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お題【私が行きます】

「私が行きます」


 おばあちゃんのその言葉を僕は今でも忘れられない。

 僕のために山へ行き、戻らなかったおばあちゃんの最後の声を。


 当時、僕は知らなかった。

 その山が子供以外は帰ってこれないと言われていたことを。

 山の付近で神隠しが多かったことも、神隠しの子供を戻すためには戻したい人数分、大人が山へ入るというおまじないがあることも、僕が山に遊びに行ったと思われていたことも。

 僕はただみんなを驚かせようとして、朝からずっと隠れていただけだったのに。

 どうしてあのとき、出ていかなかったのか、ずっと後悔している。

 「私が行きます」以外の会話はよく聞き取れなかったなんてのは、言い訳にすらならない。


 おばあちゃんは、その夜帰ってこなかった。


 翌日、「妹」が増えた。

 おばあちゃんが山へ入ったから、僕は実際に山には行ってなかったから、「一人」戻されたってことなんだと思う。

 大人たちは何も言わず、まるで昔からそこに居たかのようにその子を受け入れた。

 四、五歳のその「妹」の本当の家族を探そうともせず。

 どこの誰かもわからないその子を。


 田舎から自宅へ戻っても、「妹」はずっと居た。

 僕はその「妹」を好きにはなれなかったけど、原因はきっと僕のせいなのだろうから、「妹」が家に居続けることを拒めなかった。

 静かに、できる限り関わらないように、過ごした。

 本当はそうするべきじゃなかったのに。

 それがわかったのは、父さんが失踪してからだった。


 その頃「妹」は僕と同じ部屋で寝ていた。

 僕はそれがとても嫌だったけど、原因を考えると従うしかなかった。

 ベッドがいつの間にか二段ベッドに変えられていて。

 本当は上の方が良かったのに、「妹」にずっと背中を向けたまま寝るのが嫌で下の方を選んだ。

 だから気づけたんだ。

 「妹」が夜中に、二段ベッドから降りてくることに。

 怖かった。

 とても嫌だった。

 いつもベッドはしごの最上段が(きし)んだ瞬間に、布団を頭からかぶった。

 「妹」は床まで降りると、僕に何かするわけではなく、いつも部屋を出ていって、そしてしばらくして戻ってきた。

 最初のうち僕は、僕が何かされるわけじゃないってだけで安心していた。

 トイレに起きているだけ――そう思おうとしていた。

 ある晩、僕自身もトイレに行きたくなるまでは。

 どうしても我慢できずに部屋を出た僕は、トイレが空いていることに気付いた。

 用を足して、「妹」が居なくなったことを両親に告げようと両親の寝室へと近づいたとき、見てしまった。

 「妹」が父さんに耳打ちしているのを。

 何を言っているのかまではわからなかった。

 母さんは気付いていないみたいだったから、僕は毎晩、確認するようになった。

 「妹」の耳打ちはずっと続いた。

 胸騒ぎがして、母さんのスマホをこっそり借りて録音してみた。


『私が行きます』


 その繰り返しだった。

 今まで聞いたことのない、心臓をつかまれるような声で。


 父さんの失踪はそのすぐ後だったから、母さんは捜索と、仕事を増やすのとで忙しくなって、録音したやつも消されていて、僕はいつの間にか増えた「弟」の面倒まで見なきゃいけなくなってしまった。

 僕は部屋を「妹」と「弟」に明け渡し、母さんの部屋で寝るようになった。

 母さんは、夜も仕事を始めたから。

 母さんはいつも疲れていて、家に帰ったときはいつも寝るようになってしまった。

 そして、母さんが寝ているときはいつも、「妹」と「弟」が、母さんに近づこうとした。

 僕は必死に母さんを守ろうとしたけど、あいつらは二人いるから、片方に気を取られているうちにもう片方が母さんに耳打ちすることがよくあった。

 力ずくで止めようとしたこともあった。

 そのときは、「妹」や「弟」にじっと見つめられて、力が抜けたみたいに何もできなくなった。

 そして母さんも失踪した。

 田舎からおじいちゃんがやって来て、子供だけ四人では大変だろうと、僕ら全員を引き取ってくれた。

 とても嫌だったけど、まだ小学生だった僕にはどうすることもできなかった。


 そして十二歳の誕生日を迎えた夜、真夜中にあいつらが来た。

 耳打ちされた。

 動けなかった。

 父さんや母さんのときのことを考えると、きっと僕はすぐには失踪しないだろう。

 その前にできることがある。

 僕はおじいちゃんの家から逃げた。

 あそこへ戻されるのが嫌だったから、警察に補導されてからもずっと身元を明かさなかった。

 僕は児童養護施設へと入れられて、ホッとして力が抜けた、その最初の晩、耳打ちされた。




<終>

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