夏を想う序章
「暑いねぇ」
「そうね」
夏が好きだった。例えばアイスとか、例えばラムネとか。大きな入道雲の浮かぶ海なんかは、本当に大好きだった。青春という言葉が似合う夏が殊の外好きで、自分好みの夏を見つけて誰かと共有するのが楽しかった。
誰もが夏を愛していた。夏を待ちわびるように秋冬春を過ごし、6月1日のテンションは何ともくすぐったい気がした。明確に6月から夏だと決まっているわけでもないのに、衣替えがあるからだろうか、気分も周りも、夏色に染まっていっているような気分だった。
「ちょっと、サイダーが甘いかな?」
「ただの炭酸水でも良かったかもしれないわね」
中学三年生ともなれば、受験を控えた同級生らがピリピリと殺気を帯びてくる時期だが、幸い通う学校が中高一貫校で、面倒くさい受験を回避できた。中だるみを感じさせないメンバーに囲まれているからか、いつもと変わらない日常が続いていた。
学年最底辺でギリギリを争う2人に、学年一位で殺気立った戦争をする2人、真ん中を狙っているのかと思うほど安定している1人の5人で、アイスを片手にする夏の試験勉強が、案外好きだった。夏が絡んでいるものは、結局全部好んでいた。体育祭は、保護者席で見ていたいな、とは思うのだけど。
「あ、アイスは?結構似合うんじゃない?」
「貴女ねぇ、全部の夏にアイスを合わせないの!貴女が食べたいだけよね?」
「あれ、バレちゃった?でもほら、想像してみてよ。……どう?」
「……バニラアイスを1つ、お願い」
「えっへへ、は~い」
都会から見れば田舎なのだろうけれど、田舎から見れば立派な都会。そんな町にだって、幻想的な夏は訪れる。青春とは言えないような夏休みの過ごし方も、自分から見れば立派な青春だ。入道雲を「モクモク」という表現だけで済ませるのが勿体なくて、皆で必死に考えてみたことがある。結果、「モクモク」じゃない。「ぶぉくぶぉく」だ!なんて言うくだらない効果音に決まった。
5人の中には、この年でも様々な経験を積んできた人がいる。人生の先輩なんかではないのに、どこか先を行く、先を見る瞳をしている人がいる。その瞳を信頼しきった瞳もある。でも、どの瞳も見つめている先は、変わらない「夏」だった。
「ねぇ?」
「ん?」
「わたしたちの共通点ってさ~……『夏』くらいなのかな?」
「案外、そうかもしれないわね」
「だよねぇ……」
「垂れてるわよ」
「え?ぅあぁっ!」
出来れば、高校三年生くらいまで、ずっと皆で「夏」を追い続けたいな、とか思いながら、バニラアイスを舐めていた。だから、高校二年生の夏になったら、皆でバス停の「夏」を見に行く約束も取り付けた。皆と離れたくなくて、「夏」という共通点を死ぬ気で死守した。同時に、皆の夏が知りたかった。密かに、皆の夏ノートなんてものを作った。1人1冊。まだまだ探求できるのだから。
だからせめて、バス停の「夏」を、見に行きたかったよ。
誰一人欠けることなく。
高校二年の夏に。
何事も、起きずに―――
〈随分と起きるのが早い事。〉