第6話。君のそばにいる君を大切に想う人。
大切な仲間、大切な少女。みんなで一人の少年の心を探す。
「学校には来るなと言ってあっただろう、麻衣。」
「だって、お兄ちゃん、また1人暮らしして、電話も1度もくれないし、帰って来てくれないし、髪の毛も切っちゃったんだ。」
麻衣と呼ばれた少女はすねたように言う。美輪の一つ下の妹だ。
「あの家に僕の帰る場所ではない。居場所がないもの。」
「お兄ちゃん。」
「椅子が四つしかないのに座る場所がないじゃないか。」
「お兄ちゃん。」
麻衣はギュと美輪の腕に掴まった。
「ごめんね。麻衣と望のせいで、お兄ちゃんを1人にさせちゃって。」
「気にしてないよ。それにあれは麻衣のせいでも望のせいでもないんだから、麻衣は何も気にしないで良いんだ。」
「お兄ちゃん。」
麻衣はますます兄の腕にしっかりと掴まった。あの事件さえなければ、兄は今頃…
「さあ、麻衣。ここからお帰り。母さんがうるさいから送ってやれないけど…」
優しい声、優しい笑顔。でも、本当に笑っていない。それが本当に哀しいけど…
「うん。」
麻衣は頷き、兄の腕を離すと正面に立って美輪を見上げた。
「でも、時々会いに来て良いでしょう?電話もちょうだい。私…私…待っているから。絶対待っているから。」
叫ぶように言ってから、ちょうど変わろうとしていた信号の横断歩道のを渡って行く。美輪はその場から妹が見えなくなるまで見送った。
「麻衣…」
大切な妹。それでも美輪の心は救えない。
彩にしか救えない美輪の心…
「お嬢さん、お嬢さん、ちょっと待って。」
麻衣が美輪と別れて百メートルくらいしたところで、勇生たちは麻衣をつかまえた。
「はい。」
麻衣は振り返って、ちょっと首を傾げる。兄と同じ学校の制服を着た、見知らぬ少年4人。どの少年も基準から見て、良い男に入るタイプだ。
「初対面ですみませんが美輪のことで話があるからお茶しませんか?」
詠が優しく笑って言う。
「兄のことですか?」
そこでみんなは麻衣が美輪の妹と知った。
「ええ、お願いしたいんです。」
妙に真剣な顔を4人はしていた。だから、麻衣は。
「はい。」
と、答えた。
近くの喫茶店に入って、六人がけのテーブルを陣どった。 勇生、敬、直也が前に、詠は麻衣の横に座った。
「まず自己紹介します。青秀学園の二年A組の前川勇生って言います。」
「同じく二年B組の菊地敬。」
「僕は早見詠。」
「二年D組。美輪と同じクラスの沖田直也。よろしく。」
丁寧に自己紹介されて、麻衣はどきどきしながら返事した。
「あ、はい。私は神崎麻衣。お兄ちゃん…美輪兄さんの一つ下の妹です。それで兄のことで何を聞きたいんでしょう?」
「うーん、単刀直入に言うと、さる事情で美輪に力を貸してもらいたいんだけど、美輪がその力を貸すことを拒否しているんで…」
「兄の力…って、まさか…あの…」
「君、知っているの?美輪の力のこと?なら、話は早いや。」
勇生は首から自分のクリスタルを外して、麻衣の前に差し出した。麻衣は、驚いて声を上げる。
「同じだわ。お兄ちゃんが持っているのと。色は違うけど。」
「実は僕らも。」
詠、敬、直也は首から自分のクリスタルのペンダントを外して、麻衣に見せた。
「同じ…同じだわ。お兄ちゃんの御守りと。」
「平たく言えば美輪は特別な力を持った僕らの仲間なんだ。それを美輪は知っているはずだし、力を貸してくれるはずだったんだけどね、今の美輪は、なんて言うか周囲に向かって壁を作っていて、それも覚えていないって状態で、僕らは困っていて…」
「仲間だったことは、まあ、後で思い出してもらえれば良いから、それは良いんだけど。美輪がどうしてあんな風に、他人に対して壁を作っているのかが、知りたくて…麻衣ちゃん?」
勇生の言葉が続くほどに、麻衣の表情は曇って、ついには泣き出してしまった。
「あの…麻衣ちゃん?」
男4人に女1人。このままでは完全に周囲から悪者になってしまう。
