第一話
二〇二〇年四月二十五日。佐々木菜々は、その短い生涯の幕を閉じた。享年、十八。
彼女の寝顔は、皮肉にも、とても安らかであった。
「なんで、なんでだよっ......っ......」
そうぼやきながら、部屋を包む嗚咽に紛れて僕は涙を拭った。
いや、よく考えれば。なぜ僕はこんなにも悲しんでいるのだろうか。もうわかっていたじゃないか。菜々はもう長くないと知っていた。むしろ、少しでも長く生きてくれてありがとう、ではないのか。そもそも僕が、何もしてやれなかったせいなのだ。
もはや自責の念でしかない、意味を持たない気持ちが、堰を切ったように溢れてくる。
僕の隣には、瑛太、舞衣が順に座っており、もうひとり彼女の親友であった鈴が、もう動かない彼女を抱きあげ、声を上げて泣いている。
そうだ、僕もそうしたい。大きな声で泣いてしまいたい。この場に崩れてしまいたい。帰ってきてくれないか、もういっかい僕の前で笑ってくれ。悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい____
いつのまにか、僕は眠っていた。
二〇十八年四月八日六時二〇分。佐々木菜々は目を覚ました。
「くっはー!んんんんん......」
カーテン越しに部屋に差す柔らかい日差しが、朝を伝えた。寝ているときに縮こまった体を、ぐぐっと伸ばし、体を覚醒させる。
ぽん、と二段ベッドの二階の方から飛び降り、いつもどおり二段ベッドの一階の方で寝ている妹を起こしに___
「あ、ねえちゃんおっはよー」
「きゃーーーーーーー!」
はあ、びっくりした。なんで起きているんだよ、そう言うと、ハシゴって知ってる?と返され、私の負けを確認。
「今日ねえちゃん入学式でしょ?ののも行くから早起きしたの。もしかして、忘れたの?ねえちゃんが行かないなら私入学しちゃうよ?」
はぁ、と呆れたようなため息を漏らしながら野乃は言った。
忘れるか!青春への駆け出しのスタートラインである高校生活の入学式を欠席するようなやつは高校生活なんてすすめる資格はない!
......なんだかオタクみたいね、楽しい♪
ともかく、今日は櫻井高校の入学式。私の妹、佐々木野乃はまだ小学六年生というのに、早くも櫻井高校をロックオンしている様子。
部屋を飛び出しタオルを準備、洗面台の蛇口をひねり冷水を顔に叩きつける。意識が完璧に覚醒した。
顔を洗い終わるとすぐさま階段を駆け下りパンをトースターに入れダイヤルを回す。そして階段を駆け上り制服に着替える。パジャマを脱ぎ(捨て)、ワイシャツに袖を通す。スカートに足を入れ体側に沿ってファスナーを閉じる。ぶ、ブレザータイプ......セーラー以外着たことないよー!制服なんてジャージでいいのに。
すべての着替えが終わると、着慣れない感じに少しそわそわした。
「よし!」
完了!
そして食卓に戻った頃にはいつもどおりちょうどよい焼き加減に___
「なってない!?」
うわー、しくじった。今日初めて着る制服なんだからいつもどおりいくはずないじゃない!でも焼いちゃったし......ほぼ炭と化したそれを、恐る恐る口にする。
がりっ。うわ苦っ......焦げ焦げだよ!
顔に「苦っ」と大きく書いてある私を見て野乃が吹き出す。
「ぷぷっ。あははは、ねえちゃんの真っ黒だ」
うわー悔しい。野乃のパン、なんかすごいいい焼色なんですけど!?けち。焼いてたのなら一緒に出してくれたっていいのに!
もし私が癌になったのならきっと原因はこれなのだろうと思うくらい焦げたパンを、晴れ舞台の朝から食べることになった。
私は髪の毛に時間をかけない。クシを入れ毛を揃え、多少乱雑にまとめ、持ち上げてゆき、耳の横辺りで結ぶ。それだけ。手ぐしだけでもほとんど揃ってくれるこの髪の毛を生やしてくれた両親には、とても感謝している。そして、結ぶのに使うのはいつも決まって赤いリボンのついたヘアゴム。
『真っ赤なおひさまのように、明るく育ってほしいねえ』
おばあちゃんの口癖だった。
「はぁ......」
なぜかため息が漏れた。緊張、してるのかな。
そっと胸に触れる。
女の子とか関係ない。天真爛漫、活発發地。高校でも今の私のようにに振る舞わなくっちゃ___
二〇二〇年四月二十六日。小泉和は目を覚ました。
「ここは___」
目の前にあるのは......建物?大きいな、病院か?いや、違う。学校?あ、櫻井高校だ。僕の通っている。
櫻井高校は県内でもかなり大きい学校である。難関私立大学合格を目指す学校であるだけあって、部活は基本的に嗜む程度。と、よく言われるのだが、実際そんなこともなく___
いやまて、どうして僕はここにいる?昨日のことを思い出す。あのあと、僕が寝てしまってから何が起こったのか。わからない。自分でここまで歩いたきたのか?誰かが運んだ?今日はどちらにしろ休日であるからここに来る意味もない。じゃあなぜ制服を着た生徒が歩いている?考えろ、考えろ考えろ___
「どうしたの?」
背後から聞こえたその声。僕はとっさに振り返る。
芯があり、でもどこか透き通るような可憐な声。どんな悪魔でも、この声を聞けば浄化してしまうんじゃないかと思わせる、そんな声。
聞き覚えのあるそれと、見覚えのある顔が一致した時___
僕は言葉を失った。
佐々木菜々はいつもどおり学校へむかう。
「同じ地区の友達」と呼べる人がいないため、ここ二年間、一人で通っていた。
人通りのないこの道。に今日は珍しく人が立っているのを見て、なんだか嬉しくなった。
男の子、同い年くらい?櫻井高校の生徒だろうか?三年生ではないしなー。
えと、初対面の人に話しかける時......どちらさまで?いやいや、硬い硬い。はじめまして!うーん。おはよう?第一声が思いつかな___
「あれ?なんか様子がおかしい......?」
ふと気づいた。
自然と、菜々の足取りは彼に向いた。
「おーい」
「______」
「きーこーえーてーるー?」
「______」
そして聞く。
「どうしたの?」
と。