【短編】彼女は今日、卒業する。
閲覧ありがとうございます
短いものですが、読んでいただけると嬉しいです
今、式が終わった。
涙するもの、
「おめでとう」と肩を叩くもの、
頭を下げてこれまた抱き合ったりして。
「はー、そっか」
彼女はぽつり、つぶやいた。
「...バイバイ、なんだ」
またまたぽつり、つぶやいた。
あなたはこの学校で何を学びたいですか?
学びたいことなんて、ちゃんと教えて貰えなかった。
趣味はなんですか?
その趣味さえも、この3年で消え失せた。
どうせ、どうせまた、侮辱するんだろ。
私の意見なんて、どうせ。
お前は、数学が得意なんだな。
なぜか、耳元が暖かくなった。
いままでそんなこと言ってくれた大人なんていなかったのに。
へー、絵が上手いなぁ。
『え?』
『あ、いや。ごめん、見て欲しくなかったか』
『いやえっと...。』
あれは、秋の時か。
1年生の、秋。
校舎裏で一人、誰にも見られないように、
スケッチブックに色を当てていた。
たまたま、タバコを吸いに来た先生が、
空気のようにいつのまにか横にいた。
『見ても価値ないですよ、こんなの。』
思わずパタンと閉じる。
『そうか。大丈夫、もう見ないから。』
そう言って彼は、裏門を出ていった。
2年生の春。
校舎に大きな桜が咲いた。
満開の淡紅色。
静かに落ちた花弁をみつけた。
そっとすくい上げて、
『今日はこれにしよう』
今日のテーマが決まった。
今日は桜の花びらかぁ。
『悪いですか』
『いや、いいじゃんそれ。きれいだな。』
先生は相変わらず、タバコ摂取人間。
カチッと火を灯して、
口で器用に息を吐きながら、
咥えたフィルターに火をつける。
ほぼ毎日、この場所に来て、
ほぼこの時間、吸ってるものだから、
もうやり方なんて見飽きた。
スケッチブックに集中する。
この落とされてしまった花弁を、
私の手で鮮やかに表現してみせる。
2年生の秋。
突然クラスメイトに話しかけられた。
眼鏡の三つ編み少女。
『び、美術部...?』
『うん。よかったら見学来ないかなって...』
今年3年の先輩が居なくなったら、
残りは4人のみになるらしい。
たしか、部活動を続けるには最低5人いなければならない。って誰かが言ってたような。
『...なんで、わたしなの』
『えっ...それは』
彼女の目線の先には、あの男がいた。
タバコを吸う、えくぼがウザイあの先生が。
3年生、春。
やっぱり才能あるね〜。
『え?』
『いいなぁ...。私もそんな色出してみたい...』
『えっとこれは、この色と』
部活に入ってから、毎日が夢のように楽しかった。
好きなことを共有する。
したくてもできなかったことが、
ようやくできた達成感。
『満開だねぇー』
『ほんと、満開...』
3年生、夏。
三つ編みちゃんと別れを告げて久々に、
この校舎裏に来てみた。
いつもの、あのいつもの定位置に、
しりを着いて座った。
でも、先生はいない。
だって今は、職員室だから。
ほのかにあのタバコの残り香を感じた。
ミントですこし鼻がツンとする。
カバンから、
スケッチブックとえんぴつを出して、
絵を書いた。
『先生』
あっという間に終えていた。
タバコを片手にこちらへ振り向いて、
ウザイえくぼをみせてくる、
彼の、似顔絵。
それ、俺?
『え?』
頭の上から声がして、
思わず顔を上げた。
ごつん
『痛っ!』
とんがり鼻に額が当たった。
鼻を抑えてうろたえる先生、
たぶん真っ赤になった私の額。
『先生?!会議は?!』
『抜けてきた』
『なんで?!』
『だって...つまんねーから』
つまんないからって...。
先生はそれでよく怒られないな...。
『なぁ』
すると突然先生は真剣な顔で振り返った。
『絵、向いてるよお前。』
『...なに?』
『ふはっ、ホント鈍感だなお前は』
あの日は、いつもより、暑かった。
『絶対向いてるよ、教師』
先生はその日から、学校を辞めた。
3年生、秋。
冬なのに、例年より、暖かい。
あれから一度も来なかった、校舎裏。
奥さんの産休と突然の転勤が重なって、
先生にお礼も言えずに、
終わった。
だから、来なかった。
胸が痛い。
来ると、胸が苦しくなるから、
来てしまうと思い出しちゃうから、
来なかった。
なのに...
