海姥
寧寧は生まれてからずっと山の中の村で暮らしていた。それもあの日家族を皆殺しされるまでの事だった。いまは村に伝わる石板に導かれるように龍が住まう島に行こうとしていた。そこで龍に出会ったらこの人の身体を捨て龍になりたいと願っていた。だけど、龍になったら何をするのかをまだ悩んでいた。皇帝の軍勢への復讐それとも・・・
気を失っていた寧寧が目覚めたのは薄暗い船倉ではなく狭いながらも清潔な寝具の上だった。その横には背が高いが大きな女が座っていた。その女は年の頃は五十代で顔に深いシワが刻まれていたが胸はかなり大きく手足もまた太かった。もし胸が大きくなく仕草を見たり声を聴かなければ女だとは思えない風貌だった。その女は、寧寧が乗り込んだ船の所有者であると後で知ったが、その女は海の民だということだった。
「お嬢さんたら、男の振りをして乗り込むんだから度胸あるよなあ。あのまま船倉にいたら野郎どもの餌食なっていただろうな。このわしがたまたま見に行っていなかったらなあ」
その女はそういって小さな器に入った薬が入ったなにかを飲ましてくれた。かなり苦かったが吐き出すと恐ろしい目に会うかと思い我慢して飲み込んだ。
「あのう・・・おいら、そのう、ばれているんですか? ばれているのにどうするのですかわたしを?」
寧寧は少したじろいでしまったが、それは相手の女が恐ろしかったからだ。昔、祖母から聞かされた山姥に似ていたからだ。でもここは海、では海姥?
「まあ、うちの船は運賃さえ支払ってくれたら誰でも乗せているからな。だからお嬢さんが男の振りをして入ってもしらんぷりさ。でもうちの野郎どもは気が付かなかったようだけど、わしは最初からわかっていたさ。それに・・・」
そういって海姥のような女は狭い船室の棚から何かを取り出した。それは寧寧が持っていた石板と小さな璧だった!
「あんたはここに乗り込んだときには貞弊なんていっていたけど本当の名前は・・・まあ、そんなことは意味ないよな。なんでなら古くからの言い伝えではこの二つを持つ少女が西の地からやってきたら、その少女は龍の贄になる運命だから・・・あんた、人間を捨てに来たんだろ?」
寧寧は人間を捨てに来たという意味が分からなかった。石板には龍になれるとはあったけど、具体的にどうなるかを書いていなかったからだ。そういえば龍になるっていう意味を考えたことはなかった。
「それは・・・」
寧寧は返答に窮していた。すると女は璧を寧寧の左腕にはめてしまった。
「この璧は龍の贄の証なんだよ。わしの部族の言い伝えによれば、こうやってしないといけないとされているんだ。だから、あんたのために出来ることをしてやるさ、これから」
そういって、その女は伝声管にある指示を出した。それは龍が住むと言い伝えのある島に進路をとれというものだった。