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僕の彼女は押しに弱い  作者: あんぜ
二章 演劇部

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エピローグ 僕の彼女は――

 夏のある日、私はそれまで触れることさえ避けていた扉を開いてしまった。


 夏は私にとって、ただ()だるだけの存在で、冷房の効いた部屋で過ごすだけの、冷えすぎないようにするだけの季節でしかなかった。それがこんなにも恋焦がれるような季節になるとは、その頃までの私は考えもしなかった。



 ◇◇◇◇◇



 中学に入りたての頃の私は本が友達みたいな女の子だった。偶然、前の席だった鈴音ちゃんが積極的に声を掛けてくれなかったら、クラスに友達のひとりもできなかったかもしれない。鈴音ちゃんとはそれから長い付き合いになった。困ったときはいつも傍に居てくれる親友に。


 クラスの外だと、みちかちゃんという付き合いの長い、ふたつ上の幼馴染が居た。私は部活動はしていなくて、放課後の演劇部でよく彼女の演技を見ていた。才能のある彼女は、この辺りで有名な劇団にときどき誘われていた。卒業したらそこの劇団に入るんだって。


 他にすることと言えばソーシャルゲーム。スマホを買ってもらった私は、みちかちゃんに誘われて演劇に登場するキャラクターと恋愛するゲームに熱中していた。熱中と言ってもお金をかけているわけではなく、キャラクターとの素敵な恋愛話を愛でているだけ。


 そしてゲームの中でも、特に私の推しだったのが日本人キャラクターの物書き――名前はもう思い出さないことに決めてる。その物書き、最初は口が悪くて――僕だけのものになれ――なんて台詞が特徴的な失礼極まりない男だったけれど、実はその内、ナイーブなところとか悩み続けるところとかがストーリーで明かされていき、私は恋するようになった。



 ◇◇◇◇◇



 高校一年の始業式の日、私はその推しの物書きとそっくりな男の子に出会った。


 男の子。当時の私はちょっと苦手だった。中学の時の男子はみんな、エッチなことばかり言ってきていたのでその頃も嫌悪感しかなかった。


 でもその男の子は控えめで、同じ文芸部に入ると耳にしたときにはちょっとだけドキドキしてしまった。彼はどちらかというと、例の物書きの内面だけを描いたかのような人物だった。ちょっと頼りなくてナイーブ、言動はあの物書きのように思い切りがいいというほどでもなく、どちらかと言えば逡巡していることが多い。



 ◇◇◇◇◇



 七月十四日。夏休みを前にして彼は私に告白をしてきた。

 

