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七日連続怪談夜話  作者: 三文士
2/7

山の寺の話。

知り合いがかつて山に登った時の話である。



仮にその人を、西村さんとしておく。



西村さんは元来の冒険家で山に限らず各地を転々と流浪していた。



当時西村さんは30歳になりかけた頃。



世の中の酸いも甘いも段々と解りかけてきた、そんな時期だった。



兼ねてより国内外の旅に少し飽き始めていた西村さんはもう少し難易度の高い所へ行こうと思い立った。



そうして色々と調べた結果、彼のお眼鏡に叶ったのがかの有名なA山である。



A山と言えば日本で有数の霊場として名高い。



さっそく登山シーズンに登ってみることにした。



山全体に立ち込める冷えた空気と全てを飲み込むほどの広大な自然に圧倒されつつ、彼はその日の宿に到着した。



いかにA山と言えど宿泊施設はちゃんとした場所があったのだがそこは豪胆な西村さん。



ホテルに泊まったんじゃ面白くないということで、A山中腹にあるお寺の離れにやっかいになる事にしていた。



もちろん、事前に交渉しての事である。



微笑みを携えた住職に迎え入れられ、西村さんもようやく人心地ついた。



旅慣れた西村さんであってもやはりA山は手強かったようで、緊張もあったせいかヒドく疲れていた。



しかし人懐こい住職の笑顔と他愛のない世間話で、いつしかいつもの彼に戻りつつあった。



酒こそ出ないものの、会話はいつになく盛り上がり西村さんはつい聴いてみたくなった。



「つかぬ事を伺いますが住職。やはりこのお寺でも、でますか?」



「でる、とおっしゃりますと。」



ここにきて住職は、初めて言葉を濁らせた。



「このあたりにあるお寺で『でる』と聞けばおひとつしかございますまい。いえ、答えたくないことでしたらこれ以上はけっこうです。」



いちおう一宿一飯の恩義がある手前、無闇な詮索をして相手の気を悪くさせてはバツが悪い。



西村さんは相手がノリ気でないとみて、早々に部屋へ下がろうと思った。



そうして立ち上がったその時住職がボソっと一言。



「まあ、かのような地ですから。でるものもありますなあ。」



まあどうぞごゆっくり、と住職もそれ以上は何も言わなかった。



さて西村さんが案内されたのは寺の離れで、普段なら三、四人ほどが寝れそうな部屋だった。



中には小さな机と布団が何組かあるだけ。



一人することもなく昼間の疲れもあったので早々に寝てしまおうと思った。



ところがここにきて、なにやら隣がうるさい。



どうやら宴会をやっているらしくガヤガヤとした声やグラスや食器のあたる音まで聞こえてくる始末だった。



最初は我慢していた西村さんだったが笑い声やら何やらがあんまりにもうるさくて、ついにいてもたってもいられなくなった。



元々血気盛んな性格の西村さんである。



大方どこかの登山サークルかなんかが調子に乗っているのだろう。



ここをどこだと思っている。



ひとつ怒鳴り込みにいってやろうと、やおら寝床から立ち上がった。



その時だった。



彼はハッと気がついた。



隣?



宴会?



俺は一体、何を考えてるんだ。



隣なんかないじゃないか。



そう。



西村さんが寝ていた離れは一軒の平家で、周りには何もない。



あたり一面、山と木々。



今ここにいるのは西村さんと本堂の住職だけ。



もちろん、隣から宴会の声が聞こえてくるはずもない。



そう思った瞬間に音はピタッと止み、あたりは水をうったようにシーンと静まり返った。



つとうとうその夜、西村さんは一睡もすることができないまま朝を迎えたそうだ。



そうして朝になり住職が離れにやってくる頃には、西村さんはすでに荷物をまとめて早々に山を降りる準備をしていた。



「おや、随分急がれるのですね。もう少しゆっくりしていかれれば良いのに。」



と住職。



「はあ。」



と頭をかきながら笑う西村さんに住職はもうそれ以上、何も聞かなかったそうだ。



それ以降も懲りずに各地を飛び回っている西村さんだが、いまだにアレがなんだったのか解明できずにいるらしい。




二夜目でございます。最後までお付き合いいただければ幸いです。

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