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獣医師 紗美原めぐみの事件簿  作者: 稲葉孝太郎
第6章 権力の方舟
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第11話 罠

 少女の声が聞こえる。悲しげな声が。

 なぜ助けてくれなかったのかと、須藤すどうを呼ぶ。

 名前は知らない。ただ、その顔をおぼえていた。

 少女は血塗れになりながら、須藤のあとを追った。須藤はカメラを持ったまま、逃げ回る。なぜ逃げるのかと、少女はたずねた。なぜだろう。須藤は自問自答する。少女が進むたびに、一滴一滴、血がほとばしった。硝煙とガソリンの匂い。

 カメラだけは手放したくない。これは戦利品なのだ。明日の糧。

 だが、少女はその糧を奪いに来る。なぜなら、須藤は彼女の命を奪ったから。

 泥沼にハマったように、足がすくんだ。前に進めない。

 ようやく見つけたと、少女の手が背中に触れた。須藤は叫び声をあげた。

「ハァ……ハァ……」

 須藤はシーツを払いのけた。慌てて起き上がる。全身汗だくだった。

 しばらく呼吸をととのえてから、須藤はシャワーを浴びた。

 熱いお湯の背後に、人の気配を感じる。だれもいないと、自分に言い聞かせた。

 あれは、去年の夏だった。中東で取材をしていた須藤は、攻撃の止んだ市街地を、案内役と一緒にジープで疾走していた。しばらく進むと、ひとりの少女が地面に倒れていた。須藤は死体だと思って、一枚写真を撮った。それからまた先に進もうとしたとき、前方の建物から、武装勢力の兵士が現れた。真っ先に気づいた案内役は、ハンドルを切り、ジープを逆走させた。

 そのとき――あの倒れていた少女が起き上がり、道の真ん中に立っていた。

 少女と目が合う――ジープは彼女を跳ね飛ばして、その町を走り去った。

 その一週間後、須藤は戦場カメラマンをやめて、日本に帰国した。

 ここまでの経緯を、須藤は昨日、紗美原すずみはらに話した。紗美原は、なにも評価しなかった。コメントもなかった。ただ、そうですか、とだけ言ってくれた。

 須藤は気持ちの整理がつかないまま、浴室を出た。

 

 コンコン

 

「はい、どなたですか?」

染崎せんざきです。研究所から連絡があって、第一会議室へ来て欲しいそうです」

 聞き覚えのない部屋だった。

 須藤はタオルで髪をふきながら、人違いじゃないかと確認した。

「電話口では、はっきり須藤さんだって言ってました」

「どういう用件だ? クビの通知か?」

 俺に聞かないでください、と、染崎の返事があった。

「とにかく、伝えましたからね。さぼるのはナシですよ。それじゃ、またあとで」

 会議室の場所すら、わからなかった。須藤は、警備員にわざわざ訊いて、研究所の2階へとあがった。目当てのドアは、開け放されていた。須藤はあいさつをして、神妙に入室した。

 思ったよりも、大きな部屋だった。楕円形のテーブルに、椅子が置かれている。十数人は座れるだろう。観葉植物が、朝日にかがやいていた。床の絨毯も高級で、踏み心地がよかった。そのことがかえって、須藤に居づらさを感じさせた。

「須藤です。同僚の染崎さんから、こちらへうかがうように言われました」

 場違いな感じがして、わざわざ弁明してしまった。決まりが悪かった。

 ただ、会議室に集まっているメンバーには、顔なじみもいた。

「あら、須藤くんじゃない」

 真っ先に声をかけてきたのは、古谷ふるやだった。

 彼女は着古した白衣で、テーブルの隅に座っていた。

「あなた、さすがにここは初めてでしょう?」

「え、ええ」

「じつは私もよ。新顔同士、すみっこでおとなしくしておきましょ」

 この誘いは、ありがたかった。席順が決まっているのかどうかすら、判然としなかったからだ。右どなりに座ると、古谷はクラゲの話を始めた。須藤はときどき割り込んで、会議のテーマなどをたずねてみたが、彼女も知らないようだった。

