーン 12月○日

 差出人 「神よ助けたまえ通り」フェルダー法律事務所  ブレーズ

 

 誰かこん手紙を読んでくれてるだな。頼むから、でっけぇ声で、はっきり読んでくれろ。そろそろ父ちゃんたちも耳が遠くなってるだろうし、みんな集まって聞いててくれると思うだから。

 父ちゃん、母ちゃん、弟のオーギュスト、ルイ、お隣のルイーズおばさんとチビのマリア、鍛冶屋のランナーさん、大工のペテルさんと五人兄弟、ダニエル神父さん、あんまり書くと長くなるだで悪イけんど省略するだが、みんな、元気にしてるだか。

 おら、村長の息子のブレーズだ。

 次の春で、おらが村を出てから四年がたつだな。

 四年前、村に来た最初の先生をおらが殴って、次の日の夜には家を出たんだな。

 あんときのことは、いまでもおら、自分が悪いとは思ってねぇ。

 オットーとかいっただな、あの先生。

 パリで勉強しただかなんだか知らねえが、学があるのを鼻にかけちゃあ「しょくんらのけがらわしいなまりは…」っつって里のことばを馬鹿にしくさって、みやこことば使わねえと、お決まりの桜の鞭でぴしりと叩かれただ。

 おらがあいつを殴って歯抜け面にしてやったのは、一番背が低かったチビのマリアまで叩いて泣かせたからだ。

   あいつはやたら気位が高いのと桜の鞭で皆に嫌われてただな。だからだろ、父ちゃん、いつもみたくおらを蹴り倒さなかったのは。

 それではじめは、おらもいいことしたんだべなて思ってただ。

 けんど、オットー先生が逃げ出した夜、母ちゃんと新しい先生を呼ぶ相談してるのを聞いちまっただ。

 うちの村まで来てくれるような先生はそういねえし、あのことで心証がならねぇ、って。

 学校作って先生呼んで、しこたま金がかかってたんだな。村で貯めたみんなの金が。

 責任がとれねぇことしたんだなって思っただ。

 張本人のおらがいなきゃ、なんとかなるかもなって考えて、だから食い物ありったけ持って家を出た。(馬は山を越えてから帰しただが、無事に家に着いたべな。)

 それからずーっと東の方へ東の方へ、町から町へ流れていっただ。

 色んな仕事をしただよ。野菜売り、ミルク絞り、靴の直し、金物直し、日雇い人夫、宿屋の手伝い……あんまりでっけぇ声では言えねぇようなことも。(教会に入れなくなるようなことだけはしてねぇだぞ!)

 で、ちょうど去年の今頃はウィーンにケツを据えてて、たまたま働いてた食堂でツテができて今は法律事務所でお世話になってるだ。

 きっかけはなんだったべ…あ、そうだ、お客にいたハンガリー人が薬屋を探してて、連れてったのが始まりだ。

 デラシネしとるうちに、ハンガリーやらロマやら変わった連中とも付き合って、そいつらの言葉もなんとなく覚えちまっただよ。

 みんなそっちじゃ人喰いみてぇに言われてる連中だけどな、明るくて気前が良くて、酒癖はあんまりだったけんどいいやつらだぞ。

 話を戻すだな。とにかく、そのお客がおらを気に入ってくれて、開いたばかりの法律事務所の下働きに紹介してくれただよ。

 事務所の主人はアライグマ人の法律家で、おらより背が低い。マクシミリアン=フォン=フェルダーさん。なんと、お貴族様だ。

 けんどこの先生がまた、いい人なんだ。おらのために事務所(先生の家でもあるだがな)の屋根裏を人が住める部屋にしてくれて、ちゃんとしたベッドに棚と机まで用意してくれただ。

