赤い実
夕暮れの校舎で先輩を見つけた。
夕日の当たる廊下に佇み、じっと中庭を見つめている。
何してるんですかと問いかけると、彼はすっと中庭を指さした。
「あれ、見えるか?」
何がですかと並んで中庭に目をやる。
中庭と言えば響きはいいが、実態は校舎と校舎に挟まれただけの
単なる狭い敷地。隅の方に木々が無造作に植えられているほかには
造作も何もない。碌に手入れもされていないような木々は、本数は
少ないものの、いつもどこか鬱蒼とした雰囲気を漂わせ気味が悪い。
今はそこに西日が当たり、光が影をより濃く際立たせていた。
特に変わったものはありませんね。
「そっか」
中庭から視線を外すことなく先輩を呟いた。
「やっぱ見えないか」
先輩には何が見えてるんです?
面白半分に聞いてみると、彼は真剣な横顔のまま言った。
「あの木にさ、実がなってるんだよ。ほら、あの手前の。
大きい赤い実がひとつ。林檎に似てるけど、それにしては
大き過ぎるし、なんだろうな、あれ」
目を凝らしたが、そんなものは見えない。
「赤くて丸くて、つやつや光ってて綺麗でさ。
食べ頃なのかな」
鬱蒼とした木に注がれる熱心な目。
「でもおかしいんだ。変な模様がついててさ。
人の顔みたいな。こっち睨んでるんだよね。
変な模様だなあ。…それにしても美味そうだよなあ。
食べてえなあ」
陶然とした口調。
何故だか嫌な寒気を覚えて振り仰いた横顔は、
夕日のせいか目がギラギラと輝いていた。
やめた方がいいですよ。それだけ言って背を向ける。
背後でだよな、と呟く声がした。
数日後、先輩は入院した。
夜中、急にもがき苦しんで意識を失ったらしい。
何の予兆もなかったので、家族は大変心配したそうだが、
幸い今は回復しているという。
ただ、時折、無性に林檎を欲しがる時があるそうだ。
貪る時の目は異常なほどギラギラと光っていて不気味だという。
人づてに聞いた話なのでそれ以上のことは分からない。