第十三話
あの後、僕らは思いっきり騒いだ。画面を引いたら、さもサザエさんのエンディングのように、家が伸びたり縮んだりしてるんじゃないかっていうくらいはしゃいだ。
母さん自慢の大盤振る舞いな料理を貪り、食べ終わった後はトランプやビンゴ大会など、どれも普通の遊びであるけれど、あの時はとんでもなく面白く、最高だった。
二度と来ることのない時間とわかっているけれども、僕は寂しく思わなかった。これからも、何気ない時間を、彼女らと楽しく過ごしていくのだろうということに、胸を弾ませていたから___
___もう、もとの世界に帰らなくていいんじゃないかと、思い始めていた。
天国のようなあの時間も去り、ふと気づくと今は二十四時を回っている。
お開きになって、片付けも済んで。
僕は普段どおり寝室の床に布団を敷き寝ている___のだが。
「狭すぎるだろぉ!!」
なんと僕の寝ている菜々&野乃姉妹の部屋は今、僕含めない四人の寝息に包まれていた。
この状況が生み出されてしまったきっかけは、三時間ほど前に遡る。
「「ごちそうさまでした!」」
僕らは食事を終えると、パンパンになったお腹を抱え、ある程度の片付けを済ませ、食卓からリビングに向かった。
と、そのとき___
ピンポーン♪
と軽やかな音が聞こえてきた。今思うと少し忌々しいチャイムであった。
「あ、ちょうどいいタイミング」
「誰か来たのか?」
「別に誰も来てないよ」
「来ただろ!今鳴ったよ!!インターフォンが!!!」
しらばっくれて本当に出ようとしなくなった野乃を無理やりソファーから立たせ、玄関へと送り出す。
宅配とか、別に色々理由はあるだろうから気にせずにいたのだが、
「こんばんわ~。さあ、あがってくださいあがってください♪」
という野乃の可愛い声が聞こえてくると、ドキッとした。
ええ、なんか近所の大人とか呼んだのかな。そんな大げさなことはしないか。といっても僕まだこの家に来たばかりだし、なんか知らない人が来ると気まずくて___
「「「おじゃましま~す」」」
............は?そ、そんなことが......ごくり。
そして。
「はぁぁぁぁああああああ!?!?」
集まったそのメンツを見て、僕は絶叫した。
「で。あなた方共はなぜ来てしまわれたというのだ」
今までたくさん関わりを持ってきた友達であるはずのに、向こうは自分を知らないという状況を、想像できるだろうか。
それも、失ったとかではなく、端から存在しない記憶。
まったく。僕は知りたかった。
___いやこれどんなふうに話したらいいんだよ。
その結果出てきてしまった言葉が、先のつたない台詞であった。
「えと......その......ししししし新崎、舞衣......です......っ」
「あはは!こいつは新崎舞衣だ。っんで、俺が瑛太。苗字は佐久間だぜ」
瑛太がニシシと笑みを浮かべ、ぷるぷると震え床を見つめて固まってしまっている舞衣の頭にポンと手を乗せ、代わりに自己紹介をしてみせる。
んだよこっちでもこの二人のもどかしい関係は健在かよ。崖っぷちに立たせて脅したりでもしない限り、きっとどちらからも気持ちを言い出せない。
そして、もうひとり忘れてはいけない。
先程から痛いほど感じている、ぶすりと刺さる刺々しい視線。明らかに警戒心むき出しな眼球がこちらを向いている。警戒心よりも、破壊神の素質出ちゃってるよ。怖いよ。
彼女の閻魔大王のような威厳に思わず、(頼みますから地獄には送らないでくださいという意味も込めて)「よろしく」と頭を下げてしまう。もちろん返ってくるのは......
「ふん」
「あー知ってたさ知ってたとも。僕が頭を下げると君はその反応をするんだよね経験済みなんだよだから別に傷ついたりしないし」
早口でそうまくしたてる。まあいつか会った日は、一回目無言スルーだった覚えがあるから、まだマシになったと思う。本当はちょっぴり寂しいところもあるのだけれど、これからまた仲良くなろうと胸に誓う。
「俺たち、菜々に誘われて来たんだぜ」
そう言われて菜々の方を見ると、誇らしげに胸を張って、
「そうなの!三人を誘ったら、全員から『ぜひ会いたい』というお返事をもらったから、こうして来てもらったの」
「全員から?」
それは素直に嬉しい。けれど、一つ気になって仕方がないのが......
「なっ!?私はあれよ!菜々とどどど同棲してるなんていう男が、悪さをしないやつかどうかを、見極めに来ただけよっ」
ちらっと目線を送ると、『ビクンッ』とはね、唇を尖らしすかさず弁解してきた。
もし僕と鈴がこの世界の肩書通り初対面であったのなら、彼女はただの『悪女』だな。よく友達できたよ、ほんとに。
「ええ?じゃあ鈴ちゃん、おにーちゃんは悪い人じゃないよ?それがわかったから、もう帰る?それとも、妹の、ののが言っても信じれない、かな......」
野乃がもじもじと、鈴の言葉を正確に捉えた返答をする。性格も正確に捉えている。鈴はああ見えて実際優しい心の持ち主なのだ。妹の、あのわざとらしくも悲しい顔を、無視できるような汚い器は持ち合わせていない。
「むぅ......し、仕方ないわね。和、あなたは今日から友達よ」
一瞬悩んだようが、やはり野乃のあの眼差しに勝つことはできず、開き直った様子でそう告げた。
いやむしろ開き直ったときの鈴は誰よりも清々しく、漫画だったら後ろに大きく『ドヤァ』と明記されそうなポーズで”言い放った”。まあこの人の場合、『ふふ、私の友だちになれたのよ、光栄に思いなさい』的な感情で満たされてそうだけれど......
あと、先程の問題は解決した。
Q:大海鈴は、どのようにして友達を作っていたのか。
A:友達に”なってあげてた”。
「あ、あぁ。こちとら、友達と呼べる存在ががまだいなくってな、すっごく助かるよ」
鈴は、「ハッ」と鼻を鳴らし、腕組みをしている。うんうん、わかる、このときの鈴は、「人のためになにかできたことが清々しい」って思っている。繰り返すが、鈴は、根は優しい。そう、”根”は。
「ある程度、話は聞いたぜ、菜々から。まだこっちに、その、飛ばされちまったばかりなんだろ?友達がいねえのも無理はないわな」
仮に飛ばされてなかったとしても、僕は友達なんてそういないけれど......それは伏せて。
「えっと、和、寂しいだろうから......力になりたいなって思って......もし嫌だったら、ごめん」
菜々の方に視線をやると、申し訳無さそうにつぶやいた。珍しく下を向いている。
あまり口外してほしくはないけれど、でも彼らなら信頼できる。
だから、
「ありがとう」
とだけ言った。