「どういう面子なのか、よくわからないのよね」

 ほかに知り合いと言えば、新島にいじま博士と酒向さこうくらいだった。

 染崎やクリスは呼ばれていなかった。もしかすると、ライガーの件についてだろうか、とも思った。しかし、秋乃あきのの姿はなかった。古谷が呼ばれているのも、奇妙だった。あのとき駆けつけたメンバーには、入っていなかったからだ。

「失礼致します」

 紗美原が現れた。彼女は室内を一瞥して、須藤に目をとめた。

「須藤さんも、いらしていたのですか……」

 がっかりされたような台詞で、須藤はなんだか気になった。

「すみません……俺も、どうして呼ばれたのか、よくわからないもので……」

「いえ、ちょっぴり意外に思っただけです。失礼致しました」

 紗美原はそう言って、須藤の右どなりに座った。

 そして須藤ごしに、古谷に話しかけた。

「古谷さんは、会議のテーマについて、なにかお聞きですか?」

「いいえ、なんにも」

 紗美原ですら、今回の召集の理由を、把握していないようだった。

 しばらくひそひそ話を続けていると、前方のドアがひらいた。

 カチャリと、車椅子の電動前輪が、敷居をまたいだ。

「遅れてもうしわけない」

 園長の紗美原すずみはらたけしだった。

 全員起立して、一礼する。須藤も合わせた。

「どうぞ、座ってくれたまえ……これから、大事なヒアリングをしたいと思う」

 そのひとことに、最年長の新島博士は、

「ヒアリングとは、なんですか?」

 と、代表して質問した。

 園長は秘書に、封筒を配るように指示した。

 真っ白なA4版のもので、各人に1通ずつあった。

「中を確認したまえ」

 指示にしたがって、全員が中身を取り出した。

「これは……」

「たいへんなことになりましたな……」

 あちこちから、声が漏れる――そこには、ライオン2頭に襲われるライガーの写真が、新聞のど真ん中を占めていた。須藤は、手が震えた。

須藤すどうあきらくん」

「は、はい」

「この写真の構図からして、撮影可能なのは、だれだと思う?」

 園長の質問を受けて、その場の視線が一斉に、須藤へ集まった。

 須藤は、気丈にそれを受け止めた。

「この現場を目撃しているのは……私と秋乃さんしかいません」

 視線の半分ほどが、やはりな、という色をみせた。

 須藤はそれを押しとどめて、

「秋乃さんが犯人とは、言っていません。おそらく、盗まれたカメラのデータです」

 と返した。

 これには、会議室がざわめいた。

 園長は、

「カメラの盗難については、承知している。しかし、そのデータが外部に漏れた、とは、どういうことかね?」

 須藤は、じぶんの嫌疑が濃いことを、はっきり自覚していた。

「おそらく、盗んだ犯人が、データを横流ししたのだと思います」

「その証拠は?」

 証拠など、あるはずがなかった。

 須藤は言葉につまった。

 苦吟する──ふと、あるアイデアが、脳裏にひらめいた。

 それは、あまりにも唐突で──ウソをふくんでいた。

 須藤はなやんだ。なやんだ時間も、判然としないほどに。

 そして、イチかバチか、この場の状況に賭けてみることにした。

「私のカメラには、紛失防止タグがついていました。そのデータを調べれば、私も秋乃さんも犯人ではないと、証明できるはずです」

 須藤は、会議室のなかに、視線を走らせた。

 目立った動きをみせた人物は、何人かいた。

 まず、古谷がおどろいていた。新島博士も、眉間にしわをよせていた。

 一方、紗美原は、無表情だった。これがウソだと、気づいているにもかかわらず。

 園長は、冷静に質問をつづけた。

「つまり、カメラの位置を追跡できる、というわけかね?」

「はい」

「ふつうのカメラに、そんな機能はないと思うが?」

「私は以前、戦場カメラマンでした。私が拉致されたとき、追跡できるように、です」

 これは、半分本当だった。

 須藤は、追跡タグをカバンにつける習慣があった。

 寮の何人かも、気づいていただろう。

