2 幼き日の記憶
あれは、俺が小学校に上がって間もない頃だった。
俺は幼なじみの倫香やクラスの友達と一緒に近所の公園でかくれんぼをしていた。
そして倫香が鬼になって、俺や友達はそれぞれ別の場所に身を隠した。
他のヤツらは滑り台の物陰とかに隠れ、俺はジャングルジムのそばにある草むらに隠れた。
すると、その時だった。目の前に、黒いスーツを着てサングラスをかけたいかにも怪しい男が、音も立てずに俺の目の前に現れた。
俺はあまりにも驚いて声も出なかった。
そんな中その男は、持っていたハンカチで俺の口をふさぎ、しかもそのハンカチには眠り薬でも仕込んであったのかして、その匂いを嗅いだ俺は、そのまま気を失ってしまった・・・・・・。
そして次に目を覚ました時、俺は、さっきまでの公園とは全く別の、見たこともないような所に居た。
そこはそう広くはない、窓の無い部屋で、部屋の真ん中を透明の板で仕切られていて、今思えばあの部屋は、刑務所の面会室のような部屋だった。
その板の手前側には、椅子が何脚か横一列に並んでいて、そこに俺と同い年か、少し年上の男子達が、板に向かって座っていた。
一体ここはどこで、こいつらは誰で、どうしてこんな状況になってしまったのか、その時の俺はさっぱり分からなかったし、今でもやっぱり分からない。
そんな中、透明な板の向こう側に、一人の人物が現れた。
それは、俺と同い年くらいの女の子だった。
その子は髪の長い、とても可愛い女の子だった。
その時は、上下とも無地で真っ白の、パジャマみたいな服を着ていた。
何せ小さい時の記憶で、現実か夢かも分からない出来事だから、その子の詳しい顔つきまでは覚えていない。
ただ、その子はとても可愛くて、子供ながらに凄くドキドキした事は覚えている。
あれが俺の初恋だと言えば、そう言えるのかも知れない。
もしあの出来事が、現実だったらの話だけど。
それで、その女の子が板の向こうにある椅子にちょこんと座り、俺達の方を見た。
いや、見た、というより、俺達に見られていた、と言う方が正確かもしれない。
あの時女の子は俺達に見られて恥ずかしそうにモジモジして、こっちを見ようとはしなかったから。
するとそんな中、女の子の隣に一人の大人の女の人が現れた。
その人は背が高くて、ハイヒールをはいて、真っ白な白衣を着ていた。
白衣と言っても看護師さんみたいな格好じゃなくて、お医者さんみたいな格好だ。
もしくは何かの研究所の研究員みたいな。
歳は二十代半ばくらいで、雰囲気がどことなく女の子に似ていたので、もしかしたら女の子のお母さんかもしれないと思った。
そしてその女の人は俺達を見渡してこう尋ねた。
「あなた達は、この子の事、好き?」
この、よく分からない状況の中で、いきなりそんな事を聞かれて戸惑ったけど、目の前の女の子は可愛かったし、正直ドキドキもしていたから、俺はその時、コクリと頷いた。
隣のヤツも頷いていたし、恐らく、他のヤツらも頷いていたんじゃないだろうか。
すると女の人も頷いて、女の子を連れて部屋から出て行った。
次に気が付くと、俺達はまた別の、今度は教室くらいの広さがある部屋に来ていた。
ここにもやっぱり窓はなくて、壁や床はくすんだ灰色で、何とも不気味な感じのする部屋だった。
この部屋の向こうの壁にさっきの女の子が、壁に向かって立っていて、その隣に、さっきのお母さんらしい大人の女の人が、俺達の方に体を向けて立っている。
俺達はそこから二十メートルくらい離れた場所に集まっていて、その足元に、赤くて太い線が引かれていた。
女の人は何も言わなかったけど、その線を越えて女の子に近づいてはいけないような気がして、誰もその線を越えようとはしなかった。
線のこっち側には、俺を含めて十人くらいの男子が居た。
学年はバラバラっぽかったけど、皆小学生だったと思う。
さっきまで一緒にかくれんぼをしていた友達ももしかしたら居るかも知れないと思ったけど、ここにはいなかった。
ここに居る男子全員、俺が知らないヤツばかりだった。
それは他のヤツも同じみたいで、誰もお互いに喋ろうとせず、ただただこの状況に戸惑っているみたいだった。
という事はこいつらも、俺と同じでいきなりここに連れて来られたんだろうか?
そんな事を考えていると、女の人が、まるで学校の先生のような口調で言った。
「それでは今から皆さんに、『坊さんが屁をこいた』をしてもらいます!」