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#1 残弾は確認しろよ?

 乾いた風が少年の頬を掠めていく。幸いなことに"ヤツら"は彼らを見つけてはいない。


 遡ること数か月前、彼らははこんな通信を傍受した。


「東の果てに楽園がある。我々はそこで暮らしているものだ。ここにはパニッシャーも居なけりゃ機兵もいない。居るのは人類だけで、水も食料も潤沢にある。…全世界に告ぐ。これは天啓だ」


 たったこれだけの言葉を頼りに彼らは東へ向かっている。

 数十人の集団であったが、過去の遺物のお陰で今日まで生き永らえている。


「街が見えてきたぞ」


 大人の声が少年の耳に入った。彼が俯かせていた顔を前に向けると確かに街が見えた。大都市と言うには少し小規模だが、街と言うには十分な大きさに見えた。

 布の擦れる音と銃器が揺れる音と共に彼らは真っ直ぐに歩き続けた。

 太陽が真上を少し過ぎた頃、彼らは街に到達した。


 街に入ってしばらくして壊れた噴水のある開けた場所に辿り着いてから、指導者格とも言える男性が言った。


「よし、出来る限りの食料と水を確保してから安全地帯を探そう。パニッシャーはともかく、機兵には気を付けること。わかっているとは思うが機兵には衝撃シールドがある。銃弾は効かない。最悪の場合は電磁手榴弾でやり過ごすんだ」


 その時、少年は何者かの気配を感じた。ふと近くの家屋の屋根を見ると、そこにはヒトではない生き物がいた。"ヤツ"だ。そして青年は咄嗟に叫んだ。


「アレックス、上に!」


 小型の"ヤツ"はアレックスと呼ばれた男の頭に食らいつこうとした。しかし、男の反射神経は伊達ではない。彼は即座に上を見上げて身を捩り、襲来者の後ろに回った。そして太腿のホルスターから拳銃を取り出すと、慣れた手つきで安全装置を解除し、狙いをしっかりと定め二回引き金を引いた。

 鉛弾が"ヤツ"の脳天に突き刺さり、そしてその命を刈り取った。


「…俺を喰らおうなんて思ったのがお前の運のツキだったな」


 アレックスはそう捨て台詞を吐くと、仲間の方向に向き直った。


「見たか?この街にもパニッシャーはいる。十分な注意を払うようにしろ」


 彼が発言した矢先、そこにいた全ての人間が気配を察知した。誰もが武器を手に取り、姿勢を低くして警戒していた。


 やはりとも言うべきか、また別の個体が彼らの前に姿を現した。


「おい、こっちにも出てきたぞ」


 建物の中からもまた別の個体が現れた。この時点で全ての人間が今相対している"ヤツら"について理解した。


 この街にいる"ヤツら"は群れている、と。


「おいアベル、今回は安全装置を外してるんだろうな?」


少年の近くにいた男が言った。


「もうそんなガキみたいなヘマはやらかさねぇよ……で、いつ撃てばいい?アレックス、これ以上近づかれると…」


「…タイミングは指示する。今はまだその時ではない」


「女子供は伏せとけよ、流れ弾に当たって死にたくはないだろ?」


また別の男が言った。


「いくぞ…」


アレックスが指示を出した。


「さん…」


少年は腹筋に力を入れた。


「にぃ…」


男は照準を敵に合わせた。


「いち…」

男達は指を引き金に掛けた。


「今だ撃てっ!」


 小銃が一斉に火を吹いた。無慈悲な鉛弾が肉を裂かんとする音が街に木霊する。

 人類の叡智の牙が真っ直ぐに敵に向かっていく。牙は問答無用で敵の肉や骨に食らいつき、その血を啜った。そして薬莢が地に転がる金属的な音が響き渡る頃、"ヤツら"は叡智の前には成す術もなく斃れていった。