 そしてこのことが、須藤のウソに、強い信ぴょう性を持たせるはずだった。

「では、カメラはどこにある?」

「残念ながら、タグが機能していません。したがって、電波のとどかないところに、隠されているのだと思います」

 園長は、テーブルのうえに両腕を乗せ、手を組んだ。

「……地下ということか」

「池などに放り込んだ、という可能性もあります」

 須藤はしゃべっているあいだ、観察をおこたらなかった。

 しかし、動揺している気配は、だれからも感じられなかった。

 キャット・キラーは、この場にいないのだろうか。

 それとも、心理戦のプロなのか──須藤の作戦は、不発に終わった。

 園長は、車椅子に深く腰かけた。

「この写真から犯人を特定するのは、残念ながら不可能だと思う……それに、これは単なるヒアリングだ。今日の会議の議題は、他にある……私の進退についてだ」

 全員が顔を見合わせる。

 園長の次の言葉を待った。

「すでに知っていると思うが、私は癌を患っている」

 そうだったのか――須藤は、紗美原を盗み見た。

 紗美原は、あいかわらずの無表情だった。

「来週には、入院せねばならん……助かる見込みは、ほぼない。医者からは、余命3ヶ月と診断された……今日は、私が引退したあとの、引き継ぎについて伝えておきたい」

 そう言われた瞬間、須藤は違和感をおぼえた。

 けれども、園長はスムーズに先を続けた。

「まず、財政に関してだが……」

 数字の羅列が続く。須藤は、頭が痛くなってきた。バックパッカーのような生活を送っていたから、組織論はさっぱり飲み込めなかった。ひとつだけわかったのは、半官半民の公園なので、財政面では安定していないということだった。

「次に、研究体制だが……新島博士」

 博士は、背筋を正した。

「古谷くんの前任者が退職したあと、現在はきみに、チーフを代行してもらっている。私の引退後は、正式に昇格させるつもりだ……なにか、異議はあるかね?」

「いえ……しかし、私はもう定年が近いので、もっと若いひとを……」

「そう思うなら、きみが引退のとき、決めればいい……私は経営と病気で、スタッフのことを十分に見ることができなかった……私が指名するくらいなら、きみにバトンタッチして、きみが決めるほうがいい……そうだろう?」

「……承知致しました」

 園長の体が、右にぐらついた。全員が腰を浮かす。

 駆け寄った秘書を、園長は右手で制した。

 緊張感が走る。須藤たちは、ゆっくりと腰をおろした。

 園長は車椅子に座りなおし、息をついた。

「私はもともと、薬学の出身だ……毒性学が専門だった……それがどういう巡りか、野逢のあ自然公園の園長におさまった……不思議なものだな」

 昔話が始まるのだろうか。

 須藤の予感は、はずれた。

 園長は、新島博士を見やった。

「私のラボは、まだ保存されているのかね?」

「はい」

「あそこには、私が孵化ふかから育てあげた、デンドロバテスがいる……ハエやクモばかりやる退屈な仕事だったが、今となっては可愛い息子たちだ……世話を頼む……ペット用としても、貴重なものだ……資産として扱って欲しい」

 新島博士は、わかりました、と答えた。

「それでは、お先に失礼するよ……」

 園長は車椅子を動かし、会議室から出て行った。

 起立して見送った残りのメンバーは、しばらく沈黙していた。

 最初に沈黙を破ったのは、酒向だった。

「たいへんなことになりましたな」

 新島博士は眉をひそめて、

「たいへんなこと、とは?」

 とたずねかえした。

「園長が変わるとなれば、施設全体の方針も変わるでしょう」

「紗美原氏は、実利経営を重んじておられた。ほかの公共団体のように、ぬるま湯から叩き起こされるならともかく、野逢自然公園にそういう心配はいらんよ」

 それが博士の本心なのかどうか、須藤にはわからなかった。

 須藤がこの場に溶け込めないでいると、紗美原に声をかけられた。

「須藤さん、古谷さん、診療所のほうで、コーヒーでも飲みませんか?」


  ○

   。

    .