 もう一人ここで働いてるひとがいて、イアン=アグラムさん。背の高い、厳つい、いかにも東北系の熊人だ。

 パリの大学出の人で、フェルダー先生の下について勉強してるそうだ。はじめはとっつきにくかったけんど、結構優しいところもあるだ。

「いつかきっと役に立つから」て先生がおらに銀行口座を作らせたとき、一緒についてきてくれて、おらを田吾作だって馬鹿にした支店長を怒鳴り付けてくれただ。

 先生は30を越えてるだに新しもん好きのおひとよしで、年の離れた兄貴みたいな感じだな。

 イアンさんはそんな先生を支える、口やかましい心張り棒みてぇだ。

 デカチビな二人だが、毎日楽しそうに仕事をしてるだよ。

 それから、おら、先生から読み書きを教わってるだ。

 こないだは鍵付きの立派な日記帳までもらって、毎日の出来事を書いて練習してるだ。

 へへへ、だからおら、今は部屋持ちで銀行口座があって、カフェで新聞だって読んでるんだぞ。すげえだろ。

 イアンさんが、「君が計算ができるようになったら助かります」って、来年からは算術も教わることになっただ。

 今月から来年頭まで、先生にくっついて東に行くことになっただ。先生は温泉とかに入りたいらしい。おらは珍しいチーズと腸詰めが楽しみだ。作り方を教わって、里帰りしたときに作るだよ。

 うん、こんなもんだかな。

 もう明後日には出発だ。だもんで、大掃除をして家財道具はちりを払って布をかけて、錠前も頑丈なやつをとりつけただ。

 あとはもう出発するだけだ。

 さて、おらはこの手紙を出したらまた勉強して、先生とイアンさんが戻ってくるまでひと寝入りするだ。

 先生のベッドがちょうど良く固くて、しょっちゅう昼寝に使ってるんだけんど、たまにイアンさんに見つかって、すげー怒られるだ。

 じゃあな、みんな、おらが帰るまで達者にしてるだよ。

 

 

 

 第3話 『イアンの雑記帳』

 

 僕は先生が嫌いだ。

 大嫌いだ。

 

 

 日付 12月S日

 僕たち(先生、ブレーズ、僕で三人)はウィーン中央駅から一路プラハを目指して出発。

 今回の旅の経路は、北回りでルーマニアを経由し、セルビア→イスタンブールを最終目的地にしている。

 クリスマスをプラハで過ごし、あとはゆるゆるとトルコまで行くことになる。

 なんとも無駄な時間と金をかけるものだ。でも先生は

「それこそ旅の醍醐味じゃないかね」

 と言う。

 こういうところは全然理解できない。

 電車に乗って程なく、暑苦しくって息が詰まって、たまらなくなった。

 乗り物酔いだった。

 僕は盛大にもどしてしまった。

 膝の上にぶちまける寸前に、先生が咄嗟に帽子を差し出してくれた。これは、先生が兄上に頂いたというミラノの品だ。

 先生は笑った。「君の服が駄目にならなくて良かった」と。

 そしてどこからかブレーズにレモン水を取ってこさせ、僕の口をすすがせ、個室コンパートメントの片側座席を僕のために空けてくれた。

 横になった僕を、先生は静かに看護してくれた。

 先生は何枚のハンケチーフを使ったんだろう…

 情けない自分に腹がたつ。

 目を醒ますと、なぜか先生の膝枕の上だった。かすかなコロンの香りがした。

 僕の真上には居眠りしている先生の顔があり、柔らかな吐息が鼻にかかり、僕はブレーズが来て先生が目覚めるまで動けなかった。

 あんなに心臓が早鐘を打つとは…。

 あのときは、ズボンを通して伝わってくる体温も、その下にある肉体のことも考えてはいなかった。しかしいま思い返してみると………(以下、判読不能)

 

 

 12月V日

 

 プラハ市内、イブのミサに参加した寺院の近くにスケートリンクがあり、今年最後の日曜礼拝の後、先生がやってみようと言い出す。

 僕はパリに行く前にかなり親しんでいたが、実際今でもかなり滑れた。

 驚いたのは先生が華麗な滑りを披露したことだ。ただ、いかんせん手足が短く背も低いので、ひいきめに見ても陽気なコボルトというところ。

 ブレーズは七転八倒で、よくも骨が折れないものだと感心した。本人は至って満喫していて、最後には見知ったばかりの子供たち(この犬人はどこに行っても子供に好かれる)と「ムカデつなぎ」遊びに興じていた。