去年から好きでした。
僕と、付き合ってください。
2年生からの突然の告白。
よりによって、ここでなんて...
『ごめん』
『えっ』
『別に、君が嫌いなわけじゃないの。でも私...』
好きな人、いるから。
『そ、そうですか...』
言っちゃった、言ってしまった。
ずっと、自分を騙して、ここまできたのに...。
彼が帰ったあとも、彼女は一人、門外を眺めていた。
3年生、冬と春の間。
式が始まった。
ざわめく周囲の中で1人、
スカートのしわをなおす彼女は、
目だけを動かして遠くをキョロキョロ、
沢山の頭の隙間から覗き込んでいた。
今日は、卒業式。
両親はもちろん、他の滅多に顔を出さない大人たちも現れる式典だ。
そんな式典に、過去の先生たちが、
顔を出さないわけがない。
彼女はそう思っていた。
中学校の卒業式に出なかった彼女は、
少なくとも、そうじゃないかもしれないけど、
そうだと信じていた。
校歌を歌うため、前に出る。
ところが目の前には親たちと知らない大人たちばかり。
席に戻っても、背中を伸ばして前を向くことしか出来ない。
探しても、みつからない。
今、式が終わった。
涙するもの、
「おめでとう」と肩を叩くもの、
頭を下げてこれまた抱き合ったりして。
両親の手を取って抱きしめた。
それでも心が満たされない。
嫌いじゃない、嫌いなわけじゃない、だけど...
『ーー先生〜!』
彼の名前が聞こえて振り返った。
彼だ、変わらない。全然変わらないあの背丈。
「先生!せんせっ...」
だけど傍らには...
淡紅色のスーツ姿の女性と、
可愛くてちっちゃい男の子。
「はー、そっか」
彼女はぽつり、つぶやいた。
「...バイバイ、なんだ」
またまたぽつり、つぶやいた。
「先生は、先生は、...お父さんなんだ」
頬にぽつり、なにかが零れた。
あれ、なんでだろ。
胸が苦しい
あの日と同じ
胸の痛み
『久しぶり』
「『え?』」
目の前には、大きな男性。
ウザイえくぼが、微笑んでいた。
「せ、先生...」
「でかくなったなぁ〜」
そうやって頭をポンポン、またそうやって優しくする。
だから私は、私はね、先生。
「幸せなんですね」
「ん?...ああ。そうだよ。今が1番幸せ」
もうあたしは、あなたから、卒業しなくちゃいけない。
「可愛いですね、あの子」
「あぁ、息子だよ。」
ぼく、ぜったい幸せなるんだよ。
こんないいお父さんの息子に産まれてこれたんだから。
「卒業、おめでとう」
...先生、そんなこと。
ダメ、負けちゃダメ。
あなたは、あなたはもう、卒業しなくちゃいけないの。
「ありがとうございます。」
そう、それでいい。
そして...
「先生、これ」
カバンに入れていた小さなポストカードを、
先生に渡した。
「これは...」
「出来たてホヤホヤですよ。今朝描いたので」
朝焼け、
今朝の朝焼けは、
特にきれいだった。
まんまる太陽が顔を出したその瞬間、
先生を描いた油絵を、
すべて破った。
これで最後。これを渡したら終わり。
でも、それでも式中、探していたのは、
自分がまだ弱いから。
まだ期待してたんだ。
でも、目の前の、
私の絵を見て、
あの時みたいに目を輝かせている姿を見たら、
思ったよりも吹っ切れた。
もっと辛いと思ったのに。
「やっぱ向いてるな」
先生はまっすぐな目をして言った。
「なるんだろ、教師。美術の先生に。」
あなたに言われたからじゃない。
だけど...
「『はい!』」
先生は安心したように微笑み、
一度頷くと、
家族のもとへ走り去っていった。
「これで、いい」
高校生活3年間。
この3年で、私は色んなものをもらった。
基礎的知識、大切な友達、新たな特技、...夢。
彼女は今日、卒業する。
この学校から、そして、先生から。
END
ありがとうございました!
コメントお待ちしております
さゆきち