 コーヒーを沸かす音――須藤と古谷はソファーに座って、雑談をしていた。

「驚いたわね。まさか、あんな話だとは思ってなかったから」

 古谷は、コーヒーメーカーの湯気を背景に、目を白黒させていた。

 須藤も、嘆息しながらうなずいた。

「ええ……てっきり、ライガー事件の犯人探しかと思いました」

「でも、なんであのメンバーだったのかしら? 役員のなかでも、呼ばれていないひとがいたみたいだし、飼育係は、だれもいなかったわよね。仕事の引き継ぎなら、志賀しがさんが来てないと、おかしいんじゃないかしら。飼育長だもの」

 古谷は、疲れたような表情で、ぶつぶつと自問していた。

 須藤は、紗美原の手前、話題を変えたかった。

 まさか実の娘のまえで、ここまであけっぴろげに話をするとは、思わなかったからだ。

 そしてその心配を払うように、電話が鳴った。

 紗美原は、淹れかけていたコーヒーを置いて、電話に出た。

「はい、診療所です……はい……」

 紗美原は、須藤のほうをちらりと見た。

「……はい、須藤さんもいます」

 須藤と古谷は、おたがいに顔を見合わせた。

「ええ、今からでも大丈夫ですが……はい、わかりました」

 紗美原は受話器を置いて、須藤たちへふりかえった。

「すみません、私と須藤さんは、研究所に呼ばれました。古谷さん、すみませんが、お留守番をお願いできませんでしょうか?」

「いいわよ……でも、なんで呼ばれたの?」

「ライガーの件で、質問したいことがあるとか」

 やれやれ、結局、疑われているじゃないか──須藤は、覚悟を決めた。

 どうせ契約は更新されないだろう。須藤には、妙な確信があった。

 さきほどのカメラに関するウソも、それを前提にしての捨て身だった。

 須藤は立ち上がりながら、

「秋乃さんも呼ばれてるんですか?」

 とたずねた。

「そこまでは聞いていません」

 須藤と紗美原は、コーヒーにかるく口をつけて、診療所を出た。

 その道中、行き先が園長室だと伝えられて、須藤は仰天した。

「園長が、わざわざ事情聴取をするんですか?」

 紗美原は、とくに意見を述べなかった。

 研究所に到着し、園長室に入ると、彼らしか呼ばれていなかった。

 園長は、さきほどのスーツから、寝間着に着替えていた。

「また呼び出してすまない……ひとつだけ、確認したいことがある」

 紗美原は、おちついた声で、

「なんでしょうか?」

 とたずねかえした。

「あの写真を流出させたのは、ほんとうに須藤くんではないのだね?」

 違う、と須藤は答えた。

 園長は、深く肩で息をした。

「秋乃くんの処分は……」

 悲鳴――須藤は身がまえた。

「紗美原さん、今のは?」

「下から聞こえたような……行ってみましょう」

 須藤たちは園長室を辞して、下の階へ向かった。悲鳴を聞きつけた人たちが、階段を駆け下りるのが見えた。踊り場で、新島博士と合流した。

「きみたち、まだいたのかね?」

 須藤は、

「園長に呼ばれました……なにがあったんですか?」

 とたずねた。

 新島博士は、事故かもしれないと言い、あたりの部屋をすべてチェックするように指示した。紗美原とほかのスタッフは、2階を調べることになった。須藤と博士は、1階の研究フロアを担当し、手分けして、ひとつひとつドアをノックしていった。

「失礼します。どなたかいらっしゃいませんか?」

 返事がないときは、ドアの小窓からのぞいてみた。

 ほとんどの部屋は、無人だった。

 さきほどの悲鳴を聞いて、廊下に出ているのだろう。

「こっちは留守です」

「とにかく、全部回ってみてくれ」

 須藤は廊下沿いに、すばやく回っていった。最後から2番目のドアには、【紗美原】というプレートが見えた。一瞬、彼女の部屋かと勘違いした。しかし、園長の研究室だと気づいた。というのも、【(武)】の文字が、小さくそえられていたからだ。