 

 

 1月Y日

 

 明日はこの愛すべき街を去る。

 劇場も美術館も観尽くし、先日知り合いになった子供たちと一日広場で遊んだ。

 僕は非常に子供嫌いのするタイプなので、なかなか馴染めなかったが…

 先生は、コマとかシナの凧上げ、弓のオモチャ、こういう他愛ない遊びには目がない。

 子供たちに率先して遊び、周りの人間が呆れるくらい熱中する。

 今日は、風が弱くて凧が上がりにくいと見るや、「イアンに凧を持たせて全力疾走作戦」なるものを発案し、自分で実行した。

 途中転んで頬を擦りむいたものの、見事に成功。

 僕は、「こんなことで怪我をなさるなんて愚かしい」と、つい先生に小言を言ってしまった。

「おらの知り合いが言ってたんだけんど、シナでは年の始めに凧をあげて、願い事をするだでよ」

 ブレーズが後から言ったので、慌てて私たちは遠く東方の流儀に従った。

 先生は、「健康と金運を授けたまえ!」

 ブレーズは「超ボインできれいなあまっこ!そんでうまい食いもん!」

 僕は…………

「イアン、君は何を願ったんだね?」という先生の問いに答えあぐねていると、「どーせ『早く独立してぇ』だべ」とブレーズが言い放つ。彼の無神経さには殺意が湧くほどだ。

 先生は「うん、それはいい願いだ。でも、君にいなくなられると困るなあ」と言ってくれた。僕は、「あなたのあの事務所で私が必要なくなったらいつでも出ていきますよ。何万光年先になるかわかりませんけど」というようなことを言ってしまった。

 先生には聞こえないように言った僕の願いは、天に届いたんだろうか。

 僕の願いはブレーズの予想の逆だというのに。

「コイだよ!」とブレーズが叫んだので、気絶してしまいそうだった。

 広場の向こうの通りに、鯉のフライが屋台を出していて、犬人はそれを見つけたのだ。

 先生は魚が大好物だ。帰り道に食べながらビールを飲んだ。先生はまた、飲みすぎて潰れた。まったくこの人は…

 

 先生はよく傷を作る。

 ケンカに巻き込まれ、争いを仲裁し、いつも誰かを助けて…

 初めて会ったときも、腕に包帯を巻いていた。

 ひったくりを自転車で追いかけ、ブレーキのかけ方が分からず(というか自転車にはブレーキが無いというのに)体当たりで止めたという。

「環状線を疾駆、現代の騎士」

 そんな記事が載っていたのをぼんやり思い出した。揶揄と嘲笑を混ぜ合わせたベースに、ほんのちょっぴり賞賛を垂らした程度の記事。

 一般市民でさえ警察官に任せるであろうに。常識破りというより良識を逸脱、勇気というより愚昧。

 これだけにとどまらない。先生の仕事は市民の下層からすくいあげたようなものが多すぎる。事務所はいつも屑のような案件のファイルでいっぱいだ。

 僕は一度、腹に据えかねて先生に噛みついたことがある。

「貴族出のひねくれた慈善心なんですか」と。

 詰め寄る僕に、先生はきょとんとして答えた。

「困っている人を手伝うのはそんなにおかしいかね」

 ………………(一度書いた上に三重線で消してあり、判読不能)

 僕は先生が嫌いだ。

 変に寛容で、無学で貧しい人達にも優しくって、成金に馬鹿にされても、一部の上流貴族の鼻つまみにされても人助けをやめない。他人の言動を気に病んで意思を折るようなことをしない。

 性格の悪い………人(インクがにじんでおり判読不能)の僕をそばに置いてくれる先生が、心底、大っ嫌いだ。

 

 19ZZ年 寄贈

 無記名のスクラップノートより

 ニューヨーク エリスアイランド 

 移民博物館蔵

貴族にして弁護士マクシミリアン=フォン=フェルダー、その右腕のイアン=アグラム、ティロルの平民ブレーズ。三者三様の視点と物語を楽しんで頂ければ嬉しいです!

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