オフストリートwith偽物
なろうラジオ大賞2への応募作品です。年齢制限はありませんが不穏な内容です。
中年の男は汗をかく。それは運動をしたからではなく、目の前に立ちはだかる障害、もしくは運命と決着をつけざるを得ないからだ。果たして乗り越えられるのか。それは誰にも分らない。誰も結末を知ることもない秘密の対決。精神的に追い込まれたのならば、冷や汗の一つや二つは流れて当然であった。その彼は路地裏に立っていた。パリッとした新品のシャツの上に高級なスーツを着込んで、内心はどうであれ井出立ちは堂々としていた。
都会の雑踏とは無縁な路地裏に人が通ることは滅多にない。前日は雨が降り、水はけの悪いこのエリアも不快な湿気で包まれていた。汗をかいているのはこのじっとりとした空気も関わっている。足元の水たまりは日が差し込まないせいで何日も前からそこにありそうだ。
遠くでカランと音がした。どこから鳴っていて、何の音か知る由もない。都会ではありがちな音だ。誰も意識して聞かないだけで、こういった路地裏ではよく聞こえてくる。
室外機の音が耳障りだ。頭上にいくつも設置されたそれらは夏の外気温に負けずビルの内部を冷やし続けている。
彼の目の前に立ちふさがるのは一人の人間。背格好や服装、おまけの顔まで似ており、そっくりと呼ぶには不気味なほど同じだ。その男と出会ってから、こうして向かい合ってからそう時間は経っていない。
お前は誰だ、そう思っていると偽物が答えた。俺が本物だ、と。考えを読まれて男はさらに動揺する。握り込んだこぶしは震えているものの、それは恐怖だけではない。もしかするとこれはここだけの千載一遇のチャンスではないかと思い始めたからだ。
男の職業は世間から褒められたものではない。大物となった今では彼のことを尊敬する人間と殺意を持つ人間が同等に存在するほどだ。たまたま通ったこの道にいる同じ顔を持つ男の正体が何者なのかこの際どうでもいいことであった。彼をここで亡き者とし、本物になり替わろうとしている夢見るどこかの誰か、もしくは所謂妖怪の類だ。出会えば最後、死んでしまうと言われるくだらない作り話がここにいる。
しかし己の武者震いに気づいたとき、男は笑った。邪悪に、無邪気に、そして狂気を孕んだ大声を出して笑った。殺しに来た自分を殺し返して最後に残るのは自分の死体だけになる。死ねば自由になる。これから何でもできる。
これから始まるのはお互いの夢をかけた命の奪い合い。同じ顔をした他人同士だからこそできる情けのない殺り合いだ。