「好きってどのくらい好きですか?」


 少しの不安があった私はそう質問で返した。

 この時の私は彼と恋人になりたいくらいの好意は持ってはいた――それは間違いない。

 ただ、彼は――。


「僕だけのものにしたくて仕方がないくらい」


 まるで私の欲しい言葉を読んだかのように、そのままを私にくれた。

 この瞬間、私は彼に恋をした――そう、その頃は思っていた。


「瀬川くんがそう言ってくれるなら安心です。私も大好きです」



 ◇◇◇◇◇



「あの、よかったら名前で呼んでもいい?」


 最初のデートで彼はそう言った。

 嬉しかった。

 だって、いくら推しても私の推しはそんなこと言ってくれなかったから。


「いいよ。――太一くん」



 ◇◇◇◇◇



「手、繋いでもいいかな?」


 彼は遠慮がちに言ってきた。

 嬉しかったけれど、――もっと強引でもいいのに――ちょっとだけ思った。

 緊張で汗をかいていたかもしれない私は先に謝った。


「緊張していてごめんね」



 ◇◇◇◇◇



「キス、してもいい?」


 私は目を瞑り、少しだけ上を向き、彼に身を預けた。

 彼は触れるようなキスをしてきた。

 ただ、触れる部分が小さいほど意識がそこに集中し、感覚はむしろ鋭敏になった。


 徐々に息遣いが荒くなってきた彼は、私を抱きしめると舌で私の唇をこじ開けてきた。


 嫌悪感は無かった。

 彼の中に眠っていた強い感情を引き出せたことに喜びを覚えていたかもしれない。

 もっと欲しい、もっと強く――と彼が押し進めてくることに期待していた。


 そして扉が開かれた。


 気持ちがいい、わるい――ということではなく、生き物としての本質のようなものを感じた。太一くんの匂い、口づけの味、触れる肌、触れてくる指先、そして冷房が苦手だからと、少し温度を高めにした部屋、汗だくになった私たち。世界が開かれた気がした。太一くんは私をそこに連れて行ってくれる。ゲームなんかじゃない。そんな場所へ。


 私のかつての推しへの想いはそこで終わりを告げた。終わりも何も、私の恋は始まっていなかった。私の恋の始まりは、推しに出会ったときでもなく、太一くんが私に告白してくれた時でもない。私が太一くんのものになったこの時からだった。


 以前、文芸部で太一くんに見せた推しを想っての詩や短編。今となっては私の黒歴史だった。太一くんに見せたことさえ恥ずかしい。あれは封印しないとという強い思いと共に、太一くんへの想いを新しい詩や短編にして上書きしていった。



 ◇◇◇◇◇



 最初の頃はデートの度に太一くんの部屋に行った。彼は強引に誘ったことを謝ったりもするけれど、謝ってなんて欲しくなかった。私も一緒に居たかったから。


 ただ、ひとつだけ心残りがあった。太一くんは体を重ねた後でも元気だったのに比べて、私はすぐに疲れ果ててしまう。幼い頃は母親の実家の道場で稽古をつけてもらったりしてたこともあったけれど、それももうずっと昔の話。私は太一くんを満足させてあげられていない気がしていた。


 私はみちかちゃんと久しぶりに連絡を取った。


「珍しいじゃん、渚がカラオケなんて」


 みちかちゃんは曲を入力しながら言った。


「あのね、そのね…………エッチってどうやったら上手くなれる?」


 ゲフンゲフン――歌い始めで息を溜めていたみちかちゃんが大きく咳き込んだ。


「え? 渚オマエ男いんの?」


「こ、恋人って言ってよ!」


 薄暗い部屋に曲のインストだけが流れていく。

 私の話にみちかちゃんは、あ~だとかへ~だとかふ~んだとか返していた。


「みちかちゃん、真面目に聞いてる?」


「あ、うん、いいなあって」


「そじゃなくて相談に乗ってよ!」


「う~ん、焦らなくてもいいと思うけどな。男……彼も不満があるわけじゃないだろ?」


「太一くんはそんなこと絶対言わない。だから私が頑張りたいの」


「ん~、上手にならなくていいと思うよ。逆に急に上手になったら彼がびっくりして引くかも」


「それは考えてなかった……」


「じゃあ体力付けなよ。それなら相手も引かないし、エッチは何より体力勝負だから」


「そんなのでいいの?」


「そんなのじゃねーから。大事よ?」


「わかった……」


 とにかく私はその日から頑張った。その場はとりあえず大声でカラオケを歌ったけれど、それだけでへとへとになった。昼間の外は暑いし、太一くんと一緒に居たいこともあって、早朝にランニングをすることにした。ネットで調べて家の中でできるストレッチやプランクなんかも始めた。お風呂では声を出して歌を歌った。お母さんには何事かと驚かれたけど……。


 太一くんと部屋で過ごすとき、私は汗をかくことが好きになった。そしてそのための早朝のランニング、体を動かす気持ちよさに気付いた。どうして誰も教えてくれなかったの? ――なんて今更ながら思った。だって、体育の授業ってやらされてる感じしかしなかったもの。自分で臨んだ途端、体を動かし汗をかくことが楽しくなった。


 そして今年はまだ無理そうだった。でも、来年こそは太一くんと夏を楽しみたい。七月には絶対(ぜーったい)に太一くんと海に行くんだ。



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