第一章 半妖の少年 気配の主
4.気配の主
大蜘蛛は洞窟に巣を作り子育てをする。気配を辿っていくとそこは前回の大蜘蛛を討伐した巣であった。
「雄の大蜘蛛が帰ってきてるね。それで巣の荒れ果てた様子に怒ってるみたい。前大蜘蛛を狩った時はちょうど入れ違いにだったみたいだね」
そういうと洞窟の中に姫様は入っていった。
「僕が先導致します。姫様は後ろについてきてください」
「ユキは炎を出せないよね。それでこの暗い洞窟の中をどうやって進んでいくつもり?いつも通り私の後ろに隠れてて」
姫様の唯一の護衛ということもあり見栄を張ったが、すぐに正論で却下されてしまった。…これではどちらが護衛かわからないではないか。確かに不知火家の生まれではない僕は炎を灯すことはできない。がそれならと周囲の警戒だけでもと注意を洞窟へと向けた。
姫様が周囲に青い火の玉を浮かべ洞窟を照らす。洞窟内には消し去ったはずの瘴気が立ちこめていた。それを気にもせず姫様は先へと進んでいく。そして洞窟の一番奥、以前大蜘蛛が巣を作っていた場所にそいつはいた。
「アァ..ダ、ダレがオレのスを‥ユ、ユルサナイ‥‼︎」
辿々しい言葉で雄の大蜘蛛が叫んでいる。体長はゆうに5mは超えているだろう。明らかに異質な存在であった。気付かれたら即戦闘であろう。腰に下げている小太刀をいつでも抜き取れる準備をする。
「巣を焼き払ったのは私だよ?」
奇襲も出来ただろうがわざわざ正面から大蜘蛛に対峙する。武力だけでなく、精神的にも姫様は圧倒的強者であった。正々堂々、卑怯なものは好まない武士道精神がか彼女には宿っている。
「キ、キサマがオレのコドモタチを‼︎」
大蜘蛛は姫様を目に入れるや否や口から大量の糸を吐き出す。たちまち彼女はサナギのように繭に包まれてしまうが慌てる様子はなかった。刀を抜き一太刀振るった。瞬間大量に吐かれた糸が青い炎に焼き尽くされる。一方的な殺戮が開幕した合図でもあった。
僕はそれを横目で見ながら周りの小蜘蛛たちの処理にかかる。腰の小太刀『白錆丸』を抜いても刃が光ることはなかった。なんせボロボロの錆びた刀身である。この刀は半妖である僕のために鍛えられた刀だ。僕に妖の血が流れていることは不知火家でも限られた者しか知らない。知る者は三人、不知火家の当主と姫様の姉、そして僕を担当する刀鍛冶だった。その刀鍛冶から渡された刀が『白錆丸』であり、そのままの姿では木の棒でさえ斬れないだろう。妖力を上手く注ぐことで初めて刀として役割を果たす、つまり妖力の鍛錬用の刀であった。
「はぁっ‼︎」
妖力の制御に意識を割きながら、子蜘蛛を蹴散らしていく。妖の大将と戦っている時に邪魔が入ることを姫様は嫌っている。一対一の勝負を彼女は望んでいる。しかし妖はそんなんこと知ったことではないので毎回護衛がそのシチュエーションを作ることが主な仕事となっていた。例にも漏れず今回も邪魔にならない様、注意しながら子蜘蛛の数を減らしていった。
「これで終わり?」
子蜘蛛をあらかた掃除しきった頃、姫様から敵を煽るような言葉が発せられた。小蜘蛛を相手にしながら確認すると既に大蜘蛛は満身創痍である。脚は何本かは無くなっており、残りもあらぬ方向に曲がったりしている。立っているのがやっとの状態だ。
「オノレ..ニンゲンフゼイが!!!!」
大蜘蛛が呪詛のような言葉を吐き、最後の力を振り絞り捨身の攻撃を姫様に繰り出した。しかしそれを軽くいなし大蜘蛛の巨体をかち上げながら全身を青い炎で焼いていく。完全に大蜘蛛は絶命していた。
「あっ」
突然、姫様の口から抜けた声が漏れた。あれ?大蜘蛛の体がどんどん大きく..そう思った時には遅かった。姫様が刀で空中に飛ばした大蜘蛛が燃えながらこちらに迫ってくる。子蜘蛛を相手にしているため避ける余裕がない。どうにか直撃を逃れるため、白錆丸にありったけの妖力を注ぎ込む。しかしその瞬間は訪れなかった。
「雅、ちゃんと周りを見ないと危ないじゃない」
「姉様‥」
そこには雅の姉である不知火 紅がいた。どうやら彼女が大蜘蛛から僕を守ってくれたようだった。そしていつも通りの言葉が発せられる。
「まだ大蜘蛛の主が生きていると情報が入ったから来てみれば、護衛も付けず二人っきりだなんて。雅、ユキト君帰ったらお仕置きね」
姫様に似た有無を言わせぬ笑顔がそこにはあった。
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