「…へっ、驚かせやがって…群れて生きるのは俺たちの方が巧いんだよ」


遠くで男が言った。


 その後すぐにアレックスが指示を出した。


「…弾薬もできる限り回収しておくべきだな。皆、水と食料はもちろんのことだが、可能な限り武器も調達しておこう。捜索が終わったらまたここに集合してくれ」


…………………………


 人々は各々街の探索を始めた。ある者は赤と黄色がよく映えるカラフルな建物に、またある者は煉瓦造りの建物に。


 少年は赤い十字のオブジェがある建物を探索していた。ガラスの破片が散乱していた他、古い血痕も多く、かつて此処で起こったのであろう惨劇は容易に想像できた。


 その建物には包帯などは手に入ったものの、食料の類いは一切無かった。


「…邪魔だなぁ、これ」


探索を続ける少年を遮るようにして無造作に積み上げられた椅子や机を退かしながら彼は呟く。それらを退かす度に砂ぼこりが舞い、咳き込みながらも少年は行く手を阻む壁を崩していた。すると彼の目に古びた銃が写った。


「あっ、これ使えるんじゃないかな?」


彼は古びた銃を拾い上げた。その途端にそこにいたのであろう羽虫が一目散に飛んでいった。


「うわっ」


驚いた彼は体勢を崩してしまい、尻餅をついた。その瞬間に椅子や机が音を立てて崩れ去った。


 おもむろに立ち上がった少年は壁の向こう側を目にした。息を飲む間も無く彼は此処で人が戦い、死んだという事実を把握させられた。

 別段この時代、こういった風景は珍しくはない。此処で息絶えた彼らは運が悪かった、というだけだ。


「何度見ても、こういうのは心に来るものがあるな…」


 少年は目を伏せると同時に、拾い上げた銃を見た。その銃はよく見ると銃口がひしゃげていて使い物にはならなさそうだった。


「なんだよ、使えないじゃないか」


そう言って彼は古びた銃を投げ捨てた。


 次の瞬間、銃声がした。距離は少年からそれほど遠くはなかった。少年は目の色を変え、踵を返して建物を出た。


 外に出ると同時に爆発音がした。誰かが手榴弾を投げたらしい。向こうから男が走ってきて、少年に言った。


「おい、今の聞いたか?…そうか、お前は無線を持ってないんだったな…。ここから北の方でかなりデカいパニッシャーが現れたそうだ」


「で、今の爆発は何なの?もうソイツが近くに来てるって訳?」


「その可能性は十分にある。とにかく急ぐぞ、今なら助けられる命もあるかも知れん!」


「わかった、急ごう!」


 数ブロックほど行くと、男の無線に通信が入った。


『さっきのは機兵が仕留めた。恐らくこの辺を縄張りにしてたんだろうな、こいつが死んでから機兵が東に飛んでいくのを見たぜ。多分だがこれでこの街のパニッシャーの相手はしばらくしないで済みそうだ』


「…だってよ、アベル。どうする?先合流地点に行っとくか?」


「そうだな…特にこれといった収穫は無かったし、戻ろう」


二人は集合場所へ向かった。道すがらに何か無いか探しては見たものの、目ぼしいものは何も無かった。

…………………………


 目的地に着くと、そこには既に捜索を終えた二人の仲間が多くいた。不運なことに、その生涯を終えた仲間もいた。先ほどの戦闘で"ヤツ"に殺されたのであろう。


 しばらくして、アレックスが戻ってきた。皆が彼の方を見た、その瞬間だった。


 数回地響きがした。人々は困惑した。うち数人は銃を手に取った。その時だった。ビルの根元から太く尖ったモノが現れ、アレックスを突き刺した。彼の肉体は引き裂かれ、その臓器が血と共に(あらわ)となった。


