記憶
風の音で目が覚めた。
自分の下からとんでもなく強い風が吹いている。
ここは一体どこだろう?
体を動かそうとした時、自分が空中にいるということを知った。
耳元で風がびゅうびゅうと鳴っている。
辺りは薄暗く、めぼしい情報は得られない。
しかし、自分はこの状況にどこか慣れているようだった。
ふと、先程の夢が頭をよぎる。
夢の中で感じた、あのあたたかい感触を思い出す。
どこかで見たことがあるような景色だった。
しかし、いくら考えても地名や具体的なことは思い出せない。
かといって、なにも覚えていない訳では無い。
きっと、なにか、自身との大切な繋がりがあったはずだ。
そうだ、あれは...確か.......
自分の拙い思考は、身を貫くような轟音と骨が砕ける音によって掻き消された。
支えるものを失った頭が最後に見上げたものは、煌々と輝く月だった。
***
老人は、改めて少年の体を眺めた。
窓から射す月明かりがちょうどベッドの上を照らしていた。
ズタズタに裂けたベストからは綿が飛び出し、酸化した血で赤茶色に汚れている。
至る所に刺し貫かれた跡があり、内出血している腕や足はおぞましい色を呈している。
しかし驚くべきことに少年の口―喉かもしれない―からは微かな呼気が漏れている。
安らかで、幸せそうな表情をしていた。
やがて老人は立ち上がり、枯れ木のような腕で杖を掴むと、しばらくもごもごとどもった末に、
「可哀想に...」
と一言言うと、石の床に杖の音を響かせながらどこかへ立ち去って行った。
ほとんど使い切ってしまった包帯と、小さなナイフを残して。