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獣医師 紗美原めぐみの事件簿  作者: 稲葉孝太郎
第2章 砂漠の犬
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第4話 こどもとおとな

 1時間後、須藤すどうは自然公園の獣医室にいた。

 診察台のうえには、タヌキのような生き物が、麻酔をかけられて横たわっていた。目を覚ますまで、あと30分ほどかかると、紗美原すずみはらは言った。

「それで、どうなったのですか?」

 細い指が、最後の包帯をケースにおさめた。

「アリバイは、あったのですか? なかったのですか?」

「……ありました」

 須藤は、染崎せんざきのアリバイを、順番に説明した。

「俺たちが犬の声を聞いたのは、だいたい18時半頃でした。そのとき、染崎は同僚と、食堂にいたんです。そこへクリスが飛び込んで来たのを、同僚が証言してくれました。染崎が俺たちと別れたのは、19時過ぎ。そのあとすぐに寮へ戻ってきたところを、目撃されてます。放送室は寮の反対方向ですから、細工をする時間はなかったはずです」

「なるほど、新島にいじまさんがあっさり引き下がったのは、じぶんがアリバイの当事者だったからですか。しかし、あらかじめセットされていた、という可能性は?」

「それも確認しました。あの放送室は、21時頃に閉まります。管理人さんは、室内を全部チェックしたそうです。そのとき、タッチパネルはオフになっていたと聞きました」

「スリープモードではなく、電源がオフになっていたのですね?」

「そうです。染崎は寮へ戻ったあと、外出していません。タッチパネルに自動オフ機能はないので、ほかのだれかが操作したとしか、考えられません」

 紗美原は、こくりとうなずいた。

 ただ確認しただけで、さも当然であるかのような仕草だった。

「その話を私にして、どうなさるおつもりだったのですか?」

「その……なんというか……紗美原さんなら、パパッと推理してくれるかな……と」

 紗美原は、くすりと笑った。

「私は獣医ですよ。それに……」

「それに?」

「須藤さんのほうが、よっぽど探偵らしいじゃありませんか」

 紗美原の指摘に、須藤は恥ずかしくなった。

 カメラマンの仕事をほっぽり出して、探偵ごっこをしていたからだ。

 紗美原は、

「あなたの推理をお聞かせ願えますか、名探偵、須藤さん?」

 と、やや芝居がかった訊き方をした。

 須藤は赤面しながらも、あるひとつの仮説を持ち出した。

「これはあくまでも仮説ですが……クリスがあやしいと思うんです」

「なぜですか?」

「クリスのほうは、アリバイがないんです……野犬を探すために寮を出ていたんですから、当たり前と言えば、当たり前なんですが……」

 アレは口実で、放送室にいたのではないだろうか。須藤は、そう疑った。砂漠館で別れたあと、クリスがどこへ行ったのか、須藤は知らなかった。

 しかし、納得のいかない点が、ひとつだけあった。

「だけど、クリスには動機がないんです……そう、動機がない」

 帰り道、須藤の考えは、堂々めぐりを続けた。

 染崎には動機がある。だが、アリバイもある。

 クリスには動機がない。だが、アリバイもない。

 このジレンマに陥った須藤は、よく眠れないまま、次の日をむかえた。

 シャワーを浴び、朝食をとって外出したときは、まだ開園前だった。早朝の撮影もいいかと思って、飼育エリアにむかっていると、なにやら男の声が聞こえた。砂漠館からだ。のぞいてみると、染崎とクリスが言い争っていた。