「どうしたの!泣かないで…」
詠が優しく麻衣の肩を叩きながら、ハンカチを差し出す。
「私のせいなんです。私たちがお兄ちゃんをあんな風にしちゃったんです!」
麻衣は泣きながら叫んだ。
「話、聞かせてくれる?」
麻衣は詠のハンカチを借りて涙を拭いながら、ポツリポツリと話し出した。
「あれはお兄ちゃんが七つ、私が六つ、弟の望が五つの時でした。公園で遊んでいたら、いきなり狂犬が走りこんで来たんです。他の人に噛みついて、大人の人は何とか退治しようとしたのを全然かまわず噛みついて暴れまくりました。お兄ちゃんは私と望をかばって逃げようとしたんですが、私が転んでしまって…。そこに狂犬は襲いかかって来て、お兄ちゃんは私たちをかばって前に出ました。その時、その時なんです。お兄ちゃんの両手から炎が放たれたのは。狂犬はお兄ちゃんの炎に焼かれて死にました。狂犬を退治したんだから、何も悪くないのに、お兄ちゃん、何も悪くないのに、それを見ていた大人たちが『化物ー。』と叫んで言って逃げ出しました。望まで『お兄ちゃん、怖いよー。』と泣き出しちゃって。話を聞いて駆け付けて来た母は、何も言わずお兄ちゃんを殴り付けました。後で知ったことなんですが、お兄ちゃんが赤ん坊の頃から同じようなことがあったそうなんです。お兄ちゃんが泣くので部屋に行ったら鬼火のようなものが燃えていたとか、とにかく炎がついて回ったそうなんです。あの事件でお兄ちゃんは何もかも失いました。学校の人はお兄ちゃんが行ったら怖がって逃げ出しするかいじめるし。両親はお兄ちゃんを家族として見ていないし。」
「家族として見ていない?」
「椅子がないってお兄ちゃんは言います。」
「椅子がないって?」
「私の家は両親に望と私とお兄ちゃんでしょう?家族が全員でテーブルにつくには五人分の椅子がいるでしょう。でも、転勤の多い父がある家でテーブルを変えた時に4人分の椅子が買われたんです。つまり、両親、望、私の席。お兄ちゃんの分はありません。」
「それはひどい。」
直也が思わず言った。
「お兄ちゃんは以来ずっと心を閉ざしてしまって、中学生になるとすぐに1人暮らしを始めました。父は待っていたように、部屋を与えました。全部私と望のせいなのに、私たちをかばおうとしてくれたからなのに…」
小さく肩を震わせ、詠のハンカチで涙を拭いながら、麻衣は答えた。
七つの時から、いや、生まれた時から、覚醒していた力。そんな頃から家族にも味方になってもらえず、たった一人でいたとしたら美輪が他人に心を閉ざし、自分たちのことも見てくれないのは判らない気がする。
「麻衣ちゃん、泣かないで。」
詠が優しく肩を叩く。
「僕らが美輪の仲間になるから。何があっても美輪を嫌ったりしないから。」
麻衣は顔を上げる。
「本当ですか?」
「うん。約束するよ。なあ、みんな。」
詠が言うのに勇生たちは頷く。
「うん。」
「絶対。」
「美輪といるよ。」
優しい笑顔と共に誓うように言う。
「ありがとう。お兄ちゃんをお願いします。」
麻衣は涙を拭うと、勇生たちに頭を下げた。
麻衣は喫茶店を出てから、何度も何度も勇生たちに頭を下げて帰って行った。その後ろ姿を見送りながら、勇生たちは呟く。
「なかなかお兄ちゃん思いの良い娘だね。」
「あんな娘がいるのに美輪は心を開けられないのかな?「しかし、美輪にそんな過去があったなんて…」
「思った以上に難しそうだ。」
「せめてセレンが生きていてくれたら…」
「それは無理だろう。俺たちでやっとの転生だ。母星で死んだあいつが、この星に生まれ変わっているとは思えない。確かに一番の親友だったあいつなら、美輪の心を開かせることが出来るかも知れないけど。」
「じゃあ、紫のクリスタルは…」
「美輪だよ。美輪がみんな握っている。姫様の居どころも。紫のクリスタルの行方も。すべて美輪が鍵なんだ。」
「心を閉ざしてしまった鍵か。」
直也が呟いた。
スマホから書いています。