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夜中の勢いシリーズ(短編)

煩忙の中で

作者: あしたば

 夜中の勢い第三弾。短編『日々の中で』と対になるお話。これもありふれたお話なので、共感しながら読んでくださると嬉しいです。まとまりがないのは夜中ということでご了承下さいませ。


 俺だって時々思うんだ。

 あの頃が、懐かしいって。


【煩忙の中で】


 今日はそれが青く染まる晴天の日。医者をやってる俺には珍しいまともな休日二日目。

 近年医者が減って病院が減ってきてるから、この街で一番大きい病院で働いてる俺は最近忙しさにのまれていて、休みでも急患で呼ばれたりでここ数ヶ月まともな休みなんてなかった。

 勿論、倒れないように半休はちゃんとくれるし体がばてるって程まで根を詰めてたわけじゃないけど、こうして何も用事がなくゆったりできたのは久しぶりだろうと思う。

 でもこうしてみると特に何もやることがなくて、やる気も起きなかったからベットで寝転がっていた。


「……忙しいなぁ」


 今日が終われば二日間の連休が終わって、また忙しさの中に自分は置かれる。大変だけど嫌なわけじゃない。自分が医者になるって決めて親の反対を押し切ってまでついたこの職業だから。

 それでもやっぱり目が回るくらい忙しいとちょっとした弱音も出るわけで。数ヶ月前に会った親友が少し弱気になっていた気持ちも、今の俺にはなんとなく分かった。

 ベットの上で白い天井を見ながら少しため息をつく。そんな時、不意に家のインターホンが鳴った。


「誰だろ」


 今日は誰とも約束はしていないし、宅配かなんかだろうか。体を起こすのが面倒で居留守を使おうか悩んだけど、流石に三回鳴ると申し訳なくなって仕方がないから重い腰を上げた。


「はーい」

『あ、出た。居留守使うなよー』

「……あれ?」


 なんで来たの? 正直それしか口から出てこなかった。それを聞いた玄関の向こうにいる主は、親友に向かってそれはないとちょっと拗ねた声で言う。


『なんで親友に会いに来るのに理由がいるんだよー』

「いや、来るなら来るって言ってよ。驚くよ、流石に」

『今度からそうしますー。で、開けてくんないの?』

「待ってて、今開けるから」


 親友の突然の訪問。電話は二、三回くらいしたけど、最後に会ったのは弱気な親友を見た時だから数ヶ月前だ。

 今日の声はそんなに沈んでる感じもない。……なんで唐突に来たんだろう。

 疑問に思いながらも俺は玄関に行って鍵を開ける。その音を聞いて開いたと思ったんだろう、俺がドアノブに手をかける前に勢いよく扉が開いた。


「どーもっ」

「……どー、も」

「なんだよーそのはんのー」

「ちょっと、驚いちゃって」

「なんでだよー。ま、とりあえず入らせて!」


 ご飯作るから、と来るまでに寄ってきたんだろうと思われるスーパーの袋を俺に見せて、親友は勝手に部屋に入ってきた。

 前にも何回か入ったことがあるこの家ことはほとんど覚えたらしく、親友は迷わずキッチンに向かった。とは言っても、迷うほどの大きさはないんだけど。


「ぱぱっとなんか作るからお前は座っててー」

「あー、うん」

「あれ、それとも何、もう食った?」

「いや食ってない、けど」

「じゃ、作る」


 作ってくれるのはいいんだよ、俺も嬉しいし。けどそこじゃなくてですね。……なんで来たの? 俺、今日休みだって教えたっけ。

 キッチンまで追いかけ、再度口にして聞けば、るんるんで買ってきた食材を調理する親友はやっと質問に答えた。


「この前電話で休みだって言ってたじゃんか。ほとんど寝てて記憶にないみたいだけど」

「……言ったかもしれない」

「だから押しかけてみたってわけ」

「……そっか」


 ちょっとびっくりはしたけど、その親友の唐突な行動が嫌なわけではなかったし、むしろ嬉しかったから、疑問が消えた後は来てくれたことをすんなり受け入れた。

 てきぱき料理をする親友を見てても仕方がないから、俺は自分がご飯を食べる時の小さなテーブルの前にちょこんと座る。その様子がおかしかったのか少し笑って手を止めて、親友がどうしたの、と聞いてきた。


「どうしたって、何が?」

「お疲れモードだからさ。ま、久しぶりの休日だからってのもあるんだろうけど」

「そんなに疲れてる?」

「んー、なんだろうなー。そのー、戻りたそうな顔、してる」


 戻りたそうな顔、って何なんですか。

 ます戻るってどこに? 実家とか、そういうところ?