 一瞬の出来事だった。


 仲間のうちのある女が悲鳴を上げた。男達はビルの根元に銃撃をした。それにより刺激されたのか、太く尖ったモノの持ち主が人々の前に姿を現した。


 巨大な(サソリ)だ。その針こそ角のようになっているが、節のある脚部や特徴的な鋏はまさに蠍のものだった。


「怯むな、ぶちまけろ!!!」


雄叫びと共に銃撃は激しくなった。人類の牙は命令されるままに敵に噛みつく。しかしその牙は鎧を纏った断罪者には無意味だった。

 伸縮自在なその(つの)は次々と人間を貫いていく。ある者は脳天から、ある者は胸元から。死体が積み上がる中で少年は物陰に隠れていたが、頭上を針が掠め、目の前で匍匐姿勢をとっていた仲間が串刺しにされるのを見て、恐れおののいた。


「どうする…どうする…どうする…!」


少年は何度も繰り返し頭の中で呟いた。しかし、今の彼にはこの状況を打開する力が無かった。


 すると、遠くからエンジン音が聞こえた。少年が空を見上げると、白く輝く機体が風を切って飛んできた。


「機兵…!」


 それは断罪者と相対するためにヒトが作り上げたヒトに仇成すものの姿だった。


 複雑な構造の機銃を持つソレはホバリング飛行に移行し、その武装を断罪者に向けた。しかし、蠍とて無抵抗ではない。その針で機体を貫かんとする。機兵がエネルギー弾を発射したのと同時に蠍の針が機兵を貫いた。衝撃シールドは針に対する防御は出来ないらしい。一方で機兵のエネルギー弾は蠍を穿つことは無かった。


 だが、その一撃が狼煙となった。


 他の機兵が次々とやって来た。無機質に白光りするその機体群は遠距離からエネルギー弾を蠍に向けて発射した。


 その弾は確実に蠍に当たりはしないが、ひとたび当たればその甲殻を易々と引き剥がす威力を持っていることは少年の目からみても明らかだった。


 土煙が上がり、爆発音と電流の迸るような音、そして蠍の体液が飛び散る音が少年の耳に入った。


 数十秒もすると、土煙は晴れて、爆発音の中心には体液を撒き散らし事切れている蠍がいた。恐る恐る少年が物陰から顔を出すと、彼は白い機体と赤光りするレンズを見た。


 ほんの数秒が少年には永遠に感じられた。


 機械的なサイレンが響き渡り、永遠は一瞬に戻った。こういう時に少年は何をすれば良いかをよく知っていた。腰に提げていた電磁手榴弾のピンを抜いて機兵に向かって投げつけた。円筒が宙を舞い、破裂する。電磁波が機体のシステムを混乱させているうちに少年は近くの建物に逃げ込んだ。


 建物の中の机の下で小銃を握り締めて少年は息を潜めていた。窓からレーザー光線が見えることから、機兵が彼のことを探していることは明白だった。


「…俺もここで死ぬのか……。一目でいいから見てみたかったな、東の楽園ってやつをな…」


悲しげに少年は呟いた。


 斜陽が窓から覗くまでの時間を少年はその建物で過ごした。光線も見なくなり、何とかやり過ごしたと思い机の下から這い()でて外を見たその時だった。


 またしても彼は赤光りするレンズを見たのだ。


 急いで机を倒し遮蔽物にした途端に、窓ごと壁が吹き飛んだ。


「…っ!!」


 エンジン音が近づいてくる。少年は死を覚悟した。


「このまま何もせずにくたばるのは嫌だよな…!」


少年は小銃を構え、無慈悲な機械に向けて叫んだ。


「殺せるものなら殺してみやがれ!!クソッタレが!!!」


エネルギーの充填される音がした。少年は引き金を引いたが、銃が吠えたのは束の間、すぐにカチカチと弱々しく鳴き始めた。


「おい…マジかよ…。ほんと、ツイてないな…」


少年は銃を構えるのを止めた。そして目を閉じ、運命を受け入れた。


 ―――――運命を、受け入れた。


 鈍い金属音がすると同時に、エネルギーが充填される音が消えた。不思議に思って少年が目を開けると、機械は破壊され、ロングコートを来た青年がそこに立っていた。


「よう、小僧。お前運が良いな?」


そう言うと青年は機体から剣のような武器を引き抜き、少年に言った。


「次は残弾は確認しろよ?」



 これが、全ての始まりだった。

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