バレンタイン・デート
二月十四日、バレンタイン。よく知られた日であり、恋人と過ごす代表的なイベントの一つだ。
もちろん、俺もそうするつもりだ。つまり恋人もいる。と言えば少し違うかもしれない。付き合ってはいるが、恋人とは呼べない相手なのだ。
時は一ヶ月前に遡る。その日俺は、クラスメイトの少女に告白をした。
「藤代くん、でしたよね? 何か用ですか?」
彼女は、よく知らないクラスメイトには敬語で話すような人で、クラスでは目立たないが、物静かでいつも本を読んでいる。その分勉強もできるし知識もあって、誰かに何か聞かれれば丁寧に教え、学校行事も裏方などに積極的に参加している。そして何より、可愛い。
「あの、俺はお前が好……で、だから……俺と付き合え!」
恥ずかしさの限界点を突破して、なぜだか不遜なものになった俺の告白を、彼女はしばらく考え込んでいた。
断られても不自然ではないと、我ながら思う。しかもはっきり好きだと言えていない。こんな上から目線な告白、断られて普通だ。
「あたし、あなたのことをよく知らないから、恋人になることはできない。だけど、それだとあなたの誠意に応えられないと思うから、行動を共にするって方の『付き合う』からでもいい?」
彼女は、そんな中途半端だがあの告白からしたら充分上等な返答をくれたのだった。
欲張りは言えない。俺の告白の方が酷いものだったからだ。
そのまま連絡先を交換し、なんとかフォローをしようとメッセージを送ったが、考えたことそのままを書き連ねてしまったメッセージは、読み返すと気持ち悪いくらいの長文になっていた。
後悔しても後の祭り。すぐに既読がついた。
数分後返ってきたメッセージは「丁寧な説明をありがとう。あの時はぶっきらぼうな人かと思ったけど、あなたは口下手なだけなんだね」というものだった。
そう。俺には思ったことをそのまま言えず、照れ隠しに高圧的な言葉遣いになるという悪癖がある。お陰さまで孤高という名目の友人の少ないタイプだ。
同性で気心の知れた相手ならばまだ大丈夫なのだが、異性や知らない相手となるとご覧の通りなのだ。
そんなこんなで、俺たちの関係はなんとか一ヶ月続いた。彼女に愛想を尽かされなかったのは、もはや幸運としか言えない。
「話してみると、律紀って普通に親しみやすい感じだよね。みんな知らないなんて、もったいないな」
「千絵こそ、けっこう人を見ててくれるから……。……ふん。せいぜい今だけ、優越感に浸ってればいいだろ」
なんでだよ!
気づいてくれて嬉しいと言おうとすると、俺だとこうなる。
一つ咳払いをして、気をとりなおす。
「あのさ、俺たちもうすぐ付き合って一ヶ月だろ。一応。だから、記念にデートして欲し……してやってもいいぞ」
どこまで上から目線なんだ、俺は。こっちは頼んでる立場なんだから、普通はもっと下手に出るべきだろ。
「わかった、じゃあ二月十四日だよね。放課後そのままでいいかな」
「ああ」
よし、なんとか了承してもらえた。本当に、幸運以外の何物でもない。
そして当日。いつも通り一緒に教室を出て、街中へ向かう。
俺たちが付き合っているという噂はしっかり流れているのに、こうして並んで歩いても手さえ繋げないのが情けない。
というのも、まだ千絵から正式に恋人だと認めてもらっていないからだ。
あの日以来、その話もしない。一緒にいてくれるからには悪しからず思われてはいるのだろうが、それ以上はわからない。
しかし二月十四日、今日この日こそ素直に伝えられずに、いつ好意を伝えると言うのだろう。前日から準備だけは万全だ。あとは俺の悪癖が出ないことを祈るのみ。
「……紀。律紀ってば」
「あ、悪い。なんだ?」
「どこに行くの?」
「そうだな……」
放課後からではあるが、これはれっきとしたデートだ。プランは昨夜のうちに立てている。
「千絵の欲しい本、最近発売日だったんだろ? 買いに行くの、付き合ってやる」
まあ、ギリギリ及第点だろう。……語尾以外は。
「いいの? ありがとう」
よし。千絵の笑った顔が見られたなら、それでいい。
にしても、可愛い笑顔だ。教室では見せないような表情を独占できたのは、デートの特権だろう。
本屋から出ると、陽はほとんど沈んでいて辺りは暗くなっていた。そろそろちょうどいい頃合いだ。
駅近くのとある通りは、マゼンタのイルミネーションが輝いている。バレンタイン仕様のこれは、数年前から毎年行われているらしい。
これが俺の目当てで、千絵とどうしても来たかった場所だった。
去年ここで、大人気モデルの青柳 蛍がマネージャーに告白した。だからここでバレンタインに告白をすれば、そのカップルは幸せになれるというジンクスがある。
実際、青柳 蛍はまだそのマネージャーと付き合っている。だから噂とはいえ説得力がある。
「ここ……」
「ああ。千絵と、来たかったんだ」
通学用に使っているリュックの中から、昨日悪戦苦闘しながら何時間もかけて手作りしたチョコの入った箱を取り出す。
「千絵のことが、好き……だ。俺と、恋人として付き合ってください」
数秒間のはずの沈黙が、とてつもなく長く感じられた。
「……はい」
返事と共に歩き出した千絵が、そっと俺に抱きついた。遠慮がちだが、今までで一番近い距離に千絵がいる。
「俺、ちゃんと好きって言えてたか?」
「うん。でも、バレンタインに贈り物を贈るのは女子の方かな」
「あ」
そうだった。すっかり頭から抜け落ちていた。
「だから……はい、これ」
俺の渡した箱と交換にもらったのは、綺麗にラッピングされたチョコのトリュフだ。おそらく手作りで、形がまちまちだしラッピングには飾りがついている。
「バレンタインに、男子にプレゼントするのって初めてだから、もし変だったらごめんね」
「いや、嬉しい。ありがとう、千絵。俺に贈れるんだから、光栄に思えよ」
……あ。
「ふふ。口が悪くなっちゃっても好きだよ」
「物好きだな」
やっぱり、この悪癖が直るのはもう少し先のことのようだ。