「別にここが嫌いなわけじゃないよ?」

「知ってる知ってる。そうじゃなくて……学生時代に、かな」


 ――学生時代。

 それは戻ろうとしても決して戻ることができない、過去。

 もしかしたら俺は気づかないうちに顔に出していたのかもしれない。今の忙しさに負けるわけじゃないけど、なかなか自由になんて行かないし、縛り付けられることも多くて、自分でも気づかないうちにそう思ってたのかも。

 自由にしてたあの頃が懐かしい、戻りたいなって。


「……そんな顔、してた?」

「してたしてた。多分お前は『今』が嫌じゃないからそこまで思ってなかったのかもしれないけど、だからこそ戻りたそうだった」

「戻れないから、こそ?」

「それはお前にしかわかんないよ。けど、この前の電話でもそんな感じ、あったから」


 俺はその言葉に少し目を見開いた。ちょっと心配そうに、でも困ったように笑う目の前の親友にはそう感じ取られていたらしい。

 この前の電話なんてほとんど覚えてないや。疲れてて軽い受け答えしかしてなかったつもりだったのに。きっちり親友には弱音を吐いてたなんて。

 俺はそんなに周りに弱ってるところを気づかれるのが好きじゃない。だから親友に話した内容もちょっとした些細なことではあったんだろうけど。それで気づかれてしまったんだ。俺より親友の方が俺のことを分かってるなんて。可笑しくて自分に少し笑って口を開く。


「……本当に戻りたいって、思ってるわけじゃないんだ」

「そーなの?」

「ただ、あの頃が懐かしいって思うことが最近多くて。あの時から離れれば離れるほど、懐かしく思う気持ちが強くなって」

「うん」

「色々あってばたばたしてたからかな。つい、お前にはそう言ってたみたい」


 だから俺はそういう顔をしてたんだと思う。だからその頃から知ってるお前が来てくれて嬉しく思ったんだ。気持ちは、あの頃に戻ることが出来るから。


「……良かった」


 俺の話を聞いて親友は止めていた手を動かして呟く。それに反応してそっちを向くと親友は目を手元に向けながら言葉を紡ぐ。


「電話の時、元気ないのはなんとなくわかったからさ。大丈夫かなって思って今日気になって来てみたんだよ。部屋に来た時の顔はちょっと暗かったけど、でも今は少し、すっきりした顔してる」


 気持ちに気づけたことと、吐き出したことですっきりしたんだろう。確かにさっきよりは心なしか楽になってた。

 それに今は親友のその心遣いが本当に嬉しいんだ。その親友の行動が俺を癒したのは間違いなかったから。


「さっ、作っちゃうからちょっと待っててー」

「うん。……とびきり美味しいの、作ってね」

「任せなさいな」


 にっこり笑った親友に俺は心からの微笑みで応えた。こいつが作ったのは凄く美味しいんだ。楽しみで仕方がない。

 でも、それを食べる前に言っておかなくちゃ。


「――ありがと」

「どーいたしまして!」


 親友の元気な声が返事として返ってきた。こういう関係が、ずっと続けばいい。いや、この先もこいつとならずっと続けたい。そう思うんだ。


 俺はこれから先もきっとあの頃が懐かしくなって、戻りたいと思うかもしれない。

 でも、本当に戻れなくたって、こいつがいれば勝手にあの頃に戻れると思うから。『今』を過ごしながら、忙しくたってやっていけると思う。

 頑張ろう、明日も、明後日も、これからも。


 対になるお話を読んでくださればわかるかと思いますが、この二人、親友だけあって実はどっちも勘はいいようです。こちらの話も書きたいと思ってたので、書けて満足しています。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

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