 ノックする必要はないだろう、と須藤は判断した。

 園長は上の階で、ベッドに横たわっていたからだ。

 ところが、次の部屋に移ろうとしたところで、須藤はふと立ち止まった。

 ジャーナリストの勘とでも言うのだろうか――ドアノブに手をかける。

 鍵は開いていた。

「……失礼します」

 灯りが漏れる。

 暗闇を予想していた須藤は、不審に思った。

「だれもいませんか?」

 ドア越しにのぞきこむと――テーブルの下から、足が伸びていた。

 人が倒れている。須藤は、ドアを開け放って駆け寄った。

「さ、酒向さんッ!?」

 白衣姿の酒向が倒れていた。

 肩に手をかけようと、須藤はさらに近寄った。

 そのとき、床にカラフルなカエルを見つけた。

 黄色の肌に、黒い瞳。こちらをじっと見つめている。

 踏まないように避けた瞬間、腕をうしろから引っ張られた。

「いかんッ! 出ろッ!」

 新島博士だった。

 博士は須藤を連れ出して、ドアを閉めた。

「酒向さんが倒れてますッ!」

「危険だ。入ってはいかん」

 なにがあるのか、と須藤はたずねた。

 博士は答えず、ほかの研究員に、救急車を呼ぶよう指示した。

 そして、そのまま廊下を走って、もどって行った。

 唖然とする須藤。

 もういちど入室しようと、ドアノブに手をかけた。

「須藤さん、いけませんッ!」

 紗美原の声が聞こえた。

 彼女は、白衣をなびかせながら、こちらに走ってきた。

 須藤は思わず、

「酒向さんが倒れてるんですッ!」

 と、大声を出してしまった。

 紗美原は、頬を紅潮させ、その場で呼吸をととのえた。

「血清が……血清がなくなっています」


  ○

   。

    .


「毒……? 酒向さんは、お亡くなりに?」

 研究所のロビーで、須藤は声をふるわせた。

 紗美原は、悲しげにうなずいた。

「はい……病院へ到着したときには、すでにお亡くなりでした」

「やっぱり、放置したのがマズかったんでしょう? 手当していれば……」

 血清がなかった、と、紗美原は答えた。

「そういうものは、ふつう常備してるんじゃないんですか?」

「準備していなかったのでは、ありません……棚から消えていました」

 なんてことだ。計画殺人という4文字が、須藤の脳裏をよぎった。

「まさか……キャット・キラーの仕業?」

 紗美原はなにも答えず、ポケットに手を突っ込んだまま、窓の外を見た。

 ぽつりぽつりと、小雨が降り始めていた。

 そのあと、須藤は本降りのなか、スタッフ控え室で、警察から聴取を受けた。殺人事件としてではなく、研究所内の事故として、捜査を進めているようだった。質問の内容も簡単で、何時に死体を見つけたのか、そのときの部屋の様子はどうだったのか、だれそれはどこにいたのか、そんなことをたずねられた。

 警察官は、最後の質問を、手帳に書き留めた。

 そして、ペンでひたいを掻いた。

「ありがとうございます。またなにかあったら、うかがいます」

 警察官が部屋を出て行ったのと入れ違いに、クリスが入室した。

「須藤先輩、たいへんなことになりましたね」

「ああ……クリスは、なにか聞いたか?」

「酒向さんは、ヤドクガエルに触れて、亡くなったそうです」

「ヤドクガエル?」

 南米産のカエルで、皮膚に猛毒を持つ種類だと、クリスは答えた。

「そうか、俺が見たのは、ヤドクガエルだったのか……」

「良かったですね。うっかり触らなくて」

 ほんとうだ。新島博士に止められていなかったら、死んでいたかもしれない。

「ってことは、殺人事件じゃないんだな。俺の早とちりだった」

「まさか……いくら事件が相次いでるからって、殺人はないですよ」

 クリスは、ほかの職員が心配しているという理由で、情報の拡散に向かった。

 そうだ。殺人事件のはずがない。これは事故だ――悲しい出来事ではあるが。

 須藤はそう信じかけた。

 ところが、それを打ち消すように、背後から紗美原の問いが飛んだ。

「ほんとうに、事故だと思いますか?」

 ふりかえると、入り口のところに、白衣の紗美原が立っていた。

 須藤は、

「……どういう意味ですか?」

 と、おそるおそるたずねた。

「私たちで、キャット・キラー事件の幕を引きましょう……ついて来てください」

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