真っ白な思い出
凍てつく風が制服の隙間から見せる肌を突き刺し、自然と体が縮こまるこの季節に、私はまだ教室に残っている。私はこの時間が好きで、一人で静かに過ごして窓から差し込む夕日に黄昏れるのもいい。
それなのに・・
「お前、いつまで居るんだよ」
「冬野がいるだろ」
椅子の背もたれを抱きかかえる形で座り、ウトウトと眠そうな声で話しかけてくる。
はぁ・・こいつは、本当に・・
「そういうところ、鬱陶しいぞ」
「っていってもお前は離れようとしないじゃないか」
「私が先にここにいたんだ、なんで私がどかなきゃいけない」
「まぁまぁ、そんなにカッカするな」
「お前な・・」
こいつと話すと、疲れる。
「三春は?」
「クラスの手伝いだな。さっきの舞台があったから、その埋め合わせで働かされている」
「気の毒だ」
「なんだ?寂しいのか?三春に会えなくて」
「別に寂しくなんかない。ただ、お前の相手をするのが私だけだとしんどいからな、三春と分担して少しでも疲労を軽減させたい」
「俺は幼児か何かなのか・・・。そんな照れ隠ししなくても」
「鬱陶しいなお前は」
「あー鬱陶しいついでに聞きたいんだけどさ」
「まずお前は私の話を聞け」
「冬野は卒業したらどうするんだ?やっぱ音大?」
「さぁな、まず卒業できるかどうかがわからないところだ」
「・・・・まぁ頑張れ」
「・・・うるさい」
一瞬。たった一瞬だけの沈黙が生まれた。沈黙は別に珍しいことじゃない。ただ、教室の空気が、雰囲気が少し変わったような。その感覚を肌で感じている間にいくつもの思い出が蘇っていた。
「卒業しても、三人で居たいよな」
「・・・」
「冬野は楽しくなかったか?」
「何が」
「この数日間だよ。冬野と三春と俺と三人でいたこの数日間」
「・・・」
「楽しかったよな。高校生活を別々に2年過ごして来て。お互いの存在も知らないで。それなのに、三人が出会ってから過ごした数日間は、高校生活の二年間より何よりも、充実していて、輝いて」
「・・・」
「どうしたんだよ冬野」
「・・・」
「黙ってるだけじゃわかんないぞ」
「・・・別に。どうも思わない。」
「そうか。・・・なんで震えてるんだ?」
「・・・」
「なぁ。冬野」
・・・。
楽しくないわけないだろ・・。一緒にいたくないわけないだろ・・。
私にとっては、唯一の存在だったんだ。
三春は、こいつと同じくらい私に付き纏って来て、私を誰よりも理解してくれる存在で、初めての親友なんだ。みんなから慕われる三春が私と一緒にいてくれる。私を親友だと呼んでくれる。
そしてこいつは・・・
「冷えてきたな」
「え?」
「寒くないか?」
「・・・寒いに決まってるだろ」
「・・・・・」
「おい、眠いなら帰れよ」
「・・・」
「なぁ柊真」
気付けば、唇を無意識に噛み締めていた。何かに耐えている自分に、その理由を気づかないように言い聞かせている。いつも、そう。気付かないように。気付かれないように。ただひたすらに耐える。この関係を壊したくないから。無くしたくないから。いつまでも続いて・・・。
「なぁ、柊真」
「・・・」
「・・・・三春と付き合うのか?」
言葉と呼べないほど小さな声で私は、問いかけた。
これで終わりだ。私たちの関係は間違っていたのだろうか。私たちの時間は。
「・・・こんなところで寝るなよ」
私の問いかけに答えはない。宙に浮いたまま消えていく。
「ほんと、なんでこんな奴」
私は、天井を見上げ、さらに寒くなった気がした肌をさする。ふと窓の外に目を向けた。そこには、澄んだ空から、純白の結晶が降り注いでた。
「・・・もうこの季節か」
この季節が来る。嬉しくも切なく、ただ永遠に残り続ける時間。
私の行動はもうすでに感情を通り越していた。柊真に近づき、顔の距離を詰める。
暖かくも冷えた唇に、ふと我に戻った。
「・・・ごめん」
何も伝わらないこの感情も何もかも、私は認めてしまわないといけない。こいつを、三春を。この涙でさえ。
私は走り出した。時が止まっていたかのような、静かな教室を残し。
きっと彼には伝わらないだろう。そのままでいい。三春を幸せにさえしてくれれば。私はそれでいい。気持ちの悪い自己満でいい。ただ、今の気持ちはそう抑え込む。いつものように。
真っ白に降り積もるこの街のように、私の気持ちも埋めていく。
まだまだ寒いですね