「証拠はあがってるんですよッ! 白状してくださいッ!」

「いい加減にしてくれないかな。物証を持って来てよ、物証を」

「上層部に掛け合いますッ!」

「どうぞ、ご自由に」

 須藤は、あわてて止めに入った。

 ふたりは、彼の仲裁を拒否した。

「須藤さんは、僕たちの関係を知らないから、そういうことを言えるんです」

「おっと、新島くん、それなら昨日、須藤さんには伝えておいたよ」

「なんですってッ!?」

 今にも取っ組み合いになりそうだ。須藤は一喝しようと、口を開けた。

 そのときだった。

「まあまあ、おふたりとも、もうすぐ開園時間ですよ」

 ふりかえると、ひとが立っていた。マングースのようなお面をかぶっていた。

 けれども、その白衣は、見紛うことなき――

紗美原すずみはらさんッ!」

 須藤たちは、お面のあるじの名前を、一斉に叫んだ。

 紗美原はお面をはずして、須藤たちに「おはようございます」と挨拶した。

 須藤は困惑して、

「お、おはようございます……なにをしてるんですか?」

 とたずねた。

「3Dプリンタで作ってみました。最近の技術は、すごいんですね」

「そういうことじゃなくて、どうしてここに……」


 ワンワン ワンワン

 

 須藤は、飛び上がりかけた。

 スピーカーに目をむける。だが、鳴き声は違う方向から聞こえた。

 新島は、

「と、鳥だッ!」

 と叫んで、一匹の鳥をゆびさした。

 親子連れがいたときの、あの黒い鳥だった。

 その鳥が、犬のように鳴いているのだ。

 どういうことだろうか? あのときは、全然ちがう鳴き声で──

 紗美原は、種明かしをした。

「あれは、クロオウチュウ……およそ18種類の鳴き声を持つ鳥です」

 須藤は吃驚した。

「どうして、そんな数の鳴き声を?」

「エサの少ない冬に、ほかの動物の警戒音をマネるためです。天敵が来たと勘違いした動物は、エサを落として行ってしまうのです」

「それを横取りするわけですか……でも、今は春ですよ?」

「クロオウチュウは、あいてを騙すときだけでなく、ほんとうに天敵が来たときも、警戒音を発します。そう、このお面のように」

 紗美原さんがお面をかぶると、ふたたびクロオウチュウは犬のように鳴いた。

「そのお面は……もしかして、ミーアキャット?」

「はい、クロオウチュウは、ミーアキャットのモノマネで有名な鳥です」

「あの夜、ミーアキャットなんて、どこにもいなかったですよ?」

「須藤さんたちは、懐中電灯をお持ちではありませんでしたか?」

 須藤は、クリスが持っていたことを伝えた。

 同時に、トリックも分かった。

「そうか……光に反応して、でたらめに声を出していたのか……」

 直接照らさなかったとはいえ、不自然な灯りが見えたはずだ。

 天敵の種類が特定できないから、次々と声音を変えていたのだろう。

「そういうことです。須藤さんは、ムクドリなどの声も聞いた、とおっしゃいましたね。もしあれが環境音なら、次々に入れ替えないといけません。不可能ではありませんが、不自然な中断や間が生じたはずです」

 須藤は唖然とした。

 しかしそのとなりで、須藤よりも震えている人物がいた――クリスだ。

「そんな……僕は……僕は……」

 困惑したクリスは、駆け足で砂漠館を出て行った。

 引き止めようとした須藤に、染崎はわけ知り顔で、こう言った。

「あいつなら、こうせざるをえませんよ。まちがった推理で、俺に濡れ衣を着せようとしていたんですからね。人生最大の失敗、ってやつじゃないですか」

 言い方にトゲはあったが、須藤も反論できなかった

 紗美原はスッとお面をはずし、染崎のまえに歩み寄った。

「染崎さんの感想は、それだけですか?」

「それだけ、と言うのは?」

「染崎さんにも、責任があるとは思いませんか?」

「……なにをおっしゃりたいんですか?」

「あなたは、あれがクロオウチュウの鳴き声だと、最初からわかっていたはずです。私の推理を聞くまでもなく」

「!」

 当たり前のことだった。砂漠館担当の染崎が、クロオウチュウの特性を知らないはずがないのだから。

「なぜあの夜、ふたりに真実を伝えなかったのですか?」

「……」

「あなたは、こう考えたのではありませんか。不十分な証拠のまま、新島さんが上層部に訴えれば、そこで恥をかかせることができる、と」

 染崎は帽子を脱ぎ、悲しげに頭をかいた。

「新島がこどもっぽいなら、俺はおとなげない……そんなところですかね」

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